おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第104話  事の発端

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 すべては「あの時」から動き始めていた。

 颯太たちが旧レイノア王都からガドウィンへ向かって旅立った直後――入れ替わるようにして、ある男たちがハルヴァから旧レイノア王都にある旧レイノア城へと到着した。

 その到着を、竜騎士団副団長のリガン・オルドネスと作業に従事していない数名の騎士たちが出迎えた。
 その男とは、

「随分と仰々しい出迎えじゃないか、リガン」
「レフティ殿がお越しになるのなら、これくらいは当然でしょう」

 ハルヴァ外交局のレフティ・キャンベルと、その部下たちだった。
 目的は耕作地として整備途中の旧レイノア領地を視察し、その進捗状況をチェックすることであった。

「今日は新入りも連れてきたんだ。まだ若いが、優秀な男だぞ。――アイザック」
「は、はい!」

 レフティに呼ばれた青年――アイザック・レーンは2人のもとへと駆けつける。

「リガン副団長に会うのは初めてだろう? 挨拶をしておきなさい」
「は、はい! 自分はアイザック・レーンと申します。本日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ。それと、もう少し肩の力を抜いてくれ」
「じ、尽力します!」

 ガチガチになっているアイザックへ気さくに話しかけるリガン。そこへ、

「もうご到着されたのですね」
「おお、フライアくんか」

 旧レイノア領地の耕作地化環境保護団体の代表であるフライア・ベルナールもレフティに挨拶をするためやって来た。

「君たちフォレルガが協力してくれたおかげで当初の予定よりかなり早く整地の目途がたったと報告を受けている。本当にありがとう」
「これもすべて私たちを信頼して作業を任せてくださったおかげです」
「あなた方の理念――魔族に襲われた土地の復興を目指すというのに我々も共感しているかららこそ任せられたのだよ。今日はその成果をじっくり見させてもらうとしよう」
「ええ。ではご案内致しますね」

 フライアが先頭になって案内を始めようとした時だった。


「大変です!!」


 血相を変えて1人の騎士が飛び込んできた。
 よく見ると、その騎士はひどい怪我を負っていた。

「どうした!? 何があったんだ!?」
「て、敵です……」
「敵? 敵だと? 一体何を――」
「きゃあっ!?」

 フライアの悲鳴を耳にしたリガンが顔を上げるとそこには――その場にいてはならない存在があった。

「あれは……オークか!?」

 旧レイノア城の廊下を我が物顔で歩き、こちらへ近づい来る3匹の武装したオーク――それだけではない。

 ゴブリン。
 スライム。
 リザードマン。

 ――などなど。

 4大国家が戦力を結集して殲滅を目指す魔族が大挙して押し寄せてくる。

「くっ!?」

 なぜここに魔族がいるのかと狼狽えず、すぐに剣を抜いて対峙する。そして、その場にいた騎士たちへ指示を飛ばす。

「おまえたちはレフティ殿とフライア殿を守りながら城の奥へ行け! 宝物庫なら頑丈な鍵もついている! そこを目指すんだ!」
「り、リガン副団長は!?」
「俺はここで魔族どもを食い止めて時間を稼ぐ! 早く行くんだ!」
「ふ、副団長……」

 リガンは己の命を賭けてレフティとフライアを守ろうと魔族たちに立ち向かう。
 
「来い――バケモノどもめ!」

 己を鼓舞するかのように、リガンは叫んだ。
 多くの兵士に守られながら城の奥へと避難するレフティの耳にも、その叫び声はハッキリと届いていた。

「無茶をするなよ、リガン……ハルヴァはまだおまえを失うわけにはいかないのだ」

 リガンの身を案ずる一方で、レフティはこの不自然過ぎる状況に疑問を抱いていた。
 なぜ魔族が城へ入って来たのかではなく、なぜ城に入るまで誰も魔族が接近していることに気がつかなかったのかという点に着目していた。

 本能のままに暴れ回る魔族が、一斉に同じ場所を狙ったように奇襲を仕掛けるなど考えにくい。恐ろしいまでの偶然が一致してここへ乗り込んできたにしても、王都で作業していた者たちから魔族襲撃の一報は届いていないという事実に違和感を覚えていた。

 その後、リガンの指示した宝物庫に逃げ込み、頑丈な施錠に加えて入口を室内にある物を積み重ねて封じ込め、救援が来るまで立てこもる体勢を整えることに成功した。

「兵士諸君、君たちは魔速襲来の報せを受けていなかったのか?」
「な、何も聞いていません」
「そうか……外にいた兵士やフォレルガ団員の安否は?」
「それも不明です」

 フォレルガ代表のフライアもメンバーの無事を祈っている――が、彼女もまたこの状況に不信感を持っていた。

「レフティさん……魔族が自分たちだけで、誰にも気づかれることなくこの城へ侵入することは可能だと思いますか?」
「……考えにくいな。ヤツらにそんな知性があるとは思えない」
「では、裏で今回の事件を画策している者がいると?」
「そうなると、その何者かが魔族を言いなりさせていることになる……それこそあり得ない話だ」
「あ、あの……」

 レフティとフライアが話し合っていると、1人の竜騎士が手を挙げる。

「実は……魔族からの逃亡中に、城の窓から少し外の様子を見たのですが、その際、ある旗を掲げた者たちが視界に入ったのです」
「ある旗?」

 フライアはレフティを見る。その意図を汲み取ったレフティは、心当たりを告げた。

「その旗のデザインとは……ドラゴンの首を2つの剣で真っ二つに斬り捨てるものじゃなかったか?」
「そ、そうです!」

 その旗を掲げる組織といえば――ひとつしかない。

「相手は……禁竜教か」

 かつて、旧レイノア王都を不法に占拠した禁竜教。
 竜騎士団と颯太の活躍によって退けたはずが、再びこの地を奪おうと再侵攻してきたということらしい。

「以前も禁竜教はこのレイノアの地を狙っていましたよね?」
「ああ……なぜそこまでこの地にこだわるんだ?」

 浮上した謎――正解の見えない問いかけの答えを探してその場にいた全員が沈黙していると、

 コンコン。

 宝物庫のドアを叩く音が響く。
 それは力任せの乱暴なものではなく、明らかに加減された――もっと言えば、人間の手によるノックだった。その直後、

 バギッ!

 もの凄い力で重厚なドアはこじ開けられた。
 ドアノブを握るのはオークのいかつい手。しかも1匹だけではなく、合わせて4匹のオークが立っていた。
 そして、そのオークたちを付き従えるように、真ん中に立っているのは――仮面をつけた男であった。
 
「初めまして――で、よろしかったですかな?」
「だ、誰だ?」
「禁竜教の代表でマクシミリアンと申します」
「!?」
 
 禁竜教の代表と名乗る人物――マクシミリアンはゾッとするほどの物静かさで語りかけてきた。その背後には、まるでマクシミリアンを護衛するかのように暴れることなく寄り添っているオークの姿が。

「……魔物と仲がいいんだな」

 探るようなレフティの言葉も、マクシミリアンは意に介さず続ける。

「あなた方は……ハルヴァ外交局の方ですね?」
「そうだが――む?」

 マクシミリアンと言葉を交わしたレフティは、

「あなた……以前、どこかでお会いしませんでしたか?」
「……こちらの要求に応えていただければ、みなさんに傷をつけることなく解放します」

 あくまでも自分の要求以外には答えようとはしないマクシミリアンは、室内にいたアイザックへと目を向けて、

「君に伝令役を頼みましょう」
「え? ぼ、僕ですか!?」
「そうです。こちらへ来てください。他の方々はもうしばらくこの宝物庫にいてもらいます」
「ま、待て! リガン副団長はどうした!?」

 最後にせめてリガンの安否を知りたくて、レフティは叫んだ。

「彼は無事です。その他の騎士やフォレルガの団員も、拘束はしていますが怪我は誰一人していません。――これからの交渉次第ではどうなるか保証しかねますが」
「交渉……だと?」
「すべては後程お知らせに来ます。では、こちらへ」
「…………」

 アイザックは意見を求めるようにレフティを見つめる。
 
「マクシミリアン、彼はまだ新入りだ。荷が重すぎる。彼よりも――」
「いえ……やります」

 止めに入ろうとしたレフティを遮り、アイザックはマクシミリアンの要求を呑んだ。

「自分に任せてください、レフティ殿」

 アイザックは小声でレフティに告げる。

「し、しかし」
「相手は自分を指名しています。ここで下手に逆らうより、大人しく従った方がいい――そうですよね?」
「……そうだ」

 要求を突っぱねて相手を刺激するより、その方がいいという判断だった。

「話はまとまりましたかな。ではこちらに。――ああ、それと、そこのあなた」
「え?」

 マクシミリアンはさらに別の人物に声をかける。それは、

「あなたにも来てもらいますよ――フォレルガの代表さん」
「……わかりました」

 フライアだった。

「残ったみなさんはもうしばらくこの宝物庫にいてもらいます。見張りにはこちらにいるオークをつけておきますので、下手な動きは控えるようにしてください。妙なマネをして彼らを興奮させると、何をしでかすかわかりませんから」

 念を押すようにゆっくりと言って、マクシミリアンはアイザックとフライアの両名を連れてその場を離れた。

「くっ……頼むぞ、アイザック」

 己の無力さを呪いながら、レフティは宝物庫の中で必死に祈っていた。
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