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レイノアの亡霊編
第116話 夜明けを待つ
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「あの状況からよく生きていられたな……」
落ち着きを取り戻したリンスウッド分団は、改めて自分たちが生き抜いた強運に感心していた。
誰もが安堵で放心状態となっている中、ハドリーは、
「トリストン、おまえが吸い込んだ獣人族たちはその……死んだのか?」
ハドリーが問い、その後で視線を颯太へと移す。トリストンの答えを訳してくれという無言の依頼だった。
トリストンは颯太の判断を仰ぐようにハドリーと同じく視線を向ける。それを受けた颯太は頷き、質問へ答えるよう促した。
「あの人たちは生きてるよ。意識なく、私の生み出した影の空間の中を漂っているだけ。その気になれば、彼らを影から吐き出すこともできる」
颯太はトリストンの語った内容をそっくりそのままハドリーへと伝える。
「吐き出した相手は生きているんだな?」
「うん」
最低限の言葉で肯定を示唆するトリストン。
その答えを聞くと、険しく眉間に刻まれていたシワがほぐれ、「ふう」と息をついた。
「なら、あいつらに証言台へ立ってもらうことは可能だな」
襲って来た彼らはほぼ間違いなく外交局からの刺客。
敵側に魔族がいるという情報を隠蔽していた事実と合わせて、外交局を追求するためのネタが確保された点も非常に大きかった。
「分団長、ここから先はどうしますか?」
シュードが指示を仰ぐ。
リンスウッド分団に与えられた任務は外交局が公表した情報に誤りがないかと確認だが、アイザックからのタレコミによりすでにその嘘は明るみとなっている。これ以上、敵の領域へ突っ込むのはリスクしかないのではないか。
「情報は手に入れた……が、どうにも解せない点がある」
「なぜ禁竜教が魔族を配下としているのか――ですね?」
「そうだ」
長年ハドリーの片腕として共に戦場を駆けているシュードには、ハドリーの思考がすんなりと読み取れた。
「連中が如何にして魔族を支配下においているのか……そこが重要だ。もし予定されている禁竜教との交渉が不発に終わり……最悪戦争なんて事態になったら、連中は魔族を前線に送り出してくるだろう」
「その数によっては……例えトリストンを含む竜人族4匹を擁する我らハルヴァ竜騎士団でも苦戦は必至となりますね。魔族討伐作戦を控えている以上、他国も援軍に戦力を割く余裕はないでしょうし」
「そもそも他国からの援軍をスウィーニー大臣が承認するとは思えない。ドラゴン失踪事件が起きた最中で舞踏会を強行開催したくらいだからな。とにもかくにも、他国に弱みを見せることを一番嫌っている」
4大国家の中でもっとも規模が小さいハルヴァが、周りの国に見劣りしないための処置であるのだろうが、近年は少々強引な手法が目立ってきていた。
「できることなら、連中が魔族を操っているそのカラクリを暴きたいところだが……獣人族側にまだ残党もいるかもしれん」
「あの、その件についてなんですけど」
恐る恐る手を挙げる颯太に、騎士たちの視線が集中する。
「どうかしたのか?」
「い、いや、その……魔族を操ることができそうな存在がいるかもって話で」
「本当ですか!?」
思わずシュードが大声を出し、「す、すいません」と縮こまる。気を取り直して、
「その存在っていうのはなんだ?」
「竜人族です」
颯太の答えに、騎士たちは騒然となった。
「相手は禁竜教……ドラゴンを忌み嫌う組織ですが、以前、北方遠征団を襲撃した際、もっとも脅威となったのは敵の竜人族でした」
「ドラゴンを狂わせる能力を持った竜人族だったな。……なるほど、禁竜教とはいえ、1匹竜人族が加担しているなら、2匹いてもおかしくはない」
「あくまでも仮説なんですが……」
自信なさげに語る颯太だが、周りの騎士たちは「そうかもしれない」と感心していた。
「そうなると……余計に厄介な事態だな」
「では、一旦退きますか?」
「……少し様子を見よう。こちらにトリストンが加わった以上、そう簡単にやられはしないだろうからな」
トリストンの力を過信するわけではないが、その能力は対多数を想定した場合、非常に有効的なものと言えた。
影の中に敵を引きずり込む影竜の能力――敵はこちらが少数であるのを見越して周りを囲んでくるだろうが、この力があれば、逆にその状況はこちらにとって好都合となる。しかも、相手は覚醒したばかりのトリストンの能力を知らない。これもまた、リンスウッド分団にとっては強気になれる根拠だ。
以上のことから、分団長であるハドリーの中では「まだいける」と作戦続行という判断でほぼ固まっていた。
「とりあえず、少し休もう。みんなも疲れたろ?」
ここまで夜通し連戦続きだった騎士たちの疲労はピークに達しようとしていた。ハドリー自身も、すでにフラフラでまともに頭が働かないくらいだ。
「では、交代で見張りを立てながら休養を取りましょう。まだ夜明けまでには時間がありますし、この時間を利用して体力の回復を図ります」
「そうしよう。では、まずシュードとアイク。おまえたちは栄養水を補給して睡眠を取れ。ガーバンとオノルスは俺と共に周辺の見回りをする。あっちの竜人族の能力で暴走したドラゴンもうろついているみたいだからな。極力音を立てないよう移動するぞ」
「「はっ!」」
「颯太とトリストンもな。――ただ、敵襲があった場合は飛び起きてもらうが」
「わかりました」
「うん」
指名された4名は簡単なつくりの寝袋を使用して寝ることに。
地面のごつごつとした硬さに眉をひそめたのはほんの一瞬で、疲労から来る睡魔に逆らうことができず、目を閉じるとすぐさま眠りについたのだった。
◇◇◇
旧レイノア城ではハルヴァ国からの返事を心待ちにしているマクシミリアンが中庭に出て月を眺めていた。そこへ、
「マクシミリアン様」
禁竜教の教団員が報告にやって来る。
「どうした?」
「森の南部で戦闘があった模様です」
「戦闘? ジーナラルグが狂わせたドラゴンが暴れているのではないのか?」
「それが……どうも違うようです」
「ふむ。となると――ハルヴァの者か」
「まさか、人質を救出しに来たのでしょうか?」
「それはあり得んな」
マクシミリアンは断言する。
「ハルヴァとて一枚岩ではない。大方、腹の探り合いだろう。……あのブロドリックの性格を考えるに、スウィーニーをこのまま泳がせておくわけがないだろうからな」
「は?」
「なんでもない。……その件についてだが、《あいつ》に知らせて王都周辺に魔族たちを配置するよう伝えてくれ」
「わかりました!」
「ああ、それと――見張りを通して《あの男》の存在を確認できたら……例の作戦を発動させろとも伝えてくれ」
「はっ!」
指示を受けた教団員が城へ戻ったのを確認すると、マクシミリアンはマスクに手をかけてそっと外す。
「スウィーニー……」
憎悪で燃える双眸に月を映し出し、マクシミリアンは今か今かと逸る気持ちを必死に抑え込んだ。
「来るがいい。貴様にはすべてを語ってもらうぞ。――レイノアを奪った真相を」
落ち着きを取り戻したリンスウッド分団は、改めて自分たちが生き抜いた強運に感心していた。
誰もが安堵で放心状態となっている中、ハドリーは、
「トリストン、おまえが吸い込んだ獣人族たちはその……死んだのか?」
ハドリーが問い、その後で視線を颯太へと移す。トリストンの答えを訳してくれという無言の依頼だった。
トリストンは颯太の判断を仰ぐようにハドリーと同じく視線を向ける。それを受けた颯太は頷き、質問へ答えるよう促した。
「あの人たちは生きてるよ。意識なく、私の生み出した影の空間の中を漂っているだけ。その気になれば、彼らを影から吐き出すこともできる」
颯太はトリストンの語った内容をそっくりそのままハドリーへと伝える。
「吐き出した相手は生きているんだな?」
「うん」
最低限の言葉で肯定を示唆するトリストン。
その答えを聞くと、険しく眉間に刻まれていたシワがほぐれ、「ふう」と息をついた。
「なら、あいつらに証言台へ立ってもらうことは可能だな」
襲って来た彼らはほぼ間違いなく外交局からの刺客。
敵側に魔族がいるという情報を隠蔽していた事実と合わせて、外交局を追求するためのネタが確保された点も非常に大きかった。
「分団長、ここから先はどうしますか?」
シュードが指示を仰ぐ。
リンスウッド分団に与えられた任務は外交局が公表した情報に誤りがないかと確認だが、アイザックからのタレコミによりすでにその嘘は明るみとなっている。これ以上、敵の領域へ突っ込むのはリスクしかないのではないか。
「情報は手に入れた……が、どうにも解せない点がある」
「なぜ禁竜教が魔族を配下としているのか――ですね?」
「そうだ」
長年ハドリーの片腕として共に戦場を駆けているシュードには、ハドリーの思考がすんなりと読み取れた。
「連中が如何にして魔族を支配下においているのか……そこが重要だ。もし予定されている禁竜教との交渉が不発に終わり……最悪戦争なんて事態になったら、連中は魔族を前線に送り出してくるだろう」
「その数によっては……例えトリストンを含む竜人族4匹を擁する我らハルヴァ竜騎士団でも苦戦は必至となりますね。魔族討伐作戦を控えている以上、他国も援軍に戦力を割く余裕はないでしょうし」
「そもそも他国からの援軍をスウィーニー大臣が承認するとは思えない。ドラゴン失踪事件が起きた最中で舞踏会を強行開催したくらいだからな。とにもかくにも、他国に弱みを見せることを一番嫌っている」
4大国家の中でもっとも規模が小さいハルヴァが、周りの国に見劣りしないための処置であるのだろうが、近年は少々強引な手法が目立ってきていた。
「できることなら、連中が魔族を操っているそのカラクリを暴きたいところだが……獣人族側にまだ残党もいるかもしれん」
「あの、その件についてなんですけど」
恐る恐る手を挙げる颯太に、騎士たちの視線が集中する。
「どうかしたのか?」
「い、いや、その……魔族を操ることができそうな存在がいるかもって話で」
「本当ですか!?」
思わずシュードが大声を出し、「す、すいません」と縮こまる。気を取り直して、
「その存在っていうのはなんだ?」
「竜人族です」
颯太の答えに、騎士たちは騒然となった。
「相手は禁竜教……ドラゴンを忌み嫌う組織ですが、以前、北方遠征団を襲撃した際、もっとも脅威となったのは敵の竜人族でした」
「ドラゴンを狂わせる能力を持った竜人族だったな。……なるほど、禁竜教とはいえ、1匹竜人族が加担しているなら、2匹いてもおかしくはない」
「あくまでも仮説なんですが……」
自信なさげに語る颯太だが、周りの騎士たちは「そうかもしれない」と感心していた。
「そうなると……余計に厄介な事態だな」
「では、一旦退きますか?」
「……少し様子を見よう。こちらにトリストンが加わった以上、そう簡単にやられはしないだろうからな」
トリストンの力を過信するわけではないが、その能力は対多数を想定した場合、非常に有効的なものと言えた。
影の中に敵を引きずり込む影竜の能力――敵はこちらが少数であるのを見越して周りを囲んでくるだろうが、この力があれば、逆にその状況はこちらにとって好都合となる。しかも、相手は覚醒したばかりのトリストンの能力を知らない。これもまた、リンスウッド分団にとっては強気になれる根拠だ。
以上のことから、分団長であるハドリーの中では「まだいける」と作戦続行という判断でほぼ固まっていた。
「とりあえず、少し休もう。みんなも疲れたろ?」
ここまで夜通し連戦続きだった騎士たちの疲労はピークに達しようとしていた。ハドリー自身も、すでにフラフラでまともに頭が働かないくらいだ。
「では、交代で見張りを立てながら休養を取りましょう。まだ夜明けまでには時間がありますし、この時間を利用して体力の回復を図ります」
「そうしよう。では、まずシュードとアイク。おまえたちは栄養水を補給して睡眠を取れ。ガーバンとオノルスは俺と共に周辺の見回りをする。あっちの竜人族の能力で暴走したドラゴンもうろついているみたいだからな。極力音を立てないよう移動するぞ」
「「はっ!」」
「颯太とトリストンもな。――ただ、敵襲があった場合は飛び起きてもらうが」
「わかりました」
「うん」
指名された4名は簡単なつくりの寝袋を使用して寝ることに。
地面のごつごつとした硬さに眉をひそめたのはほんの一瞬で、疲労から来る睡魔に逆らうことができず、目を閉じるとすぐさま眠りについたのだった。
◇◇◇
旧レイノア城ではハルヴァ国からの返事を心待ちにしているマクシミリアンが中庭に出て月を眺めていた。そこへ、
「マクシミリアン様」
禁竜教の教団員が報告にやって来る。
「どうした?」
「森の南部で戦闘があった模様です」
「戦闘? ジーナラルグが狂わせたドラゴンが暴れているのではないのか?」
「それが……どうも違うようです」
「ふむ。となると――ハルヴァの者か」
「まさか、人質を救出しに来たのでしょうか?」
「それはあり得んな」
マクシミリアンは断言する。
「ハルヴァとて一枚岩ではない。大方、腹の探り合いだろう。……あのブロドリックの性格を考えるに、スウィーニーをこのまま泳がせておくわけがないだろうからな」
「は?」
「なんでもない。……その件についてだが、《あいつ》に知らせて王都周辺に魔族たちを配置するよう伝えてくれ」
「わかりました!」
「ああ、それと――見張りを通して《あの男》の存在を確認できたら……例の作戦を発動させろとも伝えてくれ」
「はっ!」
指示を受けた教団員が城へ戻ったのを確認すると、マクシミリアンはマスクに手をかけてそっと外す。
「スウィーニー……」
憎悪で燃える双眸に月を映し出し、マクシミリアンは今か今かと逸る気持ちを必死に抑え込んだ。
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