おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
223 / 246
エピローグ ~それからのお話し~

第243話  マーズナーの明日

しおりを挟む
 ハルヴァ王国。
 マーズナー・ファーム敷地内。

「まったく、普段私たちに無茶をするなって言っておきながら、私たち以上に無茶なことをして……何かあって一番悲しむのは娘のシャルルペトラなんだからね」
「面目ないわね」

 にこやかにキルカのお説教へ耳を傾けているアーティー。

 そのすぐ近くに、ヘレナとリリ、ルル、ララのメイド三人娘――そして、若くしてこのマーズナー・ファームのオーナーを務めるアンジェリカ・マーズナーがいた。

 彼女たちの正面にはふたりの男がいる。
 ソラン王国からやって来たドルー・デノーフィアとパウル・フックスだ。
 ふたりは仕事の話をしに、このマーズナー・ファームを訪れていた。

「ソラン王国に竜騎士団をつくる、ですか」
「そうなのだ」
「そのために、君の牧場からドラゴンを提供していただきたい」
「すでにアルフォン王様へは話を通してあるので、近々城から正式な通達があるはずだ」
「構いませんが……随分と急な話ですわね」
「話自体は割と昔からあったのだ。ただ、やはり――」

 ドルーはふと視線を移す。

 そこにはアーティーとキルカ――ではなく、その2匹に近づくもう1匹も竜人族に注がれていた。

「アーティーに大事がないようで何よりじゃ」
「! エルメルガ!?」

 まったく予想外の来客に、キルカは声を荒げた。

「なんじゃ。まるでバケモノでも発見したかのような驚きようじゃな」
「感覚的にはそれに近いわよ」
「失礼なヤツじゃ」

 キルカの暴言に唇を尖らせて抗議をするが、その様子は明らかに上機嫌であった。

「一体何をしに来たのよ」
「……廃界でメアンガルドに敗北してから、妾はずっと考えておった。ヤツにあって妾にないものとは――その答えを探すため、妾は東方領にあるソラン王国竜騎士団最初の竜人族になると決めたのじゃ」
「なっ!?」

 ソラン王国が竜騎士団の結成を急に決めたのは、エルメルガの加入があったからだった。

「あ、あんた……本当にソラン王国に?」
「まあの。あそこならハルヴァからも近いし、演習という名目でメアンガルドと真剣勝負もできる……おまけに衣食住完全保証という好条件―ー至れり尽くせりとはまさにこのことを言うのじゃろうな」

 少し違う気もするが、当人は満足そうなのでキルカはこれ以上のツッコミを控えておこうと自己完結。話題を逸らして、

「それで、そのことはもうメアに言ったの?」
「リンスウッド・ファームへは立ち寄ったのじゃが……なんというか、上の空であまり耳に入っていないようじゃったな」
「ああ……今はメアお気に入りのオーナーさんが不在だからね」

 現在、リンスウッドのオーナーである颯太はシャルルペトラと共に元の世界へ一時帰還している。3日という期限付きとはいえ、リンスウッドの面々はかなり寂しい思いをしているようだった。

「やれやれ、人間と比べれば我らの方がずっと寿命が長いのだから、いずれは永遠の別れが訪れるというのに」
「そういう感傷に浸れる思いを抱けたから、あの子はきっと強くなったのよ。あなたたちの過去についてはよく知らないけれど、聞いた話ではソータオーナーと初めて会った時は人間を毛嫌っていたって話だし。そうした心境の変化が力になったんじゃないかしら」
「…………」

 言われてみれば、とエルメルガは無言のまま納得した。

「その力……是非とも妾も手に入れたいのう」
「ソランの人たちと仲良くなれればできるんじゃない?」
「人間と仲良く、か……ふふ、以前の妾ならば吐き気を催すような考えじゃが、今となっては不思議と心地よさを覚える響きじゃの」

 エルメルガとキルカがにこやかに話しを続ける一方、人間サイドの方でも話題に変化があったようだ。

「そういえば、前オーナーのミラルダ殿は戻られましたかな?」
「いえ。父は戻っていませんわ」
「? お会いになっていないのですか?」
「あの父親にそのような気遣いはできませんわ。それに、一度わたくしにオーナーとしての椅子を譲った以上、早々に帰って来るなんてマネはできないでしょうし」

 淡々と語るアンジェリカ。
 父との再会が叶わなかったことに対して落胆しているとか、そういった素振りは微塵も感じさせなかった。

 事前情報から、廃界にミラルダ・マーズナーがいる可能性があるというのはアンジェリカも承知していた。あの父親のことだから、今さら魔族の巣窟とされる廃界にいたとしてもなんら驚きはしない――が、颯太たちと協力をして魔竜イネス討伐に尽力したという話はにわかに信じられなかった。

 ミラルダといえば、

『信じられるのはてめぇの力のみ』

 が口癖で、何よりもタダ働きを嫌う守銭奴。
 実の娘でも、そういった第一印象を抱く男であった。

 それが、世界平和のために廃界へ向かった――最初は颯太の勘違いだろうと思っていたのだが、ミラルダの人間性をよく知るガブリエルやハドリーからも同じことを言われ、アンジェリカはそれが真実だと認めざるを得なかった。

「? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありませんわ。――ヘレナ、リリ、ルル、ララ」
「「「「はい」」」」
「彼らに牧場内の案内を。一通り、我がマーズナー・ファームを視察していただき、そのあとでドラゴンの数や育成方針について話を詰めていきましょう」
「それがいいですな」

 ドルーとパウルはヘレナたちの案内でマーズナー・ファームを見て回ることになった。彼らを見送ったあと、アンジェリカは大きく息を吐く。

「まったく……少しくらい顔を見せに戻って来てもいいですのに……」

 アンジェリカはペンダントに手を添える。
 そこには一枚の写真が挟まれていた。

 幼いアンジェリカと、それを囲む若かりし頃の両親の写真。
 この頃はまだ母も健在で、父ミラルダもまだまともだった。

「まあ、いいですわ」

 写真をしまい、キルカたちへと向き直る。

「ドルーさんたちが戻って来るまでお茶でも飲んでいましょう。来なさい、キルカ、それにエルメルガ。――あ。アーティーは安静にしていなさい」

 キルカとエルメルガを呼び寄せ、優雅なティータイムを始めるアンジェリカ。
 今日もマーズナー・ファームには穏やかな時間が流れていた。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。