おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第139話  スウィーニーの最後

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 スウィーニーが倒れたのはハルヴァ城内にある牢屋へと収容されてからであった。

 兵士が異変に気づいて声をかけると、顔を上げたスウィーニーは盛大に吐血。その場に力なく寝転がってしまった。

「罠かもしれん!」

 ふたりの兵士のうち、ベテラン兵士のガラバが叫ぶ。
 もうひとりの若い兵士に応援を要請するよう伝えると、ガラバは鍵を開けて牢屋の中へと入って行く。もちろん、逃げられないよう開けた鍵は直ちに施錠を行った。

 警戒しながら近づくが、ピッタリと横についても動きを見せないスウィーニーを見て、いよいよこれが演技ではなく、本気で苦しがっていると判断し、応急手当を開始した。

 応援と共にやって来た医師の診断の結果――スウィーニーは以前から内臓を痛めていたことがわかったという。

「容態はかなり悪いらしい」

 テオとルーカから一報を受けた颯太はすぐに城へと向かい、待ち構えていたハドリーからそのような説明を受けた。

「以前から体調が悪かったんですね」
「長年の無理が祟ったのかもな。あの人は国政に携わるようになってから1日たりとも休暇を取ったことがないそうだ。それが今回の事件で一気に心労が溜まったってとこかな」

 現代日本ならとんだブラック企業だと非難を浴びそうだが、スウィーニーの場合は望んでその多忙なスケジュールをこなしていたようだ。もっとも、その多忙の内容の中には表沙汰にできないことも含まれているのだろうが。

「自分の体を壊してまで外交局の仕事に……」
「だが、それは褒められたことじゃない。あの人が寝ずに仕事をしていた――それにより、レイノアみたく不正に領地を奪われた国が他にも生まれてしまった可能性があるからな」

 今回の王国議会では、レイノアの件におけるスウィーニーの自供が主であったが、それ以外にもある点に注目が集まっていた。

 それは余罪の追及である。

 ブロドリックは、今回の件でレイノアの領地不正譲渡の件こそ明るみになったものの、叩けば埃が出る――つまり、まだまだ外交局が主導して行った、小国の不正な領地譲渡があるのではないかと睨んでいた。

 というのも、ブロドリックの秘書であるビリー・ベルガ―がバラン・オルドスキーの家から持ち帰った日記の中に、そのようなことを示唆する内容が含まれていたからである。

 大金欲しさに故郷を売るという悪行に加担したバラン・オルドスキーは、ずっと後悔の念に苛まれていた。その償いの意味も込めて、自らの罪とスウィーニーの恐ろしさを日記に残したのだ。

「さて、そろそろ王国議会が始まるな。我々も会場へ行こう」
「はい」

 今回、颯太は竜騎士団の一員という立場でこの議会に参加することとなっていた。
 会場入りした颯太はその人の多さにまず驚く。
 ハドリーの話では、普段はこの半分ほどの人数で、代理人を用意してくるケースもあるという。だが、今回はかつてハルヴァ大飢饉から見事に国を立て直した英雄のスウィーニーが犯した不祥事というだけあり、かなり高い関心を持たれたようだった。
 
「お偉方は野次馬根性が旺盛なようで」

 嫌みっぽく吐き捨てるハドリー。
 空いている席へ並んで腰を下ろすと、ちょうど目線の先にはエインとダリス女王の姿があった。こうした公の場で、スウィーニーが自らの悪事について語る姿を長年待ち続けたふたりにとって、どこか緊張したような面持ちに見えた。

 吐血を伴う体調不良となったスウィーニーであったが、意外にも王国議会には参加する意向を固めていた。
 てっきり、それを言い訳にして難を逃れるための時間稼ぎをする作戦なのだと思ったが、どうやら違うらしい。

 ざわざわとした喧騒も、アルフォン王が姿を現すと途端に静まり返る。そして、罪人用の出入り口から5人の兵士に取り囲まれたスウィーニーが会場入りした。

「うおっ!?」
「まあっ!?」
「なんと!?」

 その姿を見た者は、漏れなく驚愕に目を見開く。
 現れたスウィーニーには、ほとんどかつての面影がなくなっていた。
 人はたった1日でここまで老け込むことができるのか、と颯太も開いた口が塞がらない。

 フランス国王ルイ16世の王妃であるマリー・アントワネットは、処刑されるショックで一夜にして白髪になったという。
 もちろん、それは迷信であり、そんなことは絶対に起こり得ない話なのだが、そんな迷信が現実に起きてもおかしくないと思わせるほどに、今のスウィーニーは憔悴しきり、まるで別人のようであった。

「ロディル・スウィーニー……なぜここに呼ばれたか、わかるな?」
「はい」

 覇気のない声で、スウィーニーはアルフォン王の問いに返事をする。

「では、レイノアの領地不正譲渡を指示したのは自分だと――認めるのだな?」
「はい」

 オウムのようにただ「はい」を繰り返すだけのスウィーニー。

「何か、弁解はあるか?」

 ブロドリック大臣がたずねると、それまで銅像のように動かなかったスウィーニーが、スッと手を挙げて、「ひとつ」と呟いてから、


「私は――何も間違ったことをしていないと胸を張って言えます」


 そう言った。
 騒然となる会場。
 それは、ブロドリックが「静粛に!」と叫ぶまで続いた。

「……では問うが、なぜそう思う?」
「農地改革の失敗により、自給率の向上が急務となっているハルヴァには、レイノアのような豊かな土壌が喉から手が出るほど欲しかった――そういうことです」

 行為自体の善悪は置いておくとして、理屈自体はわかる。
 だが、

「あの当時、すでにダステニアから物資の支援政策が決まっていた。それに、農地改革の失敗と言っても、そこまで致命的なものではない。再度、犯したミスを繰り返さないように気をつければ、ハルヴァ領地内で自給率の向上を図るのは可能だった」

 現に、翌年には失敗をもとにして見事農地改革に大成功――とまではいかないが、成功への兆しはたしかに見えていた。

 しかし、スウィーニーの見解は異なっていた。

「逆に私はこの場にいるみなさんに問いたい――あなた方は、いつまでもダステニアが我々の良き友人のままであると思っていらっしゃるのか」

 スウィーニーから言葉を投げかけられた会場の人々は、隣席と顔を見合わせながらその真意を探っていた。

「我らは魔族討伐という目的を達成するため、一時的に同盟関係を結んでいるに過ぎない。それが果たされた時、隣人と思っていた者が牙を剥いて襲ってくると想定しないのは無防備にもほどがある」
「スウィーニー……おまえは争うことを前提に話を進めているようだが、他国と共に生きていく道もあるのではないか?」

 アルフォン王の言葉に、

「国王陛下……あなたは今、共に生きていくと仰りましたが――その関係性は未来永劫保証されると言い切れますでしょうか」
「何?」
「時代は移る。王は変わる。世界の表情は不変ではない。私はこれまでさまざまな交渉を経験し、その現実を嫌というほど味わった。そこから得た経験から、私はこのハルヴァを残していく手段として《武力強化》と《領地拡大》を掲げた」

 魔法が使える竜人族シャルルペトラを執拗に追い続けていたのは武力強化のため。レイノアの領地を不正に譲渡させたのはハルヴァの領地拡大のためだった。

「残念ながら、これらの行為は侵略という言葉で括られ、現在の国際社会では禁止されているもの。だが、技術も医療も農業も――あらゆる面で他国に遅れを取っているハルヴァが生き残るには、とにかく強くなるしかない」

 それが、スウィーニーの理念であった。

 奪われる前に奪う。
 そのための力と土地が必要だ。

 頑なな理念――だが、それは断じて認めるわけにはいかなかった。

「スウィーニー大臣……奪った力を振り回すことは悪党でもできる。じゃが、ワシらは数多くいる国民の中から選りすぐられた精鋭――そのような手を汚すマネをせず、ハルヴァの明るい未来を創造していくのが課せられた使命じゃ」
「…………」
「血にまみれた領地拡大と兵力増強を果たしたハルヴァを――お主は心から誇れることができるのか?」

 ブロドリックの言葉を最後に、スウィーニーはひと言も喋らなくなった。



 ――それからの話をしよう。

 王国議会以降、病状が悪化したスウィーニーはハルヴァ王都から遠く離れた療養所へと移送されることとなった。すでにその顔つきには生気が感じられず、再び野心に心を燃やすようなことはできないと判断された結果であった。

 その後、療養所での治療の甲斐なく、ロディル・スウィーニー元外交大臣は王国議会終了後の1週間後にひっそりと息を引き取った。
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