おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
244 / 246
外伝長編(最終)  未来へ……

前編  颯太とブリギッテ

しおりを挟む
「そうか。エイミーって子の誤解は晴れたんだな。よかったよ」

 リンスウッド・ファーム。
 のどかな空気漂うその牧場に隣接する家屋。そこで、オーナーである颯太は午後の休憩のひと時を利用してキャロルから送られてきた手紙に目を通していた。

「でも、せっかくその誤解を腫らす手伝いをしにアークス学園に行ったのなら、キャロルに会ってくればよかったのに」

 颯太の対面に座ってそう言ったのは竜医のブリギッテ・サウアーズだった。


 キャロルがアークス学園へ入り、颯太はひとりで生活することになった。
 サラリーマン時代から一人暮らしだったため、別にこれといって気になることはない。最近では、たまに牧場の様子を見に来てくれるマーズナーのメイドさんたちに頼んで、こちらの世界の料理にもいろいろとチャレンジしているほどだ。

 しかし、それでも男の一人暮らしでは何かと不便があるだろうと、頻繁に顔を出しているのがブリギッテだった。
 最初はたまに顔を覗きにくる程度であったが、だんだんと頻度が増し、最近ではブリギッテの私物が増えていた。先日はジェイクと王国竜騎士団のドラゴンたちが行う定期健診の日程打ち合わせをここで行っていたくらいだ。

 そんなわけで、本人たちは知らないが、今やハルヴァ王国内での一番ホットな話題はいつタカミネ・ソータとブリギッテ・サウアーズが結婚するかであった。



 そんなふたりの様子を、家の窓からのぞき見るドラゴンたちがいた。

「あれではもう熟年夫婦だな」
「多くを語らず分かり合える仲という感じですね」
「凄い」
「だーから俺の言った通りだったろ?」

 メア、ノエル、トリストンの竜人族トリオに、赤い鱗が特徴的なベテラン陸戦型ドラゴンのイリウスであった。

「竜医と牧場オーナー……役職的にもピッタリだ。ハドリーたちなんか演習の空き時間に生まれてくる子どもの名前を決めようとか提案していたぞ」
「いくらなんでも早すぎ……」

 トリストンのツッコミ通り、ハドリーはいくらなんでも早すぎると周りの騎士たちからたしなめられていた。

「子どもはともかく、あのふたりは互いを悪く思っちゃいない」
「むしろ好ましいと見ているのではないか?」
「鋭いじゃねぇかよ、メアンガルド。その通りだ。後はほんとちょっとのきっかけだけだと思うんだが――お?」

 家の中の様子に目を奪われていたイリウスだが、その時、家に近づく者の影を発見した。それはイリウスや颯太たちがよく知る人物である。

「おーい、ソータ」

 スキンヘッドの偉丈夫――ハドリー・リンスウッドだ。

「噂をすればなんとやら、だな」
「まさか、自分の考えた子どもの名前を披露しに来たんじゃ……」
「ノエルバッツ……いくらハドリーでもそこまでは――しねぇはずだが」

 自分のパートナーであり、戦場では頼りになる相棒のハドリーだが、ことこういった男女絡みの件については嫌な予感がつきまとう。かつて、ハドリーとその妻の馴れ初めを知っているイリウスにはそれがよく分かるのだ。

「ハドリーさん? 何かありましたか?」
「何、事件ってわけじゃないんだ。ちょっと相談したいことがあってな――て、なんだ、ブリギッテもいたのか。本当に最近はよくここに出入りしているな」
「キャロルちゃんからソータのお守を頼まれているので」

 どう考えてもお守だけで来る頻度ではないが、ハドリーはあえてツッコミを入れず、本題をさっさと切りだした。

「実は、今朝の王国議会で王都を中心にドラゴンたちを主役にした祭りを開こうという話になったんだ」
「ドラゴンたちが主役の祭り?」

 自分たちの名前を出され、窓の外にいるドラゴン組への注目も一気に高まる。

「魔物の脅威から解放された平和な世をもたらした――それにもっとも貢献したのはやっぱり竜人族や竜騎士団に属するドラゴンたちだ。人間たちは好き勝手に騒いでおきながら、ドラゴンたちに何もないのはっていうのがずっと国王陛下の頭にあったらしい」
「なるほど……でも、それとソータとなんの関係が?」
「ハルヴァでもっとも貢献したのはドラゴンたちとソータだ。そこで、ソータの世界にある祭りを参考にしたいという案が出てな」
「俺の世界の祭り?」

 それはつまり現代日本の祭りということになる。

「そう言われても……」

 パッと思いついたのだけでもねぶたや祇園や七夕――それをこちらの世界でやるのはかなり難しい。
 そう考えていると、ふと思い浮かんだ光景が。

「あっ――近所の縁日」

 颯太の実家がある町では毎年七月の第二土曜と第三土曜の夜から、商店街の通りか近くの神社まで屋台などが並ぶ縁日がある。颯太も小さな頃からそれを毎年の楽しみとしていた。
 偶然にも、そろそろその縁日が行われる時期だ。

「あれくらいの規模ならできるかな?」
「何か策があるのか?」
「ええ、まあ――明日、シャルルペトラと一緒に一度元の世界へ戻るので、その時に詳しく調べてきます」
「そうか。だったら――」
「私も行くわ」

 思わぬ発言に、颯太とハドリーは一斉に視線を言いだした張本人であるブリギッテへと向けた。

「い、行くって……あちらの世界へ?」
「ええ。ずっと前から興味があったのよ。いいでしょ?」
「まあ……ふたりくらいなら問題ないってシャルルは言っていたけど」
「なら問題ないわね」
「そうだな。ハルヴァ出身者としてその祭りがどんなものかもチェックできるし、ブリギッテに任せよう」

 話はまとまった。
 ブリギッテが、こちら側の世界の人間としては初めて、颯太の生まれ育った現代日本へ向かうことが決定する。

「ハドリーめ……最初からこれが狙いだったな?」

 決定を受けて大騒ぎを起こしている竜人族トリオを尻目に、ハドリーはパートナーの隙のなさに感嘆の声をあげるのだった。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。