おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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番外編  西の都の癒しツアー?

第151話  キャロルの想い

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「戻ってきてたのね」
「あ、ああ……」

 オーバから学生時代のブリギッテのモテエピソードを聞いていた颯太。そのせいか、見慣れているはずのブリギッテがちょっと変わって映った。

「? どうかした?」
「あっ! な、なんでもないよ! それより、もう風呂に入ったのか?」

 湯浴み着と思われる格好で現れたブリギッテ。その髪はまだわずかに濡れていて、頬も紅潮している。いつもはあまり意識しなかった色気に当てられて、颯太は思わずドキッとしてしまう。

「そうなのよ。評判通りのいいお風呂だったわ。――あ、そういえば、あなたがキャロルちゃんにこの宿の招待状を渡したのよね?」
「そ、そうだけど」
「なら、あなたにもお礼を言っておかなくちゃね。――ありがとう」
 
 ニコッと微笑むブリギッテ。
 颯太は熱くなる顔を逸らして、

「き、気にしなくていいさ。ガドウィンでの休暇があんな形でなくなっちゃったからきっと残念がっているんじゃないかと思って」
「それはあなたも同じでしょ? まあ、こうして同じ宿に泊まれたのだから結果としてよかったけどね。私たちだけが楽しんでも意味がないし」

 そこまで話した後、ブリギッテは何かを思い出したようにハッとなって、

「そうそう。例のお見合い話はどうなったの?」

 いきなりの核心をつく質問。
 とはいえ、今日ここまでの動きとしては、

「進展ゼロだね」
「え? 会っていないの?」
「なんだか忙しいみたいで……この後の食事会には参加するみたいだけど」
「でも、向こうからの申し出だったのでしょう? それにしては……」

 ブリギッテの言うことは一理ある。
 今回のお見合い話を持ち掛けたのはダステニア側だ。ゆえに、事前に日取りを確認し、大勢の騎士を引き連れてやってきた相手の颯太に対して会うことすらできないというのはいかがなものか。これは、ジェイクや一部の騎士たちから出た意見でもあった。

「そういえば、あの招待状1枚で5人まで泊まれるみたいだけど、誰を誘ったんだ? カレンとか?」
「誘おうとしたんだけどねぇ……ちょうど私がその話をしようとお城へ行ったら、なんだか特別招集があったみたいで。ほら、外交局は今何かと忙しいでしょ?」

 スウィーニーの一件以来、立て直しを急務としている新生外交局はまさに試練の連続であった。ただ、以前とは違い、国防局など他の組織と連携して進めているため、少しは負担が軽減しているらしい。

 すっかり染みついてしまったハルヴァ外交局のブラックなイメージを一掃するためにも、この「連携」という行動にレフティ新大臣は力を注いでいた。
 これまで、完全不透明だった外交局の仕事を表に出していき、健全でクリアな外交局へ生まれ変わるという意思表示でもある。

 そういったわけで、大臣秘書に任命されたカレンは、ハルヴァでもトップクラスに忙しい人間となっていた。

「カレンこそ、ここでの休息が必要なのかもしれないな」
「外交局の人たちはみんな当てはまるわね。今や旧保守派の人間はすべて排除されて生まれ変わったというのは周知の事実なのに……レフティ大臣はそれだけじゃ足りないと判断しているようね」
「以前、ブロドリック大臣が言っていたんだ。外交を担当する者は疑り深いくらいがちょうどいいって」
「疑り深い、か……あの人の場合はただ単に真面目過ぎるというだけかもしれないけどね」
 
 ふふ、とブリギッテは小さく笑ったあとで、

「話が逸れたけど、この宿に宿泊しているのは私とキャロルとアン――それから、あなたもよく知っているマーズナーメイドの3人娘よ」
「リリとルルとララも来ているのか。――あれ? そうなると6人じゃないか?」
「強引にねじ込んだみたいよ。どんな手を使ったか、アンは教えてくれなかったけど」

 ブリギッテは遠い目をして言う。
 まさか、非合法なやり方ではなかろうかと心配になってきた颯太だった。

「まあ、ともかく、お風呂に浸かってゆっくりとしてきなさい」
「そうだな。そうさせてもらうよ」
 
「それじゃ」と軽く別れのあいさつを済ませて、颯太は大浴場目指して歩き出した。


 ◇◇◇


 颯太と別れた後、宿の部屋へと戻って来たブリギッテ。
 室内にはすでに他の5人が待ち構えていた。

「どうでしたの?」

 優雅にお茶を啜っているアンジェリカがたずねると、ブリギッテは「はん」と目を細めながら息を吐いて、

「どうもこうも、まだ顔すら合わせていないみたいよ」
「そうですか。……やはり、このお見合い話には裏がありそうですわね」
「同感ね。ソータにはまだ何も知らされてはいないようだけど……ソータがこの手の知識に疎いことを利用して、何か強引な手を使ってダステニアへ取り込む気かしら」
「いくらあの学園長でも、ハルヴァとダステニア間の友好関係を破綻させるようなマネはしないと思いますが……あれだけ娘を溺愛していた学園長がソータさんに娘のお見合いを持ちかけるという展開自体がまずありえない前提ですので、何が起きようがまったく不思議ではありませんが」
「あ、あのぅ……」

 小難しい話を繰り返すブリギッテとアンジェリカに対し、事態を把握しきれていないキャロルがおずおずと挙手。

「なんですの?」
「なんですのって……それはむしろこっちのセリフだよ。なんでふたりともソータさんのお見合いを邪魔しようとしているの?」

 キャロルとしては、颯太がお見合いで結婚相手を見つけるのはいいことだと思っている――だが、このふたりは違うようだった。

「……いいですか、キャロル」

 カチャ、とティーカップを置くと、アンジェリカはガシッとキャロルの両肩を掴んだ。華奢な彼女からは想像もできない握力で肩を掴まれる。

「もし――シャオ・ラフマンとソータさんがご婚約なされたら、リンスウッド・ファームはどうなると思います?」
「え? えっと……人が増えて賑やかになるんじゃないかな?」
「シャオという子が本当にいい子だったら、ね」
「ええっ!? 悪い子なんですか!?」
「わたくしたちでもそれは把握しかねています。もう少ししたら、リリたちが何か情報を掴んでくると思いますが」

 この部屋にメイド3姉妹がいない理由は、アンジェリカからの依頼を受けて諜報活動に専念しているからだった。アンジェリカが3姉妹を連れてきた理由は、ガドウィンの時にお留守番役となってしまった3人にお出かけの機会を与えることと、諜報活動に秀でているため情報収集係に任命するためのふたつであった。

「結婚相手が意地悪でドラゴンのことなど気にも留めないという人物では困るでしょう?」
「そ、それ――」
「そういうことだから! このお見合い話はなかったこととして処理されるのが一番理想なのよ!」

 食い気味に、ブリギッテが願望を口にする。 
 それは、自分よりも先に颯太の婚約が決まって悔しいからか、それともまったく別の感情によるものなのか――キャロルには判断できない。


 ――でも、


「…………」

 ブリギッテに言われて、自分以外の女性がリンスウッド・ファームにいて、その女性が颯太と仲睦まじくしている光景を想像すると、

 
「……あれ?」


 自分でも、うまく説明できない感情が湧き上がってきていた。
 漠然と――嫌だな、という気持ちがあるのだけはわかる。

 恩人である颯太が幸せなら、自分だって嬉しい。
 そのはずなのに、なぜだか手放しでは喜べない自分がいる。

 ブリギッテとアンジェリカがお見合い阻止計画で盛り上がる最中、キャロルは芽生えた不思議な感情の処理に困って、ずっと固まったままだった。
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