おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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番外編  西の都の癒しツアー?

第155話  【幕間】おわりのはじまり

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 颯太たちがダステニアに到着した頃。


 入れ違いのタイミングで、ひとりの少女がダステニア王都から脱出していた。

「ごめんなさい、お父様」

 王都の外れにある森の中に用意されていた大型ドラゴンの背に乗り、どんどん離れて小さくなっていくダステニア王都を眺めながら、少女――シャオ・ラフマンは呟いた。
 最初のうちは目に涙を浮かべていたシャオだったが、すぐに芯の通った声で、

「これで……ダステニアから手を引いていただけるのですね?」

 同じくドラゴンの背に乗っていた女性にたずねる。

「ええ。我々はあなたの決断に感謝し、当初の約束通り、ダステニア王都へは手を出さないと誓いましょう」

 蜂蜜色の長い髪に藍色の瞳をした女性。
 フライア・ベルナールはシャオの質問に対してそう短く答えた。
 ちなみに、フライアの横にはナインレウスもいる。

「せっかくのお見合いを台無しにしてしまったのは申し訳ないと思っていますが」
「……たしかに、私はハルヴァのタカミネ・ソータさんに対して好意的な感情を抱いていますが、それは断じて恋愛感情というものではなくて……その……」

 しどろもどろになっている時点で、それが嘘だと言っているようなものだった。
 
 シャオ・ラフマンは舞踏会の夜に颯太がドラゴンたちに優しく語りかけている様子がずっと頭に残っていた。最初こそ「優しい人だな」という薄い印象だったが、オーバがペルゼミネで颯太と共に仕事をした話を聞かされ、一気に興味が湧き、やがてその興味は一種の憧れへと変わり、だんだんと肥大していったのだった。

 そんなことを、夕食時に父のリー学園長に話したところ、彼もまた颯太の噂を耳にしていたため「彼になら娘を任せられる!」と盛り上がり、お見合いをセッティングした――それこそが真実であった。

 ただ、例外として、颯太がダステニアへと到着する直前――先ほどまでいた森の中でドラゴン治療の実習で使う薬草採集をしていた際、フライアとナインレウスに襲われた。
 ナインレウスの能力で、一緒に作業をしていた男子生徒3名が重傷を負い、女子生徒1名も負傷した。

 フライアは、このような力を持った竜人族が他にも自分たちの組織にはいると告げ、仲間を助ける代わりについて来いとシャオを脅す。
 
 心優しいシャオは、仲間を救うために人質となり、こうしてフライアとナインレウスに捕らえられていたのだ。

「ともかく! あなたたちの狙いはなんなんですか? 私をさらって……このままで済むと思っているのですか? 父が黙っていませんよ?」

 わけもわからないまま連れ去られたシャオ。
 恐らく、今、ダステニア王都は大騒ぎになっているだろう。
解放された仲間たちが学園の先生たちに知らせているはずだから、捜索隊が結成されるに違いない。
娘という立場から言うのもなんだが、シャオは自分の父親であるリー学園長が極度の親バカであると自覚をしている。自覚をしているからこそ、父が全力を持って捜索に当たることを予想していた。

 一方で、フライアとナインレウスは特に慌てる様子もなく、

「あなたのお父様がどのような人物であるか、それは重々承知しています」
「だったら!」
「ですが、あなたを返すわけにはいかないのです。私たちの悲願でもある最終目標を達成するには――《聖女》であるあなたの力が必要です」
「!? どうしてそれを!?」

《聖女》――ラフマンの家系でなければ知らないはずの情報であった。
その名で呼ばれたシャオは、すぐに敵の狙いがわかった。
 同時に、自分がどこへ連れて行かれようとしているのかも。

「廃界ですか……」
「そうです」

 シャオは半分信じられないと言った様子で背を向けたフライアを見つめる。
 まさか、この時代になっても未だにあの場所に囚われた人物がいたなんて、と。

「廃界へ行き、私の力を使って《アレ》を呼び覚ますつもりなのでしょうが……そんなことをして何になるというのです? 世界の終わりがあなたの望みだとでもいうのですか?」
「世界の終わり――違います。世界を再生させるのです。そのためには……まず《アレ》を呼び覚まし、勝利しなければなりません」
「勝利? 一体何に勝利すると言うのです?」
「決まっています。――竜王選戦です」

 フライアは凍りつくほど冷たく言い放った。

 その時――シャオは気づいた。

 夜の闇に紛れて接近していた4つの影。
 自分たちの乗るドラゴンを囲うように飛ぶその影の正体を知ったシャオは、

「そんな……」

 驚きのあまり、顔から血の気が引いていった。


 ◇◇◇


 レスター川を越えた先にある深い森をくぐり抜けると、そこには荒野が広がっていた。
見渡す限り、草木と思われるものは存在しない、味気ない土と岩が支配する荒れた土地。

 それでも、所々に今は廃墟となってしまった家屋や城があり、かつての繁栄の面影を一握り程残している。


 中央領オロム――現在は廃界と呼ばれる場所。


 今となっては魔族の巣窟と呼ばれ、立ち入る者など誰もいない。
 しかし、そこへ足を踏み入れる人影があった。


「ここが……オロムか」


 短く切り揃えられた緑色の髪に細く鋭い黒の瞳が特徴的な男性――レイノア王国のランスロー王子だった。

 荒れ果てた地に立つランスローは廃墟と化した街を歩き回り、ある場所まで来るとピタリと足を止めた。

 ――気配を感じたからだ。

 その視線は、ひとつの古びた建物を捉えていた。窓はすべて割られ、傾いたドアがキイキイと音を立てて揺れている。生活感のないその建物に、ランスローはたしかな「生」を感じ取っていた。

 そして、向こうもまた、ランスローの気配に気づいたようだ。

「こんな場所に若い男がひとり……珍しいな。ここにゃ若者の心をときめかせるようなものなんてないぞ? それともおまえさん――死にたがりの世捨て人か?」
「当たらずも遠からずってところですかね」

 ランスローの気配に気づき、建物からのっそりと出てきたひとりの男。
 無精髭を生やした小汚い中年の男だった。

「何をしに来た?」
「忠告です」
「あん?」

 男は不服そうにランスローを睨む。
 男の左目は大きな傷によって塞がれてしまっているが、残った右目からは震え上がるほどの殺気を放っている。

「若造が何を言ってやがる。俺にここから出て行けとでも言うのか?」
「端的に言えばそうなりますね」
「けっ! 誰が出ていくかよ。俺はここでもっと調べなくちゃいけねぇことがあるんだ。だからわざわざ仕事のすべてをまだケツの青い自分の娘に譲ってきたっていうのによぉ」
 
 男は携えていた剣を抜く。

「こちとら魔族の巣と呼ばれる場所で1ヶ月以上生活している身だ。今さら人間のガキなんぞ怖かねぇ。本気で追い出したきゃ力ずくで来な」
「血気盛んですね……《あの方》が懸念された通りだ」
「あの方?」

 ピクっと男の眉間が震える。

「てめぇ……あの婆の手先か」
「あなたは何物にも縛られない、雲のような人――だからこそ、我々にとって最大の脅威になり得る、と」
「だから早めに処分して来いと……そういうわけか?」

 ランスローは頷き、剣を抜く。
 対峙するふたり。
 間を流れる刺すような空気が、思わず男の方を笑顔にさせる。
 
「いい根性だ。気に入ったぜ。名前は?」
「ランスローです」
「ランスロー? どっかで聞いたことがある名前だな」
「あなたほどではありませんよ。……元マーズナー・ファームのオーナーであるミラルダ・マーズナーほどは」
「ふん、最近のガキは世辞も達者なようだな」

 男――ミラルダ・マーズナーはボリボリと頭をかき、あくびを噛み殺して再びランスローを睨む。

「覚悟はいいかい、兄ちゃん」
「ええ。いつでも」


 廃界。
 竜王選戦。
 聖女。

 
 4大国家にとっての最大の脅威は、ゆっくりとだが確実に迫りつつあった。
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