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エピローグ ~それからのお話し~

第248話  高峰颯太のいないリンスウッド・ファーム

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 颯太が元の世界へ帰還して3日目を迎えた。
 今日の夕方頃に颯太が元の世界からこちらの世界へと帰って来る予定になっている日。

「よいしょっと……これでいいかな」

 リンスウッド・ファームでは、今日も朝早くからキャロルが汗を流している。
 いつもは颯太が一緒に作業をしているため、労働量は2倍になっているということもあって疲労度も高い。
しかし、颯太がリンスウッド・ファームに来る前まではこの仕事量を全部ひとりでこなしていた――そう考えると、颯太の存在がどれだけありがたいか、キャロルは改めてそれを感じ取っていた。

「みんな、朝ごはんの用意ができたわよ」

 キャロルが呼びかけると、竜舎の奥からメアたちが顔を出した。
 比較的朝の強いドラゴンたちは早朝にも関わらずテンションが高い。特にまだ幼いマキナとトリストンは朝から元気いっぱいだ。同年代のドラゴンたちに比べればトリストンは大人しい方だが、それはあくまでもドラゴン基準。人間とは身体能力が違い過ぎるため、いくら赤ん坊レベルとはいえ相手にするのは大変なのだ。


 ――しかし、竜人族とドラゴンたちはキャロルの大変さをよくわかっていた。


 なので、

「あれ?」

 キャロルは異変に首を傾げた。
 颯太が来てからというもの、朝の牧場仕事は颯太に任せ、自分は朝食の準備などをしていたので、朝に竜舎へ来るというのも実は久々だった。

 以前のドラゴンたちは我先に朝ごはんへ群がっていたが、今はお互いに譲り合いながらゆっくりと食事をしている。

「凄い……これもソータさんが躾けてくれたのかしら」

 思いがけないドラゴンたちの変化に、キャロルは驚かせる。同時に、さらにこの牧場における颯太の重要性を知った。


 この牧場には――颯太が必要だ。


 ドラゴンたちのためにも。
 竜人族たちのためにも。

 高峰颯太には、ここにとどまってもらいたい。

 ――違う。

 キャロルはギュッと胸の前で手を握る。
 ドラゴンたちのためだけじゃない。

 自分にとっても、颯太の存在はとても大きなものになっていた。
 改めてその思いを噛みしめるように「ふぅ」と息を吐く。
 家に戻って来て、テーブルの上に置かれた一枚の紙に目が留まった。
 それは西方領ダステニアにある王立アークス学園の編入に関する書類であった。


 廃界での戦いが終わってからすぐに、ハドリーから父フレデリック・リンスウッドのことを聞いた。

 生前の父はあまり自分のことを語ることはなかった。
 物静かというタイプでもなかったが、自分語りは本当に少なかった。

 しかし、そんな父の弟であるハドリーから、父はかつてアークス学園へ留学をしており、母とはそこで出会ったという話を聞いた。さらに、父はそこでドラゴンに関するさまざまな知識を学んでおり、いつか、大きくなった娘のキャロルを通わせるんだと語っていた。

 キャロルとしても、以前からアークス学園のことは気になっていた。

 幼馴染の腐れ縁――アンジェリカ・マーズナーがアークス学園へ短期留学をした際にその体験談を聞いてずっと興味を持っていた。恐らく、叔父であるハドリーも、そんなキャロルの想いを感じ取っていたのだろう。

 だから、ハドリーと颯太がアークス学園の学園長であるリー・ラフマンに編入の依頼をすると言ってくれた時は嬉しかった。それだけでなく、他国との交渉事に関してはプロである外交局のレフティ大臣も協力すると申し出てくれた。

 キャロルはすぐさまアークス学園への編入を決めたのだった。

 ――だが、アークス学園に通うということは、数年単位でこのリンスウッド・ファームを離れるということになる。

 牧場の経営については心配していない。
 ドラゴンの世話に関しては颯太に一任できるし、マーズナー・ファームとも協力体制を取っている。あのアンジェリカが、リンスウッドを騙すなんてことは考えられない。

 だから安心してダステニアへ行ける。
 行けるはずなのに、

「はあ……」

 なぜだか気分は晴れなかった。


 ◇◇◇


「だいぶ重症のようだな」

 キャロルの異変を感じたドラゴンたちはこっそり竜舎を抜け出して家の窓から中の様子をうかがっていたイリウスが言う。
 その後から、自分も見たいと他のドラゴンたちが押しかけて来た。
 今日は颯太がこのリンスウッド・ファームに帰って来る日ということもあり、きっと朝からウキウキしているのだろうなと全員が思っていた。しかし、実際はどこか上の空で、心ここに非ずという様子。

「体の調子が悪いのでしょうか……」
「そんなふうには見えなかったわね」
「じゃ、じゃあ、他に何か心配事が!?」

 ノエル、リート、パーキースの3匹は不安そうな表情。

「そうは思えない」
「我も同感だ」

 トリストンと小さなマキナを背負うメアは特に心配はないだろうという感じ。

 一方で、

「ふふ」

 イリウスは笑い声をあげた。

「ちょっと! なんでこんな時に笑っているのよ!」

 ふざけているのかとリートに迫られるイリウスだが、もちろん実際は違う。

「そうか……おまえらは知らないんだったな」
「何がだ?」
「この窓なんだよ……俺がソータと初めて会った場所は」

 異世界へ転移した直後――右も左もわからず困り果てていた颯太を見兼ねて我が家へと招待したキャロル。その無防備さに呆れつつ、変な行動に出たら食いちぎってやると男を見たのだが、そいつはドラゴンの言葉を理解できる変なヤツだった。

 しかし、その変なヤツは今やこの国――いや、この世界に欠かせぬほどの大きな存在となった。そして、それは、

「お嬢の気持ちはよくわかる。――長年の夢とはいえ、ここを離れるとなったら寂しいだろうな」
「「「「「あ――」」」」」

 ドラゴンたちは気がついた。
 キャロルの気持ちに。
 
「……我は、今日ほど人間の言葉を話せないことに悔しさを覚えたことがない」
「私もですよ、メア」

 こんな時、人間の言葉が話せたのなら――すぐに声をかけに行くのに。
 そう思ったメアとノエルだが、

「やめときな。こういうのは自分で解決しなくちゃいけねぇ問題だ」
「イリウス……あなた……」

 いつもの軽いノリじゃない――それだけ、イリウスは本気なのだともっとも付き合いの長いリートは感じた。

「人間にしろドラゴンにしろ、生きていればこうした決断を迫られる時は必ず訪れる。そんな時、誰かに頼るのはそりゃあ楽だろうよ。――けどよ、人の意見に流されてばかりっていうのもいただけねぇ。ここ一番の決断は、やっぱり自分の心で決めなくちゃな」

 イリウスの言葉に、全員が頷いた。

「牧場へ残るかダステニアへ旅立つか――そのどちらを選択しようが、俺たちドラゴンはお嬢を応援しているぜ」

 絶対に伝わらない。
 そうわかっていても、イリウスは言葉を送らずにはいられなかった。
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