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エピローグ ~それからのお話し~
第243話 マーズナーの明日
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ハルヴァ王国。
マーズナー・ファーム敷地内。
「まったく、普段私たちに無茶をするなって言っておきながら、私たち以上に無茶なことをして……何かあって一番悲しむのは娘のシャルルペトラなんだからね」
「面目ないわね」
にこやかにキルカのお説教へ耳を傾けているアーティー。
そのすぐ近くに、ヘレナとリリ、ルル、ララのメイド三人娘――そして、若くしてこのマーズナー・ファームのオーナーを務めるアンジェリカ・マーズナーがいた。
彼女たちの正面にはふたりの男がいる。
ソラン王国からやって来たドルー・デノーフィアとパウル・フックスだ。
ふたりは仕事の話をしに、このマーズナー・ファームを訪れていた。
「ソラン王国に竜騎士団をつくる、ですか」
「そうなのだ」
「そのために、君の牧場からドラゴンを提供していただきたい」
「すでにアルフォン王様へは話を通してあるので、近々城から正式な通達があるはずだ」
「構いませんが……随分と急な話ですわね」
「話自体は割と昔からあったのだ。ただ、やはり――」
ドルーはふと視線を移す。
そこにはアーティーとキルカ――ではなく、その2匹に近づくもう1匹も竜人族に注がれていた。
「アーティーに大事がないようで何よりじゃ」
「! エルメルガ!?」
まったく予想外の来客に、キルカは声を荒げた。
「なんじゃ。まるでバケモノでも発見したかのような驚きようじゃな」
「感覚的にはそれに近いわよ」
「失礼なヤツじゃ」
キルカの暴言に唇を尖らせて抗議をするが、その様子は明らかに上機嫌であった。
「一体何をしに来たのよ」
「……廃界でメアンガルドに敗北してから、妾はずっと考えておった。ヤツにあって妾にないものとは――その答えを探すため、妾は東方領にあるソラン王国竜騎士団最初の竜人族になると決めたのじゃ」
「なっ!?」
ソラン王国が竜騎士団の結成を急に決めたのは、エルメルガの加入があったからだった。
「あ、あんた……本当にソラン王国に?」
「まあの。あそこならハルヴァからも近いし、演習という名目でメアンガルドと真剣勝負もできる……おまけに衣食住完全保証という好条件―ー至れり尽くせりとはまさにこのことを言うのじゃろうな」
少し違う気もするが、当人は満足そうなのでキルカはこれ以上のツッコミを控えておこうと自己完結。話題を逸らして、
「それで、そのことはもうメアに言ったの?」
「リンスウッド・ファームへは立ち寄ったのじゃが……なんというか、上の空であまり耳に入っていないようじゃったな」
「ああ……今はメアお気に入りのオーナーさんが不在だからね」
現在、リンスウッドのオーナーである颯太はシャルルペトラと共に元の世界へ一時帰還している。3日という期限付きとはいえ、リンスウッドの面々はかなり寂しい思いをしているようだった。
「やれやれ、人間と比べれば我らの方がずっと寿命が長いのだから、いずれは永遠の別れが訪れるというのに」
「そういう感傷に浸れる思いを抱けたから、あの子はきっと強くなったのよ。あなたたちの過去についてはよく知らないけれど、聞いた話ではソータオーナーと初めて会った時は人間を毛嫌っていたって話だし。そうした心境の変化が力になったんじゃないかしら」
「…………」
言われてみれば、とエルメルガは無言のまま納得した。
「その力……是非とも妾も手に入れたいのう」
「ソランの人たちと仲良くなれればできるんじゃない?」
「人間と仲良く、か……ふふ、以前の妾ならば吐き気を催すような考えじゃが、今となっては不思議と心地よさを覚える響きじゃの」
エルメルガとキルカがにこやかに話しを続ける一方、人間サイドの方でも話題に変化があったようだ。
「そういえば、前オーナーのミラルダ殿は戻られましたかな?」
「いえ。父は戻っていませんわ」
「? お会いになっていないのですか?」
「あの父親にそのような気遣いはできませんわ。それに、一度わたくしにオーナーとしての椅子を譲った以上、早々に帰って来るなんてマネはできないでしょうし」
淡々と語るアンジェリカ。
父との再会が叶わなかったことに対して落胆しているとか、そういった素振りは微塵も感じさせなかった。
事前情報から、廃界にミラルダ・マーズナーがいる可能性があるというのはアンジェリカも承知していた。あの父親のことだから、今さら魔族の巣窟とされる廃界にいたとしてもなんら驚きはしない――が、颯太たちと協力をして魔竜イネス討伐に尽力したという話はにわかに信じられなかった。
ミラルダといえば、
『信じられるのはてめぇの力のみ』
が口癖で、何よりもタダ働きを嫌う守銭奴。
実の娘でも、そういった第一印象を抱く男であった。
それが、世界平和のために廃界へ向かった――最初は颯太の勘違いだろうと思っていたのだが、ミラルダの人間性をよく知るガブリエルやハドリーからも同じことを言われ、アンジェリカはそれが真実だと認めざるを得なかった。
「? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありませんわ。――ヘレナ、リリ、ルル、ララ」
「「「「はい」」」」
「彼らに牧場内の案内を。一通り、我がマーズナー・ファームを視察していただき、そのあとでドラゴンの数や育成方針について話を詰めていきましょう」
「それがいいですな」
ドルーとパウルはヘレナたちの案内でマーズナー・ファームを見て回ることになった。彼らを見送ったあと、アンジェリカは大きく息を吐く。
「まったく……少しくらい顔を見せに戻って来てもいいですのに……」
アンジェリカはペンダントに手を添える。
そこには一枚の写真が挟まれていた。
幼いアンジェリカと、それを囲む若かりし頃の両親の写真。
この頃はまだ母も健在で、父ミラルダもまだまともだった。
「まあ、いいですわ」
写真をしまい、キルカたちへと向き直る。
「ドルーさんたちが戻って来るまでお茶でも飲んでいましょう。来なさい、キルカ、それにエルメルガ。――あ。アーティーは安静にしていなさい」
キルカとエルメルガを呼び寄せ、優雅なティータイムを始めるアンジェリカ。
今日もマーズナー・ファームには穏やかな時間が流れていた。
マーズナー・ファーム敷地内。
「まったく、普段私たちに無茶をするなって言っておきながら、私たち以上に無茶なことをして……何かあって一番悲しむのは娘のシャルルペトラなんだからね」
「面目ないわね」
にこやかにキルカのお説教へ耳を傾けているアーティー。
そのすぐ近くに、ヘレナとリリ、ルル、ララのメイド三人娘――そして、若くしてこのマーズナー・ファームのオーナーを務めるアンジェリカ・マーズナーがいた。
彼女たちの正面にはふたりの男がいる。
ソラン王国からやって来たドルー・デノーフィアとパウル・フックスだ。
ふたりは仕事の話をしに、このマーズナー・ファームを訪れていた。
「ソラン王国に竜騎士団をつくる、ですか」
「そうなのだ」
「そのために、君の牧場からドラゴンを提供していただきたい」
「すでにアルフォン王様へは話を通してあるので、近々城から正式な通達があるはずだ」
「構いませんが……随分と急な話ですわね」
「話自体は割と昔からあったのだ。ただ、やはり――」
ドルーはふと視線を移す。
そこにはアーティーとキルカ――ではなく、その2匹に近づくもう1匹も竜人族に注がれていた。
「アーティーに大事がないようで何よりじゃ」
「! エルメルガ!?」
まったく予想外の来客に、キルカは声を荒げた。
「なんじゃ。まるでバケモノでも発見したかのような驚きようじゃな」
「感覚的にはそれに近いわよ」
「失礼なヤツじゃ」
キルカの暴言に唇を尖らせて抗議をするが、その様子は明らかに上機嫌であった。
「一体何をしに来たのよ」
「……廃界でメアンガルドに敗北してから、妾はずっと考えておった。ヤツにあって妾にないものとは――その答えを探すため、妾は東方領にあるソラン王国竜騎士団最初の竜人族になると決めたのじゃ」
「なっ!?」
ソラン王国が竜騎士団の結成を急に決めたのは、エルメルガの加入があったからだった。
「あ、あんた……本当にソラン王国に?」
「まあの。あそこならハルヴァからも近いし、演習という名目でメアンガルドと真剣勝負もできる……おまけに衣食住完全保証という好条件―ー至れり尽くせりとはまさにこのことを言うのじゃろうな」
少し違う気もするが、当人は満足そうなのでキルカはこれ以上のツッコミを控えておこうと自己完結。話題を逸らして、
「それで、そのことはもうメアに言ったの?」
「リンスウッド・ファームへは立ち寄ったのじゃが……なんというか、上の空であまり耳に入っていないようじゃったな」
「ああ……今はメアお気に入りのオーナーさんが不在だからね」
現在、リンスウッドのオーナーである颯太はシャルルペトラと共に元の世界へ一時帰還している。3日という期限付きとはいえ、リンスウッドの面々はかなり寂しい思いをしているようだった。
「やれやれ、人間と比べれば我らの方がずっと寿命が長いのだから、いずれは永遠の別れが訪れるというのに」
「そういう感傷に浸れる思いを抱けたから、あの子はきっと強くなったのよ。あなたたちの過去についてはよく知らないけれど、聞いた話ではソータオーナーと初めて会った時は人間を毛嫌っていたって話だし。そうした心境の変化が力になったんじゃないかしら」
「…………」
言われてみれば、とエルメルガは無言のまま納得した。
「その力……是非とも妾も手に入れたいのう」
「ソランの人たちと仲良くなれればできるんじゃない?」
「人間と仲良く、か……ふふ、以前の妾ならば吐き気を催すような考えじゃが、今となっては不思議と心地よさを覚える響きじゃの」
エルメルガとキルカがにこやかに話しを続ける一方、人間サイドの方でも話題に変化があったようだ。
「そういえば、前オーナーのミラルダ殿は戻られましたかな?」
「いえ。父は戻っていませんわ」
「? お会いになっていないのですか?」
「あの父親にそのような気遣いはできませんわ。それに、一度わたくしにオーナーとしての椅子を譲った以上、早々に帰って来るなんてマネはできないでしょうし」
淡々と語るアンジェリカ。
父との再会が叶わなかったことに対して落胆しているとか、そういった素振りは微塵も感じさせなかった。
事前情報から、廃界にミラルダ・マーズナーがいる可能性があるというのはアンジェリカも承知していた。あの父親のことだから、今さら魔族の巣窟とされる廃界にいたとしてもなんら驚きはしない――が、颯太たちと協力をして魔竜イネス討伐に尽力したという話はにわかに信じられなかった。
ミラルダといえば、
『信じられるのはてめぇの力のみ』
が口癖で、何よりもタダ働きを嫌う守銭奴。
実の娘でも、そういった第一印象を抱く男であった。
それが、世界平和のために廃界へ向かった――最初は颯太の勘違いだろうと思っていたのだが、ミラルダの人間性をよく知るガブリエルやハドリーからも同じことを言われ、アンジェリカはそれが真実だと認めざるを得なかった。
「? どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありませんわ。――ヘレナ、リリ、ルル、ララ」
「「「「はい」」」」
「彼らに牧場内の案内を。一通り、我がマーズナー・ファームを視察していただき、そのあとでドラゴンの数や育成方針について話を詰めていきましょう」
「それがいいですな」
ドルーとパウルはヘレナたちの案内でマーズナー・ファームを見て回ることになった。彼らを見送ったあと、アンジェリカは大きく息を吐く。
「まったく……少しくらい顔を見せに戻って来てもいいですのに……」
アンジェリカはペンダントに手を添える。
そこには一枚の写真が挟まれていた。
幼いアンジェリカと、それを囲む若かりし頃の両親の写真。
この頃はまだ母も健在で、父ミラルダもまだまともだった。
「まあ、いいですわ」
写真をしまい、キルカたちへと向き直る。
「ドルーさんたちが戻って来るまでお茶でも飲んでいましょう。来なさい、キルカ、それにエルメルガ。――あ。アーティーは安静にしていなさい」
キルカとエルメルガを呼び寄せ、優雅なティータイムを始めるアンジェリカ。
今日もマーズナー・ファームには穏やかな時間が流れていた。
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