おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第106話  竜騎士団、奪われる!?

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 翌朝早々に召集された各大臣とその配下数名を待っていたのはスウィーニーの独壇場であった。

 まず、スウィーニーは今回の人質事件について竜騎士団への責任を追及した。
 その中でも焦点になったのはブロドリックによる副団長リガンの任命責任だった。

「彼はまだ若く、経験も浅い。そのような人材を副団長に任命したのは時期尚早ではなかったのですか?」

 スウィーニーは徹底的に竜騎士団の非を突いた。
 ――だが、アイザックが持ち帰った一部の情報についてはこの場で公開しなかった。
 例えば、敵側に魔族がいることには触れず、禁竜教に遅れを取り、むざむざ人質として捕らえられたことをネチネチと責める。

 こうした情報の隠ぺい――発覚すれば失脚は免れないが、唯一その情報を公開しそうなアイザックは現在外交局監視のもと監禁状態にある。

 そして――本格的に敵との交渉段階に移る時には、アイザックを消し去る計画も企てられていた。

 外交局が裏でそのような計画を練っていることなど微塵も思っていないブロドリックは、スウィーニーの主張を黙って話を聞いていた。
だが、当然今回の件へ疑念の眼差しを向けている。
 一番引っかかったのは、禁竜教代表のマクシミリアンに要求書を持たされ、昨夜未明に王都へとたどり着いたアイザック本人とは面会ができない状態であるという説明であった。
彼はひどく疲弊しており、またけして軽くない負傷をしていたため、現在治療中で面会謝絶であるという。本人から直接話を聞きたいというブロドリックの意見は通らなかった。

 さらにスウィーニーは、

「敵側の要求は旧レイノア領地を自分たちの国とするため無条件で譲渡せよという内容で、この件について大至急王国議会を開き、この要求を呑む決議をすること。そして、国としての最終決定を私――外交大臣が今日から五日以内に直接出向いて報告しろというものでした」
「もしその要求が呑めない場合は……」
「人質は皆殺しだそうです」

 わかってはいたことだが、とアルフォン王は深く息を吐き出す。

「陛下、これはハルヴァ史上最大の事件です」
「うむ……だが、敵の要求――独立国家の建国など到底認められない」

 もし、ここでハルヴァが禁竜教の要求を呑むようなことになれば、それは4大国家のひとつに数えられるハルヴァが屈したと捉えられる。そうなれば、東方領内でのハルヴァの威厳はなくなり、反乱国家も出てくる可能性があった。
 しかし、だからといって人質をこのままにしておくわけにもいかない。

 王として、苦渋の決断を迫られるアルフォン王であったが、

「陛下……私が禁竜教代表と直接交渉します」
「何?」
「彼らの主張をより詳しく聞き出し、それに見合った別の提案をしてまいります」
「できるのか?」
「必ずや成功させてみせます。それに――これまで、私が交渉で失敗したことがありましたでしょうか?」
「……わかった。おまえに任せよう、スウィーニー。皆もそれでよいな?」

 議会場は賛成の拍手で包まれた。
 ブロドリックたち国防局からすれば、大っぴらに賛成はできないが、現状、そうするしかないという現実も受け止めていた。

 ここまでの流れでは、「国防局のミスを外交局が尻拭いをする」という構図であった。

 スウィーニーは護衛として竜騎士団から数十名選び出すと宣言したが、その人選はスウィーニー自身が決めることとなった。

 こうして、徐々に竜騎士団の実権を握っていくことこそが、スウィーニーの狙いであった。

 旧レイノアに隠された外交局の秘密。
 それを、国防局が探り出したことはすでに知っている。罪を裁く国防局を意のままに操れれば、もはや国内で外交局に手を出す者は誰もいなくなるに等しい。

 スウィーニーは護衛としてハルヴァの竜人族3匹――メア、ノエル、キルカをつけることを絶対条件として掲げた。今は休暇でガドウィンにいるとブロドリックが告げると、すぐさま呼び戻すため外交局から使いの者が送られることとなった。

「やれやれ……まさかレフティの言っていたことが本当になるとはのぅ」

 竜人族3匹をガドウィンへ送り込む――その口実として、颯太たちに強制休暇を言い渡していたのが功を奏した。連れ戻すには最低でも1日以上かかるため、時間稼ぎができたからだ。

 ブロドリックは、ここで仕掛けを用意した。

「このまま外交局の思う通りにされては困るからのぅ――頼んだぞ」
「はっ!」

 ブロドリックの命を受けた竜騎士団からの使者は、外交局の使者よりも先に颯太たちと接触するためガドウィンへと向かった。


 ◇◇◇


 翌日――強制休暇3日目。

 これも職業病なのか、誰よりも早く目覚めた颯太はベッドから起きて着替えると、宿の周辺を散策してみようと外へ出た。

「うーん……いい天気だ!」

 旧レイノア王都で起きている事態など知る由もない颯太は、爽やかな朝の陽射しを全身で浴びるように伸びをする。なんとも清々しい気持ちで朝を迎えていた。
 
「いいリフレッシュの機会をくれたブロドリック大臣に感謝だな。お土産を買って帰らないとな」

 そんなことを思いながら、木々の並ぶ海沿いの道を歩いていると、

「あれ? ブリギッテ?」
「ソータ? 随分早いじゃない」
「俺は仕事柄いつも早いからな。そっちこそ、こんな早朝にどうしたんだ?」
「なんだかフッと目が覚めちゃって。いい天気だったし、ちょっと外を見て回ろうかなって思って」
「なんだ、俺と一緒だな」

 どちらかが言い出したわけでもなく、それが当たり前であるかのように並んで道を歩いていく。その間もずっと2人は会話で盛り上がっていた。昨日の観光地巡りの話だったり、これまでの苦労話だったりと話題は尽きない。

 どれほど歩いただろうか。

 周りに建物が少なくなり、平原が広がる辺りに来たところで、宿へと引き返そうと回れ右をした――その直後だった。

「おいおい、朝っぱらから見せつけてくれるじゃねぇかよ」
「けっ! 俺たちはこれから仕事だっていうのによぉ!」
「姉ちゃん! そんなヤツより俺らとちょっと遊ぼうや」

 絵に描いたようなチンピラたちが現れた。
 颯太は咄嗟にブリギッテを庇うように彼女の前に立つ。

「あん? おっさんに用はねぇんだよ!」

 チンピラの1人が颯太を突き飛ばす。
 ケンカなど生涯で一度たりともしたことがない颯太は呆気なく吹っ飛ばされてしまった。

「! 颯太!」

 心配してブリギッテが駆け寄って来る。
 このままじゃまずい。
 なんとかしてチンピラを振り切って宿まで戻らないと――颯太がなんとか隙を作り、せめてブリギッテだけでもと立ち上がると、

「暴力は感心しないな」
「まったくだ」

 突如現れた2人組の男が、颯太とチンピラの間に割って入って来た。
 2人とも、このガドウィン特有のアロハシャツに短パン姿をしている。

「なんだてめぇら?」 
「いやなに、そちらの御仁にはかつて大変世話になっているのでね」
「その御方が貴様らのような下衆に絡まれて困っているのを見過ごすなど――栄えあるソラン守備隊の名折れだ」
「! パウル! それにドルーさん!」

 現れたのは、かつてソラン王国をブランドン・ピースレイクの魔手から救うため共に戦ったソラン守備隊のパウルとドルーの2人だった。

「お久しぶりですな、ソータ殿、ブリギッテ殿」
「ノエルバッツは元気にしていますか?」
「あ、ああ、とても元気にしているよ。――て、なんで2人がガドウィンに?」
「農作物の生産が盛んなガドウィンから農業のノウハウを学ぼうとする使節団の護衛として数日前から訪れていたのです」
「朝の鍛錬の帰りに誰かが絡まれて困っているようなので助太刀に来たら……まさかソータさんだったなんて」
「いやぁ、こんな偶然ってあるんだなぁ」
「ホントに。世間って狭いのねぇ」
「おい!」

 和やかな再会ムードが漂っていて忘れていたが、颯太たちは今チンピラに絡まれている最中だった。

「やめときなって。もうお開きでいいじゃないか」
「今引き返せば黙って見送ってやるぞ?」

 パウルとドルーの気迫に押されたチンピラはたじろぎ、

「お、覚えてやがれよぉ!」
 
 と、捨てセリフを吐いて立ち去って行った。

「ガラの悪い連中でしたな。……この国の者ではないようだが」
「困ったものですね」
「ありがとうございました。おかげで助かりましたよ」
「いやいや、怪我がないようでなによりです」
 
 ドルーが笑いながら颯太の肩をポンポンと叩く。

「でも、2人は凄いですね。戦わずして敵を退けるなんて。……俺なんて、何もできないで突き飛ばされて……」
「そんなことないわよ。ソータは私を守ろうと盾になってくれじゃない」

 ブリギッテがそうフォローを入れてくれる。
 情けないと思われてはいないようでちょっと安心する颯太。
 すると、
 
「あ、ここにいた! ソータさ~ん!」

 遠くから颯太の名を叫ぶ声がする。――キャロルだ。何か急用でもあるのか、随分と慌てている様子だ。

「どうしたんだ?」

 颯太が問うと、キャロルは呼吸を整えてから、

「宿にハドリー叔父さんが来ています! なんでも一大事が起きたって!」

 用件を簡潔に分かりやすく述べたのだった。
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