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【最終章①】廃界突入編
第192話 決戦前
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オロムの夜が明けた。
周辺では魔族がうろついている状況ではあるが、多くのドラゴンや竜人族がにらみを利かせている効果か、襲いかかって来ることは一度もなかった。
そのおかげもあり、騎士やドラゴンたちは交代で休憩を取って体を休ませることができた。
宿泊用のテントから出てきた颯太は、深呼吸をして朝の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。わずかな冷気を含むその空気は、寝ぼけ眼をスッキリと目覚めさせてくれた。
別のテントから出てきたブリギッテやノエルたちと朝の挨拶を交わし、その後にやって来たハドリーからはこれからの行動について作戦の説明を受ける。
「一点突破で行く」
それは、作戦と呼ぶにはあまりにシンプル過ぎるものであった。
「いよいよオロム城に総攻撃を仕掛けるんですね?」
「ああ」
「でも、一点突破ってことは正面からぶつかるってことなんですか?」
ブリギッテの指摘に「そんなわけあるか」とツッコミを入れてから、
「あのオロム城を攻略するには並大抵の兵力ではダメだ」
「相手の戦力も未知数ですからね」
「昨日、オロム城周辺を調査に行った斥候隊が4つの侵入口を発見した。そこへ兵力を分散させて城内へ雪崩れ込む手筈になっている」
戦力の分散――それは少し意外な手だった。
「てっきり、全員で乗り込んでいくのかと」
「あのオロム城はその手を防ぐため、侵入口が狭く設計されているようだ。一度に大量の兵士を外から侵入させないための工夫だな」
「なるほど……でも、魔法国家というくらいだから城の守りも魔法でされているのだとばかり思っていたんですけど」
「まあ、さすがにそれはないだろうが……油断しないにこしたことはないからな。すでに各騎士団長から騎士たちへ伝達がいっているはずだから問題ないだろう」
あり得ないと思っていても、何が起こるかわからない。
それほど、ここ廃界はこの世界の人たちにとって特別な気持ちにさせる場所なのだと改めて感じた。
「エルメルガの話では、あそこに魔族精製の秘密と黒幕が待っている――魔族が俺たちを襲わなかったのは、警備が厳重ってこともあるんだろうけど、それ以上に何か、目に見えない力で押さえつけられているって感じがしないでもない」
それは颯太も思っていた。
本物の魔族を目の当たりにしていた颯太には、いくらこちらの守備が固いとはいえ、魔族が自重するとは思えないという考えで、他の騎士団長たちも同意見だった。
「相手は死体を操る死竜の能力とは違い、生きた魔族を自分の意思ひとつで動かせる可能性があるってわけね」
ブリギッテが改めて言う――その言葉を振り返ると、相手の能力の厄介さが非常に際立つのだが、そんなことができる者がいるのだろうかと疑いたくなる。
ただ、いるとするなら、
「魔法使い、とか?」
「……そうなるな」
颯太の推測に、ハドリーも頷く。
ここはかつて魔法国家として世界に名を馳せたオロム王都。
魔族の誕生によって滅びた国――だが、本当に魔法なるものが実在し、それを自在に扱える者たちがいたとするなら、魔族たちの襲撃をかわし、現代まで生き延びている者がいてもなんら不思議ではない。
そうなると、ある人物の名前が浮かび上がる。
「もしかして、魔女イネスでは?」
「あの魔女か……可能性としてはあり得なくはないが……」
颯太たちの世界で言うなら、都市伝説とでも言えばいいだろうか。ともかく、それくらいあやふやな存在であるのは間違いないが、その不気味な不確定さが、この廃界の雰囲気と妙にマッチしていて変な現実味を与える。
「実を言うと、昨夜の会議でも魔女イネスの話題は出たには出たらしいんだ」
「さすがにそれはないって結論になったんですか?」
「ガブリエル騎士団長は詳しく話さなかったが……まあ、もしかしたらあり得るかもしれないって程度だろうな」
「ハドリーさんはどう思いますか?」
「俺か?」
颯太の問いに、ハドリーは少し悩んだあとで、
「魔女イネスはガキの頃から大人たちの脅し文句だったからなぁ……もし、そいつが本当に生きていたとしたら、それこそおとぎ話の登場人物に会うような気分だろうな」
颯太の感覚で言えば、桃太郎や浦島太郎と会うレベルか。それでも、魔法が使えるという条件が付き、尚且つ歴史上、その名が記された形跡があるということを考慮すれば、まだこの世界のどこかで生きている可能性は捨てきれない。
「そうなってくると……おとぎ話の人物というよりUMAだな」
「? なんだって?」
「あ、いや、こっちの話ですよ」
颯太の中ではすっかり未確認生物扱いとなっていた。
「そろそろ出撃するぞ」
「行きましょう、みなさん!」
準備を終えたジェイクとファネルが呼びに来た。
颯太たちは再び馬車へ。
一方、ハドリーを迎えに来たのはイリウスだったが、
「おい、ソータ」
馬車に乗り込もうとした時、イリウスが颯太に声をかけた。
「どうかしたか?」
「悪いんだが……今から俺の言うことをハドリーに伝えてやってくれないか?」
「わかった」
イリウスの真剣な眼差しを受けて、颯太はハドリーに事情を説明。
「イリウスが俺に、ねぇ……いいぞ。何でも言ってくれ」
受けて立つ覚悟のハドリー。
一体、イリウスはなんというつもりだろう。
颯太も興味津々だった。
そのイリウスの言葉とは、
「頑張ろう」
「……うん?」
「もう終わったぞ」
「え!? それだけ!?」
思わず叫んだ颯太。
何事かと首を傾げるハドリーとブリギッテ。
颯太としてはもっとたくさん声をかけることがあるだろうと感じていたが、イリウスは「これで終わりだからとっとと伝えてくれ」と言ってそっぽを向いてしまった。
「? なんだよ、イリウスのヤツは俺の悪口でも言ったか?」
「いや、その……ただ一言『頑張ろう』って」
「ほぉ……」
短い言葉にズッコケそうになった颯太であったが、それを受けたハドリーは逆になんだか満足気だった。
「こいつが俺にそんな言葉をねぇ」
ハドリーからすれば、イリウスから「一緒に頑張ろう」という感情を素直にぶつけてくれたことが嬉しかったようだ。
「高揚するねぇ。出撃前にはちょうどいいエールだったな」
「そ、そうなんですか」
それぞれの事情が交差する中、いよいよ連合竜騎士団は最後の戦いの地――オロム城へと出撃する。
周辺では魔族がうろついている状況ではあるが、多くのドラゴンや竜人族がにらみを利かせている効果か、襲いかかって来ることは一度もなかった。
そのおかげもあり、騎士やドラゴンたちは交代で休憩を取って体を休ませることができた。
宿泊用のテントから出てきた颯太は、深呼吸をして朝の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。わずかな冷気を含むその空気は、寝ぼけ眼をスッキリと目覚めさせてくれた。
別のテントから出てきたブリギッテやノエルたちと朝の挨拶を交わし、その後にやって来たハドリーからはこれからの行動について作戦の説明を受ける。
「一点突破で行く」
それは、作戦と呼ぶにはあまりにシンプル過ぎるものであった。
「いよいよオロム城に総攻撃を仕掛けるんですね?」
「ああ」
「でも、一点突破ってことは正面からぶつかるってことなんですか?」
ブリギッテの指摘に「そんなわけあるか」とツッコミを入れてから、
「あのオロム城を攻略するには並大抵の兵力ではダメだ」
「相手の戦力も未知数ですからね」
「昨日、オロム城周辺を調査に行った斥候隊が4つの侵入口を発見した。そこへ兵力を分散させて城内へ雪崩れ込む手筈になっている」
戦力の分散――それは少し意外な手だった。
「てっきり、全員で乗り込んでいくのかと」
「あのオロム城はその手を防ぐため、侵入口が狭く設計されているようだ。一度に大量の兵士を外から侵入させないための工夫だな」
「なるほど……でも、魔法国家というくらいだから城の守りも魔法でされているのだとばかり思っていたんですけど」
「まあ、さすがにそれはないだろうが……油断しないにこしたことはないからな。すでに各騎士団長から騎士たちへ伝達がいっているはずだから問題ないだろう」
あり得ないと思っていても、何が起こるかわからない。
それほど、ここ廃界はこの世界の人たちにとって特別な気持ちにさせる場所なのだと改めて感じた。
「エルメルガの話では、あそこに魔族精製の秘密と黒幕が待っている――魔族が俺たちを襲わなかったのは、警備が厳重ってこともあるんだろうけど、それ以上に何か、目に見えない力で押さえつけられているって感じがしないでもない」
それは颯太も思っていた。
本物の魔族を目の当たりにしていた颯太には、いくらこちらの守備が固いとはいえ、魔族が自重するとは思えないという考えで、他の騎士団長たちも同意見だった。
「相手は死体を操る死竜の能力とは違い、生きた魔族を自分の意思ひとつで動かせる可能性があるってわけね」
ブリギッテが改めて言う――その言葉を振り返ると、相手の能力の厄介さが非常に際立つのだが、そんなことができる者がいるのだろうかと疑いたくなる。
ただ、いるとするなら、
「魔法使い、とか?」
「……そうなるな」
颯太の推測に、ハドリーも頷く。
ここはかつて魔法国家として世界に名を馳せたオロム王都。
魔族の誕生によって滅びた国――だが、本当に魔法なるものが実在し、それを自在に扱える者たちがいたとするなら、魔族たちの襲撃をかわし、現代まで生き延びている者がいてもなんら不思議ではない。
そうなると、ある人物の名前が浮かび上がる。
「もしかして、魔女イネスでは?」
「あの魔女か……可能性としてはあり得なくはないが……」
颯太たちの世界で言うなら、都市伝説とでも言えばいいだろうか。ともかく、それくらいあやふやな存在であるのは間違いないが、その不気味な不確定さが、この廃界の雰囲気と妙にマッチしていて変な現実味を与える。
「実を言うと、昨夜の会議でも魔女イネスの話題は出たには出たらしいんだ」
「さすがにそれはないって結論になったんですか?」
「ガブリエル騎士団長は詳しく話さなかったが……まあ、もしかしたらあり得るかもしれないって程度だろうな」
「ハドリーさんはどう思いますか?」
「俺か?」
颯太の問いに、ハドリーは少し悩んだあとで、
「魔女イネスはガキの頃から大人たちの脅し文句だったからなぁ……もし、そいつが本当に生きていたとしたら、それこそおとぎ話の登場人物に会うような気分だろうな」
颯太の感覚で言えば、桃太郎や浦島太郎と会うレベルか。それでも、魔法が使えるという条件が付き、尚且つ歴史上、その名が記された形跡があるということを考慮すれば、まだこの世界のどこかで生きている可能性は捨てきれない。
「そうなってくると……おとぎ話の人物というよりUMAだな」
「? なんだって?」
「あ、いや、こっちの話ですよ」
颯太の中ではすっかり未確認生物扱いとなっていた。
「そろそろ出撃するぞ」
「行きましょう、みなさん!」
準備を終えたジェイクとファネルが呼びに来た。
颯太たちは再び馬車へ。
一方、ハドリーを迎えに来たのはイリウスだったが、
「おい、ソータ」
馬車に乗り込もうとした時、イリウスが颯太に声をかけた。
「どうかしたか?」
「悪いんだが……今から俺の言うことをハドリーに伝えてやってくれないか?」
「わかった」
イリウスの真剣な眼差しを受けて、颯太はハドリーに事情を説明。
「イリウスが俺に、ねぇ……いいぞ。何でも言ってくれ」
受けて立つ覚悟のハドリー。
一体、イリウスはなんというつもりだろう。
颯太も興味津々だった。
そのイリウスの言葉とは、
「頑張ろう」
「……うん?」
「もう終わったぞ」
「え!? それだけ!?」
思わず叫んだ颯太。
何事かと首を傾げるハドリーとブリギッテ。
颯太としてはもっとたくさん声をかけることがあるだろうと感じていたが、イリウスは「これで終わりだからとっとと伝えてくれ」と言ってそっぽを向いてしまった。
「? なんだよ、イリウスのヤツは俺の悪口でも言ったか?」
「いや、その……ただ一言『頑張ろう』って」
「ほぉ……」
短い言葉にズッコケそうになった颯太であったが、それを受けたハドリーは逆になんだか満足気だった。
「こいつが俺にそんな言葉をねぇ」
ハドリーからすれば、イリウスから「一緒に頑張ろう」という感情を素直にぶつけてくれたことが嬉しかったようだ。
「高揚するねぇ。出撃前にはちょうどいいエールだったな」
「そ、そうなんですか」
それぞれの事情が交差する中、いよいよ連合竜騎士団は最後の戦いの地――オロム城へと出撃する。
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