85 / 246
レイノアの亡霊編
第105話 暗躍
しおりを挟む
「改めて聞こう――君の名前は?」
「……アイザック・レーン」
マクシミリアンに連れてこられたアイザックは、隙を伺いながら答えた。
しかし、そんなアイザックの思惑をあざ笑うかのように、マクシミリアンは余裕の態度を崩さぬまま警戒を怠っている様子はない。アイザックの後ろに立つフライアもまた同じ心境にあった。
「レーン? もしや君の父上は竜騎士団のジョゼフ・レーンか?」
「! なぜ父の名を!?」
「ただの知人さ。――もっとも、向こうはもう私の顔や名前を覚えてはいないだろうが」
どこか柔らかな印象を持たせるマクシミリアンに、アイザックは困惑していた。ハッキリ言って、国盗りなんて大それたことをしでかしそうにない人間のように思えたからだ。
「あなたは……」
「本題に入ろう」
アイザックの言葉をぶった切って、マクシミリアンは懐から一枚の紙を取り出す。――それは手紙のようだった。
「ここに私の要求のすべてが書かれている。これをハルヴァの外交局に届けてもらう」
「これを……」
「外に馬を用意してある。今から出発すれば夜には王都へ着けるだろう」
何も難しくはない。だが、アイザックが気になっているのは、
「内容は理解した。――しかし、外には魔族が……」
「問題はない。外にいる魔族たちは、絶対に君を襲ったりはしない。安心して城の外へ出るといい」
「……なぜそう言い切れる?」
「それは秘密だ」
理由については煙に巻いたが、あれだけ力強く断言しているなら、それなりの根拠があるのだろう。
「心得ているとは思うが、宝物庫にいる君の同僚たちやそこにいる女性は人質だ。君がしっかりと任務をこなさなければ全員の命はない――いいね?」
「……わかった」
マクシミリアンから手紙をもらったアイザックは教団員に案内されて城の外へと出た。恐る恐る周りの状況を確認すると、あっちもこっちに魔族の姿がある。中には剣や盾で武装した者もいた。
しかし、マクシミリアンが言った通り、1匹たりともアイザックに襲いかかって来ることはなかった。まるでマクシミリアンの命令を絶対に守る忠実なしもべであるかのように。
疑問に思いながらも、人質の安全を最優先し、馬を駆ってハルヴァの王都を目指した。
◇◇◇
「若いながらも優秀な男だね、彼は」
「…………」
アイザックが王都を出たことを城の窓から確認したマクシミリアンは部屋に残されたフライアに話しかけるが、警戒心を強めるフライアは何も答えない。
しかし、次の一言が、フライアの表情を一変させる。
「こうして会うのは何年振りか……大きく、そして美しく成長されましたな。フライア・ベルナール――いや、バジタキスのメリナ姫」
「!?」
フライアは大きく目を見開いた。
その名で――本名で呼ばれたのはここ数年記憶になかったからだ。
「なぜその名を知っているのか……そんな顔をしていますな」
「……………」
「おや? 私の正体にお気づきでなかったのですか? ――では、これならどうです?」
そう言って、マクシミリアンは――仮面を取った。その素顔を目の当たりにしたフライアは再び衝撃を受けた。
「! あ、あなたは!?」
「思い出していただけましたか?」
「で、でも、どうして!? 名前を変えてまでこんな……」
「それはこちらのセリフですよ。まさかあなたがフォレルガなる団体を立ち上げて慈善活動に勤しんでいるとは夢にも思いませんでした。――もっとも、その活動には何か裏があるようですが」
「そういうあなたこそ、禁竜教なる教団の代表なんて……あなたの前職からは想像もできない現状ですね」
「お互い様というわけですな。……しかし、あなたがここにいるということは、やはりその裏にはあの御方が――ランスロー様が関わっているのですね?」
「彼は関係ありません」
即答する。しかし、
「嘘ですな」
即座に見破られた。
「あなたのランスロー様に対する想い……その強さは、あなたたちをずっと近くで見守り続けていた私にはよくわかります」
マクシミリアンは仮面をつけ直す。
「あなたにはハルヴァとの交渉が決裂しても手は出しません。――いえ、それよりも今すぐにフォレルガだけ解放します」
「それには及びません。私たちだけ解放されてはかえって怪しまれます」
「ふむ……何を企んでいるのですかな?」
「あなたたちの狙いを教えてくださればお答えします」
「……いいでしょう。我ら禁竜教の――いや、レイノアの亡霊たちが望む結末をお話ししましょう」
マクシミリアンは禁竜教がハルヴァに要求した内容をフライアに告げる。
それを聞いたフライアは、
「そんな……私たちが国を出た後にハルヴァがそのようなことを……」
「真相はすべて闇の中――ですが、そのままにしておくわけにはいかない。あのような、レイノアの悲劇は……けして風化させてはならないのです」
仮面の奥に潜む瞳には、執念の炎が揺らいでいた。
「……あなたの要望には応えます。ここに居続けるのも怪しまれるでしょうから、すぐに宝物庫へ戻しましょう」
「わかりました。――最後にひとつだけ答えてください」
「なんでしょう?」
「ここに……《あの方》はいらっしゃるのですか?」
あえて名を出さなかったが、マクシミリアンにはそれが誰を指しているのかすぐに理解できた。
「――いますよ。あの方が本来いるべき場所に」
「そうですか……」
「お会いになりますか?」
「いえ……結構です」
ふたりの会話はそこで終わった。
教団員に囲まれて宝物庫へと戻ったフライアに、レフティが駆け寄る。
「何もされなかったか?」
「ええ……ご心配なく」
平静を装いつつも、フライアの内心は想定外の事態の連続に疲弊していた。
窓のない宝物庫では伝わりにくいが、フライアが入ってきた時に一瞬だけ見えた窓から、今が夜なのだと人質たちは知る。
こうして、いつ殺されるともわからぬ極限状態の中で、人質たちは最初の夜を迎えたのだった。
◇◇◇
決死の思いでハルヴァ王都へ到着したアイザックは、すぐに外交局大臣執務室へと駆け込んだ。
すでに真夜中の時間帯であったが、執務室には明かりが灯っており、人がいることがわかるとノックも忘れて駆け込んだ。
「スウィーニー様!」
大臣執務室にはスウィーニーだけでなく、専属秘書のクラウス・ベッケラン。そして2人の兵士がいた。
「何事ですか、騒々しい。――うん? 君はアイザック・レーンか? なぜ旧レイノア王都へ向かった君がここに?」
白髪を七三に分けたクラウスが苦言を呈すが、アイザックはそれどころじゃない。
「スウィーニー様! 旧レイノア王都が禁竜教に乗っ取られたました!」
「何だと!?」
「城で作業していたフォレルガの団員や視察に訪れていたレフティ殿ら外交局の者たちは皆人質として旧レイノア城の宝物庫に閉じ込められています! この手紙がその主犯格――禁竜教代表のマクシミリアンなる者がハルヴァ外交局へ宛てた要求書です!」
アイザックはスウィーニーにマクシミリアンからの手紙を渡す。内容を把握したスウィーニーは手紙を折りたたみ、執務机の上に置くと、
「アイザックくん、だったか……旧レイノア王都には竜騎士団副団長のリガン・オルドネスとその部下たちがいたはずだ。彼らはどうなった?」
「それが……敵は魔族を従えていたのです」
「魔族だと!?」
「はい! まるで忠実なしもべのように、マクシミリアンの言うことを聞き、リガン副団長ら竜騎士団を襲いました」
「な、なんたることだ……」
魔族を従える人間がいる――しかもその人間はハルヴァに対して宣戦布告をしてきた。その衝撃に、クラウスは立ちくらみさえ覚えた。
一方、スウィーニーは腕組みをして考え込み、そして、
「……それで、本件について他に知る者は?」
「いません。王都へ到着してすぐにこちらへ駆けつけましたので」
「そうか……」
スウィーニーは立ち上がると、アイザックの横に立ち、その肩へ手を添える。
「今日は疲れただろう。ちょうどこの上の階に使っていない部屋がある。ベッドもあるからそこでゆっくり休むといい」
「え? で、ですが」
「……おい」
抵抗するアイザックに対し、スウィーニーは兵士2人に目で合図を送る。
それを受けた兵士たちはアイザックの両脇に立ち、腕を掴む。そして、そのまま引きずるように執務室から締め出した。
「ぐっ! は、放してくれ! 僕は疲れてなんかいない!」
アイザックの訴えを無視する兵士2人。
その進行方向に、1人の男が現れた。
「あ、あいつは……」
銀色の短髪に左目を覆う眼帯――ハルヴァ王都内で配達人として生計を立てているダヴィドという男で、アイザックも面識があった。
別に、ダヴィドがここにいること自体おかしな話ではない。ここにいるということは正規の手続きを踏んで入って来たということだろうから。
問題は――ダヴィドが手ぶらだということ。
配達人でありながら荷物はなし。
ということは、仕事の話でここを訪れたというわけではなさそうだ。
振り向くと、ダヴィドは大臣執務室へと入って行くのが見えた。
しかし、そこから先を知ることはなく、アイザックは兵士2人に連れられて指定された部屋へと押し込まれ、外から鍵をかけられた――監禁に等しい状況だった。
アイザックはわけがわからなかった。
なぜ自分がこのような仕打ちを受けるのか、と。
アイザックは知る由もなかった。
彼のもたらした情報が、さらなる混乱を招くことになろうなどと。
◇◇◇
「ダヴィドか……ちょうどいいところに来たな」
アイザックを追い出したあと、入れ替わるように入って来たダヴィドを招き入れたスウィーニー。
「この前の件の成功を報告に来たんだが……ダンナがそう言うってことは次の仕事の話かい?」
「そうだ。――だが、次の仕事は骨が折れるぞ? その分、給金は弾むが」
「ほう。どれほどで?」
「これまでの5倍出そう」
「5ばっ!? こりゃ相当厄介な案件みてぇだな」
配達人ダヴィド――それは表向きの顔。
本来は外交局から請け負った裏の仕事をこなす裏の世界の住人であった。
「それに伴い、本件は相当数の人材が必要となるが……その点について不安は?」
「仲間はガドウィンの王都に待機させている。ざっと20ってとこか……どいつもこいつも金のためなら人殺しも厭わねぇろくでなしばかりだ」
「結構」
スウィーニーはドカッと椅子へと腰掛ける。
「おまえたちに始末してもらいたい者が2人いる。1人は竜騎士団副団長のリガン・オルドネス。もう1人は外交局のレフティ・キャンベル――以上だ」
「どっちもえれぇ大物だな」
「それだけでなく、ヤツらのいる旧レイノア王都には魔族と禁竜教がいる。そいつらのかわしつつ、この2人を始末してもらいたい」
「魔族に禁竜教ねぇ……たしかに5倍の値に相応しい仕事だ」
「では、頼んだぞ」
ダヴィドが部屋を出たのを確認してから、クラウスは首を傾げた。
「スウィーニー様……一体何をお考えで?」
「今回の案件――うまく扱えば竜騎士団をこちらの意のままに操れるかもしれん」
「りゅ、竜騎士団を!? そ、それで! どのような手筈を!?」
興奮気味のクラウスを制止し、スウィーニーはゆったりと話す。
「落ち着け。とりあえず、私は今すぐに国王へ掛け合い、朝方にも王国議会を開くよう進言する。――そこからは見ものだぞ」
不敵に笑うスウィーニー。
その予言のような言葉の通り――翌朝の王国議会では大きな波乱が起きるのだった。
「……アイザック・レーン」
マクシミリアンに連れてこられたアイザックは、隙を伺いながら答えた。
しかし、そんなアイザックの思惑をあざ笑うかのように、マクシミリアンは余裕の態度を崩さぬまま警戒を怠っている様子はない。アイザックの後ろに立つフライアもまた同じ心境にあった。
「レーン? もしや君の父上は竜騎士団のジョゼフ・レーンか?」
「! なぜ父の名を!?」
「ただの知人さ。――もっとも、向こうはもう私の顔や名前を覚えてはいないだろうが」
どこか柔らかな印象を持たせるマクシミリアンに、アイザックは困惑していた。ハッキリ言って、国盗りなんて大それたことをしでかしそうにない人間のように思えたからだ。
「あなたは……」
「本題に入ろう」
アイザックの言葉をぶった切って、マクシミリアンは懐から一枚の紙を取り出す。――それは手紙のようだった。
「ここに私の要求のすべてが書かれている。これをハルヴァの外交局に届けてもらう」
「これを……」
「外に馬を用意してある。今から出発すれば夜には王都へ着けるだろう」
何も難しくはない。だが、アイザックが気になっているのは、
「内容は理解した。――しかし、外には魔族が……」
「問題はない。外にいる魔族たちは、絶対に君を襲ったりはしない。安心して城の外へ出るといい」
「……なぜそう言い切れる?」
「それは秘密だ」
理由については煙に巻いたが、あれだけ力強く断言しているなら、それなりの根拠があるのだろう。
「心得ているとは思うが、宝物庫にいる君の同僚たちやそこにいる女性は人質だ。君がしっかりと任務をこなさなければ全員の命はない――いいね?」
「……わかった」
マクシミリアンから手紙をもらったアイザックは教団員に案内されて城の外へと出た。恐る恐る周りの状況を確認すると、あっちもこっちに魔族の姿がある。中には剣や盾で武装した者もいた。
しかし、マクシミリアンが言った通り、1匹たりともアイザックに襲いかかって来ることはなかった。まるでマクシミリアンの命令を絶対に守る忠実なしもべであるかのように。
疑問に思いながらも、人質の安全を最優先し、馬を駆ってハルヴァの王都を目指した。
◇◇◇
「若いながらも優秀な男だね、彼は」
「…………」
アイザックが王都を出たことを城の窓から確認したマクシミリアンは部屋に残されたフライアに話しかけるが、警戒心を強めるフライアは何も答えない。
しかし、次の一言が、フライアの表情を一変させる。
「こうして会うのは何年振りか……大きく、そして美しく成長されましたな。フライア・ベルナール――いや、バジタキスのメリナ姫」
「!?」
フライアは大きく目を見開いた。
その名で――本名で呼ばれたのはここ数年記憶になかったからだ。
「なぜその名を知っているのか……そんな顔をしていますな」
「……………」
「おや? 私の正体にお気づきでなかったのですか? ――では、これならどうです?」
そう言って、マクシミリアンは――仮面を取った。その素顔を目の当たりにしたフライアは再び衝撃を受けた。
「! あ、あなたは!?」
「思い出していただけましたか?」
「で、でも、どうして!? 名前を変えてまでこんな……」
「それはこちらのセリフですよ。まさかあなたがフォレルガなる団体を立ち上げて慈善活動に勤しんでいるとは夢にも思いませんでした。――もっとも、その活動には何か裏があるようですが」
「そういうあなたこそ、禁竜教なる教団の代表なんて……あなたの前職からは想像もできない現状ですね」
「お互い様というわけですな。……しかし、あなたがここにいるということは、やはりその裏にはあの御方が――ランスロー様が関わっているのですね?」
「彼は関係ありません」
即答する。しかし、
「嘘ですな」
即座に見破られた。
「あなたのランスロー様に対する想い……その強さは、あなたたちをずっと近くで見守り続けていた私にはよくわかります」
マクシミリアンは仮面をつけ直す。
「あなたにはハルヴァとの交渉が決裂しても手は出しません。――いえ、それよりも今すぐにフォレルガだけ解放します」
「それには及びません。私たちだけ解放されてはかえって怪しまれます」
「ふむ……何を企んでいるのですかな?」
「あなたたちの狙いを教えてくださればお答えします」
「……いいでしょう。我ら禁竜教の――いや、レイノアの亡霊たちが望む結末をお話ししましょう」
マクシミリアンは禁竜教がハルヴァに要求した内容をフライアに告げる。
それを聞いたフライアは、
「そんな……私たちが国を出た後にハルヴァがそのようなことを……」
「真相はすべて闇の中――ですが、そのままにしておくわけにはいかない。あのような、レイノアの悲劇は……けして風化させてはならないのです」
仮面の奥に潜む瞳には、執念の炎が揺らいでいた。
「……あなたの要望には応えます。ここに居続けるのも怪しまれるでしょうから、すぐに宝物庫へ戻しましょう」
「わかりました。――最後にひとつだけ答えてください」
「なんでしょう?」
「ここに……《あの方》はいらっしゃるのですか?」
あえて名を出さなかったが、マクシミリアンにはそれが誰を指しているのかすぐに理解できた。
「――いますよ。あの方が本来いるべき場所に」
「そうですか……」
「お会いになりますか?」
「いえ……結構です」
ふたりの会話はそこで終わった。
教団員に囲まれて宝物庫へと戻ったフライアに、レフティが駆け寄る。
「何もされなかったか?」
「ええ……ご心配なく」
平静を装いつつも、フライアの内心は想定外の事態の連続に疲弊していた。
窓のない宝物庫では伝わりにくいが、フライアが入ってきた時に一瞬だけ見えた窓から、今が夜なのだと人質たちは知る。
こうして、いつ殺されるともわからぬ極限状態の中で、人質たちは最初の夜を迎えたのだった。
◇◇◇
決死の思いでハルヴァ王都へ到着したアイザックは、すぐに外交局大臣執務室へと駆け込んだ。
すでに真夜中の時間帯であったが、執務室には明かりが灯っており、人がいることがわかるとノックも忘れて駆け込んだ。
「スウィーニー様!」
大臣執務室にはスウィーニーだけでなく、専属秘書のクラウス・ベッケラン。そして2人の兵士がいた。
「何事ですか、騒々しい。――うん? 君はアイザック・レーンか? なぜ旧レイノア王都へ向かった君がここに?」
白髪を七三に分けたクラウスが苦言を呈すが、アイザックはそれどころじゃない。
「スウィーニー様! 旧レイノア王都が禁竜教に乗っ取られたました!」
「何だと!?」
「城で作業していたフォレルガの団員や視察に訪れていたレフティ殿ら外交局の者たちは皆人質として旧レイノア城の宝物庫に閉じ込められています! この手紙がその主犯格――禁竜教代表のマクシミリアンなる者がハルヴァ外交局へ宛てた要求書です!」
アイザックはスウィーニーにマクシミリアンからの手紙を渡す。内容を把握したスウィーニーは手紙を折りたたみ、執務机の上に置くと、
「アイザックくん、だったか……旧レイノア王都には竜騎士団副団長のリガン・オルドネスとその部下たちがいたはずだ。彼らはどうなった?」
「それが……敵は魔族を従えていたのです」
「魔族だと!?」
「はい! まるで忠実なしもべのように、マクシミリアンの言うことを聞き、リガン副団長ら竜騎士団を襲いました」
「な、なんたることだ……」
魔族を従える人間がいる――しかもその人間はハルヴァに対して宣戦布告をしてきた。その衝撃に、クラウスは立ちくらみさえ覚えた。
一方、スウィーニーは腕組みをして考え込み、そして、
「……それで、本件について他に知る者は?」
「いません。王都へ到着してすぐにこちらへ駆けつけましたので」
「そうか……」
スウィーニーは立ち上がると、アイザックの横に立ち、その肩へ手を添える。
「今日は疲れただろう。ちょうどこの上の階に使っていない部屋がある。ベッドもあるからそこでゆっくり休むといい」
「え? で、ですが」
「……おい」
抵抗するアイザックに対し、スウィーニーは兵士2人に目で合図を送る。
それを受けた兵士たちはアイザックの両脇に立ち、腕を掴む。そして、そのまま引きずるように執務室から締め出した。
「ぐっ! は、放してくれ! 僕は疲れてなんかいない!」
アイザックの訴えを無視する兵士2人。
その進行方向に、1人の男が現れた。
「あ、あいつは……」
銀色の短髪に左目を覆う眼帯――ハルヴァ王都内で配達人として生計を立てているダヴィドという男で、アイザックも面識があった。
別に、ダヴィドがここにいること自体おかしな話ではない。ここにいるということは正規の手続きを踏んで入って来たということだろうから。
問題は――ダヴィドが手ぶらだということ。
配達人でありながら荷物はなし。
ということは、仕事の話でここを訪れたというわけではなさそうだ。
振り向くと、ダヴィドは大臣執務室へと入って行くのが見えた。
しかし、そこから先を知ることはなく、アイザックは兵士2人に連れられて指定された部屋へと押し込まれ、外から鍵をかけられた――監禁に等しい状況だった。
アイザックはわけがわからなかった。
なぜ自分がこのような仕打ちを受けるのか、と。
アイザックは知る由もなかった。
彼のもたらした情報が、さらなる混乱を招くことになろうなどと。
◇◇◇
「ダヴィドか……ちょうどいいところに来たな」
アイザックを追い出したあと、入れ替わるように入って来たダヴィドを招き入れたスウィーニー。
「この前の件の成功を報告に来たんだが……ダンナがそう言うってことは次の仕事の話かい?」
「そうだ。――だが、次の仕事は骨が折れるぞ? その分、給金は弾むが」
「ほう。どれほどで?」
「これまでの5倍出そう」
「5ばっ!? こりゃ相当厄介な案件みてぇだな」
配達人ダヴィド――それは表向きの顔。
本来は外交局から請け負った裏の仕事をこなす裏の世界の住人であった。
「それに伴い、本件は相当数の人材が必要となるが……その点について不安は?」
「仲間はガドウィンの王都に待機させている。ざっと20ってとこか……どいつもこいつも金のためなら人殺しも厭わねぇろくでなしばかりだ」
「結構」
スウィーニーはドカッと椅子へと腰掛ける。
「おまえたちに始末してもらいたい者が2人いる。1人は竜騎士団副団長のリガン・オルドネス。もう1人は外交局のレフティ・キャンベル――以上だ」
「どっちもえれぇ大物だな」
「それだけでなく、ヤツらのいる旧レイノア王都には魔族と禁竜教がいる。そいつらのかわしつつ、この2人を始末してもらいたい」
「魔族に禁竜教ねぇ……たしかに5倍の値に相応しい仕事だ」
「では、頼んだぞ」
ダヴィドが部屋を出たのを確認してから、クラウスは首を傾げた。
「スウィーニー様……一体何をお考えで?」
「今回の案件――うまく扱えば竜騎士団をこちらの意のままに操れるかもしれん」
「りゅ、竜騎士団を!? そ、それで! どのような手筈を!?」
興奮気味のクラウスを制止し、スウィーニーはゆったりと話す。
「落ち着け。とりあえず、私は今すぐに国王へ掛け合い、朝方にも王国議会を開くよう進言する。――そこからは見ものだぞ」
不敵に笑うスウィーニー。
その予言のような言葉の通り――翌朝の王国議会では大きな波乱が起きるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。