おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
120 / 246
レイノアの亡霊編

第140話  ハルヴァのこれから

しおりを挟む
「こんにちは」

 王国議会から3日。
 リンスウッド・ファームに客人がやってきた。

「カレンか。いらっしゃい」

 客人とは――外交局からリンスウッド・ファームの査察を任されていたカレン・アルデンハークであった。

 王国議会終了後、アルフォン王の指名により、レフティ・キャンベルが正式に外交大臣に就任することが決定した。そのレフティは手始めにカレン・アルデンハークとアイザック・レーンの若きふたりを自身の補佐役に任命したのだった。

 そのため、カレンのリンスウッド・ファーム査察は今日をもって終了することになっていた。カレンがやって来た理由は、このリンスウッド・ファームに置きっぱなしとなっている私物を受け取るためである。

「短い間でしたけど……たくさんの思い出ができました。ドラゴンたちとも仲良くなれましたし」

 家に入り、辺りを見回したカレンはひと言そう告げた。
 ほんの数ヶ月だけの生活だったが、まるで実家にいるような安心感さえ覚えるほど、ここは居心地が良かった。本来なら、苦手なドラゴンだらけですぐにでも逃げ出したいくらいの場所だったのに、今となってはとても名残惜しい。

「聞いたよ。レフティ大臣の補佐役だって? 大出世じゃないか」
「正直、実感が湧きませんが……なった以上は全力で大臣をサポートし、ハルヴァにしか出せない良さを見つけ、それを他国にアピールしていけたらなって思います」

 スウィーニーが最後に残した「何もないハルヴァ」というワードが、レフティをトップとする新生外交局の大きな課題だった。さらに、スウィーニーの部下として不正譲渡に加担していた者たちは処罰の対象となり、人手不足に陥っていたのも課題克服を困難にさせている要因になっている。
 それでも、カレンは前を見ていた。

「あなたには、お礼を言っても言い切れません。きっと、ここへ来なかったら、私は……」

 それ以上、カレンは何も言わなかった。
 あえてその続きを想像するならば、「スウィーニーの片棒を担いでいた」か。
 とはいえ、カレンの持つ正義感は、きっとその悪事を許しはしなかったろうが。

「あ、カレンさん、いらっしゃい」
「キャロルちゃん。ごめんなさいね、仕事中に」
「いえ、そんな――あ、荷物はこっちにまとめておきました」
「ありがとう。助かったわ」

 荷物を受け取ったカレンは晴れやかな表情であった。

 とはいえ、新生外交局は課題が山積みだ。
 生まれ変わったレイノア王国の復興事業。
 生産局と連携し、そのレイノア領地に代わる新たな農作地の確保。
 さらに、今回の件についてダステニア、ペルゼミネ、ガドウィンの3国に報告をするようにとアルフォンから命を受け、各国に使者を送る準備も同時進行していた。

 自国の不祥事を他国に伝えるのは弱みを晒すことにつながる。それはスウィーニーがもっとも避けたかった事態だ。別に、当てつけでやっているわけではない。過ちをきちんと正す姿勢を見せることで、ハルヴァの誠実を伝えようという魂胆――

「――なんて、レフティ大臣は言っていましたけど、本当は間違いなら間違いだと認めることが大事だって言いたいだけなんですよね」

 カレンは「あはは」と苦笑いを交えながら言った。

「じゃあ、私はこれで」
「もう行くのか?」
「お茶でも飲んでいきませんか?」
「お誘いはありがたいですが、やることがたくさんあって……もう少し落ち着いたら、その時は是非」
「わかった。またいつでも来いよ」
「ええ。また一緒にお酒でも飲みましょう」
「ああ」
「お待ちしていますね!」

 そう言い残して、カレンは急ぎ足にハルヴァ城へと戻って行った。

 レフティ、カレン、アイザック――長きに渡って外交局を仕切ってきた保守派から主導権が移ったことで、前途は多難であるが、新しい風は確実に吹き始めていた。


 ◇◇◇


「すまないな、手伝わせてしまって」
「これくらいなんてことはありませんよ。ただでさえ外交局は大変な時なのです。もっと我ら国防局を頼ってもらっても構いませんよ」
「そう言ってもらえると助かる」

 外交大臣執務室にて、新大臣のレフティは竜騎士団のハドリー・リンスッドを招き入れ、関係書類の整理に当たっていた。

 たまたま廊下で居合わせたのだが、ハドリーが多忙であるがゆえに顔色の優れないレフティを見兼ねて手伝いを買って出たのが事の経緯であった。
 作業中、レフティは重苦しそうに口を開いた。

「大臣という重責に身を置くようになると……ついつい考えてしまうんだ」
「え?」
「もし私が、あの大飢饉の当時に大臣だったら――果たして、どんな手を使い、人々を救っただろうかって」
「レフティ大臣……」
「彼の――スウィーニー元大臣がしてきたことは到底許されることではない。……そう頑なに思い続けても、果たして自分はその意志を貫けるだろうかと不安になってね」
 
 スウィーニーが命を削ってでも訴えた、ハルヴァの国家としての危機感。
 現場で聞いていたレフティには、その一言一言が胸に突き刺さった。まるで、自分への警告のようにさえ思えた。

「あなたなら大丈夫ですよ」

 そんなレフティの不安を払拭するのように、ハドリーが語る。

「あなたには我ら竜騎士団もついています。何事も自分ひとりで抱え込まず、王国議会を通して問題点をみんなで解決できるようにしていきましょう」
「ハドリー……うむ。頼りにしているよ」

 レフティが小さく笑うと同時に、執務室をノックする音がした。やって来たのは、

「失礼します」

 カレンだった。

「カレンくんか。リンスウッドの人たちに挨拶は済ませてきたかい?」
「はい。と言っても、仕事柄またすぐ会うことになると思うので、そこまで感慨深くはなりませんでしたけど」
「それもそうだな」
「失礼します」

 続いて入室してきたのはアイザックだった。

「大臣、エインディッツ・ペンテルス氏が到着されました。今はブロドリック大臣とお会いになっていますが、それが終わり次第、外交局にも顔を出すとのことです」
「そうか。私は執務室にいると伝えてくれ」
「わかりました」
「私はこれからレイノアへの移住希望者を募るため王都へ出ます」
「ああ。そっちは任せたぞ」

 カレンとアイザック。
 ふたりを抜擢したのは、これからのハルヴァを担うだろう若いふたり、少しでも多くのことを経験させたいという意向からだった。

「これからが楽しみですな」
「まったくだよ」

 開け放たれた執務室の窓から吹き込む暖かな風は、これからのハルヴァを包む新風のように感じられた。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。