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4巻
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しおりを挟む第1話 嵐の後で
大陸の最南端に位置するエストラーダ王国に近海にある不思議な島――ラウシュ島。
地元の人たちからは《災いを呼ぶ島》なんて言われている曰くつきの島で、俺――オーリンと教え子のパトリシアが上陸した時はほとんど何もなかったのだが、今ではすっかり人が増え、とても賑やかになっていた。
特に最近では、俺の元教え子であり、黄金世代の中でも幻の五人目と言われたロレッタも合流。
ロレッタは、同じく学園時代の教え子であるブリッツ、エリーゼ、ウェンデル、ジャクリーヌたちと切磋琢磨していたが、ある事件をきっかけに自ら学園を去ってしまい、それからは強力な地底竜さえ単独で討伐してしまうほどの高い戦闘力を生かして冒険者をしていたという。
ずっと行方が分からなかったが、こうして再会を果たすことができ、今ではこの島の一員として欠かせない存在となっている。
†
ロレッタは今日もブリッツと、ロレッタに憧れて島の探索に参加を希望した複数の冒険者たちを連れて、早朝から拠点を発っていた。
いつもならダンジョン探索へと向かうのだが、今日は先日発生した嵐による、土砂崩れの被害状況を確認するために可能な範囲で島を見てまわっている。
一方、俺を含む残りの調査隊メンバーは、嵐の影響で荒れてしまった農場を元通りにするため、やはり早朝から汗を流して農作業へ取り組んでいる。
「なんとか今日中に終わらせたいな」
ラウシュ島の調査隊の人数が増えたため、作業効率は大幅に向上していた。
特に中心となってくれたのはエストラーダ王国騎士団の若手三人組バリー、カーク、リンダに加え、魔法使いのルチアら若い世代だ。
「よし。こんなところか」
「バリー、次は新しい畑の準備に取りかかろうよ」
「嵐でダメになってしまったところを埋めないとね」
「私が地属性魔法でサポートするわ」
それぞれが協力し合って作業をハイペースに進めていく。
彼らに刺激を受けたのがターナー率いる職人軍団だ。
「俺たちも若い連中には負けてられないな」
「「「「「おおっ!」」」」」
力自慢の職人たちが、ターナーの的確な指示に従って、農場の整備の作業をこなしていった。
普段は農業をしないが、こうした経験も増えているため、何をどうすればよいのかという手順も明確になっており、スムーズに次の作業へ取り組める理想的な状況だった。
メンバーの活躍のおかげで、作業は想定していたよりもずっと早く進み、昼過ぎにはひと通りの作業を終えることができた。
「ふぅ、たくさん動いたから汗をかきましたね」
「パトリシア! 一緒にお風呂入ろう!」
「えぇ。すぐに支度をしましょう、イム」
すっかりイムとの入浴に抵抗がなくなったパトリシア。
ちなみにイムは、このラウシュ島にあるパジル村の村長の孫娘だ。
嫌というわけじゃないが、同性とはいえ裸を晒すのは恥ずかしさがあったらしい。今ではそれもすっかり慣れてしまったというわけだ。
「わたくしたちもいただきましょうか、エリーゼ」
「そうですね」
「あっ、じゃあ僕も――」
そう話すジャクリーヌとエリーゼに加わるウェンデル。
「…………」
「ちょっと! なんで睨みつけるんだよ、ジャクリーヌ!」
「タイミング的にわたくしたちと一緒に入ろうとしているように聞こえたので」
「えっ?」
「ご、誤解だよ、エリーゼ!」
あっちはあっちで盛り上がっているな。
「オーリン先生、タオルをどうぞ」
「おっ、ありがとう、クレール」
後からこの島の調査に合流した、ラウシュ島を研究する学者であるクレールは、今や島の調査員兼秘書として活動していた。
家事全般が得意だという彼女は本当に頼りになっている。
そんなクレールと、元生徒たちの若者らしいやりとりを眺めていたら、背後から声をかけられた。
「オーリン先生、少しよろしいですか」
「ドネルか。どうした」
振り返ると、そこに立っていたのは商人のドネルだった。
「実は想定以上に野菜の収穫量がありまして」
「えぇ。保存用に残しておいてもかなり余裕があるようなので、ここはひとつ港町に出店をしてみてはどうでしょう」
「出店?」
つまり野菜の店を出すってことか。
ドネルの言うように、人数が増えて畑の規模が大きくなるにつれて収穫できる量も増えてきたのだが、それよりも意外だったのは野菜の成長力だった。
さまざまな野菜を育ててきたが、大陸側に比べて育つスピードが速く、質もいい。
土壌が関係しているのか、それとも他に何か要素があるのか、とにかく上質な野菜がたくさん実るのだ。
おかげで貯蔵庫はいっぱい。
しかも、畑にはまだ収穫待ちの野菜もある。
その中にはこの島の環境でしか育たないものも存在していた。
「確かに消費しきれないともったいないな。だからといって野菜の生産を止めるのも心配だ」
嵐は連続して発生することもあるらしいから、畑では常に何かを育てておきたい。
かといって、このまま収穫した野菜を腐らせてしまうのはもったいないので、俺はドネルの提案を受け入れることにした。
「出店といっても、すぐには難しいだろう?」
「そうですね。店舗の準備に関してはこちらでやっておきます」
「助かるよ。保存用に取ってある野菜から手をつけて、商品用にはその日に収穫されたものを持っていくとしよう」
これは大陸側の人たちにラウシュ島を知ってもらういい機会だ。
最近は少しずつ災いの島という呼び名がただの噂であると広まり始め、少なくともエストラーダ国民の間では誤解が解けつつある。
今回の出店で、それを完全に解消したいところだ。
ドネルは自身が所属する商会からの了承と手助けを得るため、一度大陸側へと渡った。
そんな彼を見送った後、俺は詰め所へ戻ろうとしたのだが、森からこちらへと近づいてくる人影が視界に入って足が止まる。
「うん? あれは……」
よく見ると、それは肩を落として歩くブリッツとロレッタ。ふたりの後ろには同行していた冒険者たちの姿もある。
「せ、先生、ただいま戻りました」
神妙な面持ちで報告するブリッツ。
調査には数日かかる見込みとし、長期戦も覚悟していたようだったが……随分と早い帰還となったな。
ブリッツの表情を見る限り、どうも不本意な結果に終わったらしい。
「何か報告をしたそうだな」
「えぇ。少々厄介な事態でして……」
あのブリッツがそこまで言う事態か。
これは相当面倒なことになっているようだな。
「分かった。続きは俺の執務室で聞こう」
俺は全員にそう提案したが、さすがに全員では数が多すぎるので代表者であるブリッツとロレッタのふたりに絞って話を聞くことにした。
場所を拠点の執務室へと移し、早速ブリッツからの報告を受ける。
嵐による土砂崩れが発生しているという目撃情報があったため、ブリッツたちに詳しい現状の調査を依頼していた。
「発生した土砂崩れはこちらの想定以上の規模でした」
壁にかけた地図へ土砂崩れの発生場所をチェックしていく。
「想定よりも広範囲に被害が出ているんだな」
それが俺の第一印象だった。
さらに、直接現場を目の当たりにしたロレッタが続ける。
「道が寸断されている箇所もありました。島を調査していくなら、早急に手を打つべきでしょうね」
「ダンジョンへの影響は?」
「今のところ確認はできていません」
「そうか……そちらはやはり実際に中へと入ってみなければいけないか」
「入口がふさがれたって事態になっていたら最悪でしたが、なんとかそれは回避できているようでした」
「それはよかったですね!」
ロレッタからの報告に喜ぶクレール。
俺もホッと胸を撫で下ろす。
あそこはこの島の謎を解く大きなヒントになるかもしれないからな。
だが、内部の方で影響が出ているかもしれないし、まだ油断はできないか。
「すぐにでも土砂を除去して道を元通りにしておきたいな」
「作業自体は難しくないのですが、いかんせん人手が足りなくて」
ブリッツの話はもっともだった。
こればっかりは魔法や魔道具でどうにかできるものでもないしな。人力で土を運びだす必要が出てくるだろうから。
「ターナーたち職人には農場や港の整備をやってもらいたいから、現場へ派遣するわけにもいかないし……やれるだけの人数で対処するしかないか」
ダンジョン探索のために冒険者を募集してはいるが、今のところまだ増員はない。
まあ、島外の人間とのやりとりにまだ慣れていないパジル村の人たちの件もあるし、急激に人を増やすのは望ましくない――そうグローバーに伝えたのは俺なわけだから仕方がないのだけど。
ちなみにグローバーもまた俺の教え子で、今はエストラーダ王国騎士団の一員として、この島との連絡役を務めてくれている。
やはり、ここは俺たちで土砂の除去作業をするしかないだろうな。
俺としても、嵐のせいでずっと詰め所にこもっていて体を動かしたいと思っていたし……あと、それは俺だけじゃなく、パトリシアやイムも同じだ。
新しく人も増えてその対応ばかりだったから、最近はあまり島の奥まで調査が行えていないという現状もあり、体を動かしたがっていたからな。
そんなわけで、早速お風呂上りのふたりを執務室へと呼びだした。
「土砂の除去作業ですか……モンスター討伐とかではないんですね」
新しい魔法を試したいと語っていたパトリシアにとっては少々もの足りない案件か。
「まあまあ。これも大事な島調査の一環だぞ」
「うっ……確かにそうですね。私、頑張ります!」
気持ちを改めた様子で、気合を入れるパトリシア。
一方、イムの方は最初からヤル気満々だった。
「通れない道があると村のみんなが困っちゃうもんね」
彼女の行動の根底には、この島に暮らす人たちの思いが込められている。それは初めて会った時からまったく変わっていないな。
「よし。バリーやルチアたちにも声をかけて、現場に行くとするか」
とにかく、まずは現場をチェックしてみなければ始まらない。
仮に、俺たちだけではどうにもならないという事態になればグローバーにも相談した方がよさそうだしな。
「そうと決まったら――パトリシア、イム、みんなに声をかけてここに集めてくれ」
「「はい!」」
「では、私はその間に夕食の準備をしておきますね」
「よろしく頼むよ、クレール」
まずはイムとパトリシアのふたりが勢いよく部屋を出ていった。
よほど外に出られるのが嬉しいらしい。
その後、クレールはペコリと頭を下げ、静かに退室。
「はっはっはっ! あの元気の良さは俺たちも見習わなくちゃいけないな、ブリッツ!」
「ふっ、そうだなロレッタ」
元気よく走っていくパトリシアとイムを男子ふたりは微笑ましく見送っていた。
俺としてはイムとパトリシアには、もうちょっとクレールのような慎ましさというか、落ち着きを持ってもらいたいと思っているのだが
……まあ、その辺はもうちょっと年齢が上がってくるとついてくるのかもしれないな。
それにしても……土砂崩れか。
厄介な事態にならなければいいけど。
第2話 思わぬ発見
ブリッツたち黄金世代組が調査を行っているダンジョン近くで発生した土砂崩れ。
どれほどの規模なのか確認するため、俺、ブリッツ、ロレッタ、ジャクリーヌが現場に向かってみると――
「ひどいな……思っていた以上だ」
被害はかなりのものだった。
幸い、近くでダンジョン探索をしていた者たちに怪我などはなかったが……こりゃあ、下手するとダンジョン内部にまで影響が及んでいそうだな。
「ここまでの規模になると、グローバーに話を持っていった方がいいかもしれないな」
素人が下手に手を出すよりは、専門家を招集した方がいいだろう。幸い、調査の拠点となっている俺たちの村やパジル村に悪影響が出る位置ではないし。
「ダンジョン探索については、続行しても大丈夫ですかね?」
そう尋ねてきたのはロレッタだった。
「どうだろうな。それを判断するためにも、一度ダンジョン内部に入ってみる必要がありそうだ。土砂が入り込んでいないか、慎重に調べてみてくれ」
「了解!」
ロレッタからすればようやく本腰を入れて調査できるっていう時にこれだからな。出鼻を挫かれた感はあるのだろうが、それでも調査再開のために気合十分といった感じか。
俺たちは手分けして現状の把握へと乗り出した。
「こちら側の道は、以前訪れた湿原地帯に続いているのか」
「そこでしたら別ルートの確保が可能です。少し遠まわりにはなりますが」
「安全の代償としては安いものだ。当分はそちらを使おう」
ブリッツたちと一緒に土砂崩れによって発生する影響について考えながら見てまわる。
昼過ぎとなったので、気温も上昇してきているが、まだところどころ足元はぬかるんでおり水分を多量に含んでいた。
これからさらに土砂崩れが起きる可能性もあるため、俺たちはいったんその場を離れることに――と、
「む?」
俺は大量の土砂の中に何かを発見する。
それが気になり、ゆっくりと近づいてみた。
「これは……本?」
埋もれていたのはなんと一冊の本だった。それを拾い上げると、他のメンバーが集まってきて、「なぜ土砂の中に本が?」と俺と似たような疑問を口にする。
確かに、土砂の中に本があること自体かなりおかしな状況ではあるが……それと同じくらい不思議なのが、本の状態だった。
土砂の中にどれほど埋まっていたかは不明だが、まるでついさっき本棚から引っ張り出してきたと思うくらい綺麗だったのだ。
同行してくれているジャクリーヌが調べたところ、どうやらこの本には魔力でコーティング加工が施されているらしく、それのおかげで汚れたり破れたりすることなく完璧な状態を保っていられたという。
――問題は、それほど大事に守られていた本の内容だ。
ページをめくってみると、
「なっ!?」
思わず声をあげる。
本には文字がびっしりと書かれている――が、まったく読めない。
「どうやら、魔法文字を利用した暗号文のようですわね」
ジャクリーヌの指摘通り、こいつは間違いなく魔法文字だ。
ということは……誰かに見られたらまずい内容ってことか?
「ジャクリーヌ、解読は可能か?」
「時間がかかるかもしれませんが……できますわ」
「なら、すぐに頼む」
「分かりましたわ」
俺は本をジャクリーヌに渡すと、再び土砂へ視線を送る。
もしかしたら、土砂崩れが起きる前、あの場所には何か建物のようなものがあって、それが土砂崩れで破壊された結果、土砂の中に埋もれてしまったのではないか。
そう仮説を立てたわけだが……だとすると、これは悠長に構えていられる案件ではないのかもしれない。
意外なところからこの島の謎を解くヒントが出てきたな。
「大至急、グローバーへ連絡を入れないと」
急遽予定を変更し、俺は村へ戻ることにした。
想定以上だった土砂崩れの規模。
二次被害を防ぐため、グローバーと通信用の水晶で連絡を取るため一度拠点へと戻ってきた。
『なるほど。思っていたよりも深刻な被害が出ているようですね』
「怪我とかの類じゃない分、まだよかったのだが……この先の調査を考えると、早いうちに手を打った方がよさそうだと判断してな」
『ですね。分かりました。こちらから専門家を派遣しましょう』
「助かるよ」
これで土砂の除去作業については対応の目途が立った。
後は例の発見について報告をしないと。
「それともうひとつ……これは島の謎を解く大きなヒントになるかもしれない発見なのだが」
『ほ、本当ですか!? ――っと、すみません。取り乱しました』
「気にしなくていいさ。そういった反応をするだろうなと予想はしていたし」
『うっ……オーリン先生には敵いませんな』
ははは、と苦笑いをするグローバー。
彼の人柄は、昔から変わっていないな。
『それで、発見というのは?』
「実は――土砂の中から魔力によって守られている謎の本が出てきたんだ」
『本……ですか?』
「それもただの本じゃない。魔法文字で書かれていて、俺では解読できなかった。今はジャクリーヌに依頼しているよ」
『魔法文字……魔導書の類でしょうか』
「なんとも言えないな」
ため息を交えながら、そう語る。
あの本に関しては本当に見当もつかない。
この島について語られていることに期待したいのだが……果たしてどこまで解読できるか。
ジャクリーヌでさえ手こずるようなら、俺たちではもう手に負えなくなる。
とりあえず、グローバーへ伝えたいことは伝えられた。
早速、明日の朝一から王都内の業者に連絡を取り、早ければ午後にでも人員を島へ送ると約束してくれた。
これで作業も捗る。
できれば一ヶ月以内には復旧を目指したいからな。
連絡用水晶から魔力を遮断した直後、パトリシアとイムが執務室へとやってくる。
「先生、夕食の準備ができましたよ」
「ありがとう、パトリシア、イム。すまないな、手伝ってやれなくて」
「大丈夫ですよ。クレールさんも手伝ってくれましたし」
「みんなで料理するの楽しかったよね!」
「えぇ。勉強になりました」
料理か……確か、黄金世代ではエリーゼとロレッタが得意だったな。
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