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レイノアの亡霊編
第140話 ハルヴァのこれから
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「こんにちは」
王国議会から3日。
リンスウッド・ファームに客人がやってきた。
「カレンか。いらっしゃい」
客人とは――外交局からリンスウッド・ファームの査察を任されていたカレン・アルデンハークであった。
王国議会終了後、アルフォン王の指名により、レフティ・キャンベルが正式に外交大臣に就任することが決定した。そのレフティは手始めにカレン・アルデンハークとアイザック・レーンの若きふたりを自身の補佐役に任命したのだった。
そのため、カレンのリンスウッド・ファーム査察は今日をもって終了することになっていた。カレンがやって来た理由は、このリンスウッド・ファームに置きっぱなしとなっている私物を受け取るためである。
「短い間でしたけど……たくさんの思い出ができました。ドラゴンたちとも仲良くなれましたし」
家に入り、辺りを見回したカレンはひと言そう告げた。
ほんの数ヶ月だけの生活だったが、まるで実家にいるような安心感さえ覚えるほど、ここは居心地が良かった。本来なら、苦手なドラゴンだらけですぐにでも逃げ出したいくらいの場所だったのに、今となってはとても名残惜しい。
「聞いたよ。レフティ大臣の補佐役だって? 大出世じゃないか」
「正直、実感が湧きませんが……なった以上は全力で大臣をサポートし、ハルヴァにしか出せない良さを見つけ、それを他国にアピールしていけたらなって思います」
スウィーニーが最後に残した「何もないハルヴァ」というワードが、レフティをトップとする新生外交局の大きな課題だった。さらに、スウィーニーの部下として不正譲渡に加担していた者たちは処罰の対象となり、人手不足に陥っていたのも課題克服を困難にさせている要因になっている。
それでも、カレンは前を見ていた。
「あなたには、お礼を言っても言い切れません。きっと、ここへ来なかったら、私は……」
それ以上、カレンは何も言わなかった。
あえてその続きを想像するならば、「スウィーニーの片棒を担いでいた」か。
とはいえ、カレンの持つ正義感は、きっとその悪事を許しはしなかったろうが。
「あ、カレンさん、いらっしゃい」
「キャロルちゃん。ごめんなさいね、仕事中に」
「いえ、そんな――あ、荷物はこっちにまとめておきました」
「ありがとう。助かったわ」
荷物を受け取ったカレンは晴れやかな表情であった。
とはいえ、新生外交局は課題が山積みだ。
生まれ変わったレイノア王国の復興事業。
生産局と連携し、そのレイノア領地に代わる新たな農作地の確保。
さらに、今回の件についてダステニア、ペルゼミネ、ガドウィンの3国に報告をするようにとアルフォンから命を受け、各国に使者を送る準備も同時進行していた。
自国の不祥事を他国に伝えるのは弱みを晒すことにつながる。それはスウィーニーがもっとも避けたかった事態だ。別に、当てつけでやっているわけではない。過ちをきちんと正す姿勢を見せることで、ハルヴァの誠実を伝えようという魂胆――
「――なんて、レフティ大臣は言っていましたけど、本当は間違いなら間違いだと認めることが大事だって言いたいだけなんですよね」
カレンは「あはは」と苦笑いを交えながら言った。
「じゃあ、私はこれで」
「もう行くのか?」
「お茶でも飲んでいきませんか?」
「お誘いはありがたいですが、やることがたくさんあって……もう少し落ち着いたら、その時は是非」
「わかった。またいつでも来いよ」
「ええ。また一緒にお酒でも飲みましょう」
「ああ」
「お待ちしていますね!」
そう言い残して、カレンは急ぎ足にハルヴァ城へと戻って行った。
レフティ、カレン、アイザック――長きに渡って外交局を仕切ってきた保守派から主導権が移ったことで、前途は多難であるが、新しい風は確実に吹き始めていた。
◇◇◇
「すまないな、手伝わせてしまって」
「これくらいなんてことはありませんよ。ただでさえ外交局は大変な時なのです。もっと我ら国防局を頼ってもらっても構いませんよ」
「そう言ってもらえると助かる」
外交大臣執務室にて、新大臣のレフティは竜騎士団のハドリー・リンスッドを招き入れ、関係書類の整理に当たっていた。
たまたま廊下で居合わせたのだが、ハドリーが多忙であるがゆえに顔色の優れないレフティを見兼ねて手伝いを買って出たのが事の経緯であった。
作業中、レフティは重苦しそうに口を開いた。
「大臣という重責に身を置くようになると……ついつい考えてしまうんだ」
「え?」
「もし私が、あの大飢饉の当時に大臣だったら――果たして、どんな手を使い、人々を救っただろうかって」
「レフティ大臣……」
「彼の――スウィーニー元大臣がしてきたことは到底許されることではない。……そう頑なに思い続けても、果たして自分はその意志を貫けるだろうかと不安になってね」
スウィーニーが命を削ってでも訴えた、ハルヴァの国家としての危機感。
現場で聞いていたレフティには、その一言一言が胸に突き刺さった。まるで、自分への警告のようにさえ思えた。
「あなたなら大丈夫ですよ」
そんなレフティの不安を払拭するのように、ハドリーが語る。
「あなたには我ら竜騎士団もついています。何事も自分ひとりで抱え込まず、王国議会を通して問題点をみんなで解決できるようにしていきましょう」
「ハドリー……うむ。頼りにしているよ」
レフティが小さく笑うと同時に、執務室をノックする音がした。やって来たのは、
「失礼します」
カレンだった。
「カレンくんか。リンスウッドの人たちに挨拶は済ませてきたかい?」
「はい。と言っても、仕事柄またすぐ会うことになると思うので、そこまで感慨深くはなりませんでしたけど」
「それもそうだな」
「失礼します」
続いて入室してきたのはアイザックだった。
「大臣、エインディッツ・ペンテルス氏が到着されました。今はブロドリック大臣とお会いになっていますが、それが終わり次第、外交局にも顔を出すとのことです」
「そうか。私は執務室にいると伝えてくれ」
「わかりました」
「私はこれからレイノアへの移住希望者を募るため王都へ出ます」
「ああ。そっちは任せたぞ」
カレンとアイザック。
ふたりを抜擢したのは、これからのハルヴァを担うだろう若いふたり、少しでも多くのことを経験させたいという意向からだった。
「これからが楽しみですな」
「まったくだよ」
開け放たれた執務室の窓から吹き込む暖かな風は、これからのハルヴァを包む新風のように感じられた。
王国議会から3日。
リンスウッド・ファームに客人がやってきた。
「カレンか。いらっしゃい」
客人とは――外交局からリンスウッド・ファームの査察を任されていたカレン・アルデンハークであった。
王国議会終了後、アルフォン王の指名により、レフティ・キャンベルが正式に外交大臣に就任することが決定した。そのレフティは手始めにカレン・アルデンハークとアイザック・レーンの若きふたりを自身の補佐役に任命したのだった。
そのため、カレンのリンスウッド・ファーム査察は今日をもって終了することになっていた。カレンがやって来た理由は、このリンスウッド・ファームに置きっぱなしとなっている私物を受け取るためである。
「短い間でしたけど……たくさんの思い出ができました。ドラゴンたちとも仲良くなれましたし」
家に入り、辺りを見回したカレンはひと言そう告げた。
ほんの数ヶ月だけの生活だったが、まるで実家にいるような安心感さえ覚えるほど、ここは居心地が良かった。本来なら、苦手なドラゴンだらけですぐにでも逃げ出したいくらいの場所だったのに、今となってはとても名残惜しい。
「聞いたよ。レフティ大臣の補佐役だって? 大出世じゃないか」
「正直、実感が湧きませんが……なった以上は全力で大臣をサポートし、ハルヴァにしか出せない良さを見つけ、それを他国にアピールしていけたらなって思います」
スウィーニーが最後に残した「何もないハルヴァ」というワードが、レフティをトップとする新生外交局の大きな課題だった。さらに、スウィーニーの部下として不正譲渡に加担していた者たちは処罰の対象となり、人手不足に陥っていたのも課題克服を困難にさせている要因になっている。
それでも、カレンは前を見ていた。
「あなたには、お礼を言っても言い切れません。きっと、ここへ来なかったら、私は……」
それ以上、カレンは何も言わなかった。
あえてその続きを想像するならば、「スウィーニーの片棒を担いでいた」か。
とはいえ、カレンの持つ正義感は、きっとその悪事を許しはしなかったろうが。
「あ、カレンさん、いらっしゃい」
「キャロルちゃん。ごめんなさいね、仕事中に」
「いえ、そんな――あ、荷物はこっちにまとめておきました」
「ありがとう。助かったわ」
荷物を受け取ったカレンは晴れやかな表情であった。
とはいえ、新生外交局は課題が山積みだ。
生まれ変わったレイノア王国の復興事業。
生産局と連携し、そのレイノア領地に代わる新たな農作地の確保。
さらに、今回の件についてダステニア、ペルゼミネ、ガドウィンの3国に報告をするようにとアルフォンから命を受け、各国に使者を送る準備も同時進行していた。
自国の不祥事を他国に伝えるのは弱みを晒すことにつながる。それはスウィーニーがもっとも避けたかった事態だ。別に、当てつけでやっているわけではない。過ちをきちんと正す姿勢を見せることで、ハルヴァの誠実を伝えようという魂胆――
「――なんて、レフティ大臣は言っていましたけど、本当は間違いなら間違いだと認めることが大事だって言いたいだけなんですよね」
カレンは「あはは」と苦笑いを交えながら言った。
「じゃあ、私はこれで」
「もう行くのか?」
「お茶でも飲んでいきませんか?」
「お誘いはありがたいですが、やることがたくさんあって……もう少し落ち着いたら、その時は是非」
「わかった。またいつでも来いよ」
「ええ。また一緒にお酒でも飲みましょう」
「ああ」
「お待ちしていますね!」
そう言い残して、カレンは急ぎ足にハルヴァ城へと戻って行った。
レフティ、カレン、アイザック――長きに渡って外交局を仕切ってきた保守派から主導権が移ったことで、前途は多難であるが、新しい風は確実に吹き始めていた。
◇◇◇
「すまないな、手伝わせてしまって」
「これくらいなんてことはありませんよ。ただでさえ外交局は大変な時なのです。もっと我ら国防局を頼ってもらっても構いませんよ」
「そう言ってもらえると助かる」
外交大臣執務室にて、新大臣のレフティは竜騎士団のハドリー・リンスッドを招き入れ、関係書類の整理に当たっていた。
たまたま廊下で居合わせたのだが、ハドリーが多忙であるがゆえに顔色の優れないレフティを見兼ねて手伝いを買って出たのが事の経緯であった。
作業中、レフティは重苦しそうに口を開いた。
「大臣という重責に身を置くようになると……ついつい考えてしまうんだ」
「え?」
「もし私が、あの大飢饉の当時に大臣だったら――果たして、どんな手を使い、人々を救っただろうかって」
「レフティ大臣……」
「彼の――スウィーニー元大臣がしてきたことは到底許されることではない。……そう頑なに思い続けても、果たして自分はその意志を貫けるだろうかと不安になってね」
スウィーニーが命を削ってでも訴えた、ハルヴァの国家としての危機感。
現場で聞いていたレフティには、その一言一言が胸に突き刺さった。まるで、自分への警告のようにさえ思えた。
「あなたなら大丈夫ですよ」
そんなレフティの不安を払拭するのように、ハドリーが語る。
「あなたには我ら竜騎士団もついています。何事も自分ひとりで抱え込まず、王国議会を通して問題点をみんなで解決できるようにしていきましょう」
「ハドリー……うむ。頼りにしているよ」
レフティが小さく笑うと同時に、執務室をノックする音がした。やって来たのは、
「失礼します」
カレンだった。
「カレンくんか。リンスウッドの人たちに挨拶は済ませてきたかい?」
「はい。と言っても、仕事柄またすぐ会うことになると思うので、そこまで感慨深くはなりませんでしたけど」
「それもそうだな」
「失礼します」
続いて入室してきたのはアイザックだった。
「大臣、エインディッツ・ペンテルス氏が到着されました。今はブロドリック大臣とお会いになっていますが、それが終わり次第、外交局にも顔を出すとのことです」
「そうか。私は執務室にいると伝えてくれ」
「わかりました」
「私はこれからレイノアへの移住希望者を募るため王都へ出ます」
「ああ。そっちは任せたぞ」
カレンとアイザック。
ふたりを抜擢したのは、これからのハルヴァを担うだろう若いふたり、少しでも多くのことを経験させたいという意向からだった。
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