引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい

鈴木竜一

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4巻

4-3

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 第3話 新たな情報と発見


 土砂の除去作業は一日でかなり進んだ。
 中でも活躍したのはブリッツとジャクリーヌだ。
 作業するのに邪魔となる巨岩は、ブリッツの剣術で粉々になり、人間の力だけでは動かしづらい堆積した土砂はジャクリーヌの無重力魔法で運搬していった。
 ふたりの活躍ぶりに、島へ来た専門職の方たちも「大助かりですよ」と賛辞を送る。
 おかげで土砂の量はかなり減ったが、例の木材以降は特に目立った発見はなかった。


「すでに流されてしまったか、あるいはもっと深くに埋もれていたのか……」

 夕焼けの中、俺は腕を組んで考えていた。

「難破船で上陸した者たちが建てたものである可能性は高いが……」

 ハッキリとしたことは何も言えない。
 ヒントとなりそうなのは、ジャクリーヌに解読を依頼している本だ。
 そのジャクリーヌから、これまでに解読された部分について報告があった。

「例の本ですが……どうやら日記のようです」
「日記?」
「はい。まず、最初のページを解読した結果ですが……逃亡中、嵐に巻き込まれてこの島にたどり着いたという内容でした」
「っ! それがあの難破船というわけか……」

 それと、新しい情報が手に入った。

「あの難破船……何者かから逃げてきていたのか」
「もしかして、凶悪犯罪者とかでしょうか……」

 声を震わせながらパトリシアが言う。
 そうなると、この島に凶悪犯が存在していることになるが――おそらく、それはないだろう。

「うーん……元レゾン王国騎士団の人間であるオズボーン・リデアに関するアイテムが多く見つかっていることから、おそらくそれはないだろう」
「なら、そのリデア副団長が誰かに追われていたってこと?」
「そう考えた方が自然かもな」

 俺もウェンデルと同じ考察をしている。
 オズボーン・リデア元副騎士団長は何者かに追われていた。
 そしてこの島にたどり着き、ずっと生活していたのか……いや、もしかしたら島から脱出をしたのかもしれないが、それならエストラーダ王国が気付くはず。
 となると、リデア元副騎士団長はこの島ですでに亡くなっている?
 俺がこの島にやってきてから、だいぶ様子は変化しているはず。
 大陸側から人がやってきたとなったら、すぐにでも飛びついてきそうなものだが……あるいは本当に人前へは出られない理由があるのだろうか。

「続きは現在解読中ですが……こちらはかなり時間がかかりそうですわ」
「分かった。そちらは任せるよ」

 この分野はジャクリーヌの専門だからな。
 任せておけば大丈夫だろう。
 とりあえず、今日はこれにて作業終了。
 みんなで中継用の拠点地へ戻ろうとした――その時だった。

「「先生!」」

 叫びながら駆けてくるのはエリーゼとイムのふたり。かなり慌てているようだが……一体何を発見したんだ?
 ふたりの話を聞こうと、俺は引きあげようとしていた足を止める。

「どうしたんだ、ふたりとも」
「こちらへ来てください……」

 神妙な面持ちのエリーゼに、とにかく慌てて「すごい!」を連呼するイム。ふたりの話している感じから、悪い報告ではないようだ。
 ふたりについていくと、そこは土砂崩れの起きた現場から少し離れた場所だった。
 案内された場所では、何やら地面から水が出ているようだけど――って、これ湯気か?

「ひょっとして……温泉か!?」

 まさかの発見に、俺は思わず驚きの声をあげた。


 こうして土砂の除去作業中に発見された温泉。
 温度やら効能やら、調べなくちゃいけないことは山積みだが――この発見にもっとも興奮していたのは新加入のロレッタだった。

「これは大発見ですよ、先生!」
「ま、まあ、確かに……温泉となれば観光スポットになるな」
「それだけじゃないです! ダンジョンに挑戦する冒険者たちにとって、この温泉はきっといやしの場になるはず!」

 なるほど……冒険者稼業とは激務だからな。
 近くに温泉があるというのは大きな救いになるはず。

「となると、この辺の整備も必要になるな」
「オーリン先生、温泉の成分などに関しては我々に任せてください」

 そう言ってくれたのは、地形学の専門家として土砂崩れの除去チームに加わってくれていたラドニーさんだった。

「温泉調査もやっているんですか?」
「エストラーダ王国には温泉はあまりありませんので、そちら側の仕事は少ないですがね」

 それでも、知識があるだけ心強い。
 今日のところは日も暮れてきたので現状維持としつつ、翌日にはターナーたちにも連絡して小さい温泉小屋を建てようと計画していた。
 ロレッタの言うように、体を酷使する冒険者にとって温泉は素晴らしい癒しになるだろう。
 ――だが、癒しが必要なのは泥と汗まみれになって作業する俺たちにも言える。
 ターナーに相談してみる必要はあるが、ここをなんとか俺たちの休憩所にしたい。
 肉体労働で疲れた体をこの温泉で癒せれば最高だ。
 とりあえず、詳しい調査は明日以降ということに今日はここで引きあげることに。


「それじゃあ、夕食の支度をしていきましょうか」
「おーっ!」

 詰め所に戻ると、今回もまたパトリシアとイムが中心となり、料理を進めていった。
 ちなみに、黄金世代の五人の中で料理を得意としているのはエリーゼとロレッタだが、一応他の三人も最低限の料理ができる。
 あえて一番苦手としている者をあげるとするなら……ジャクリーヌかな。
 まあ、お茶菓子作りはなかなかうまいのだが、それ以外については本人の関心が低いせいもあっていまひとつであった。
 あの子の場合は「いざとなれば魔法」という考えがあるのだろう。
 できればそれに頼らず日常生活に支障が出ない程度の家事能力を身につけてほしいんだけどねぇ。
 そんなことを考えつつ俺も料理の手伝いをしようとしたら、なんとさっきまで話題にあげていたジャクリーヌ本人に呼びとめられた。
 まさか心を読む魔法でも使ったのかと肝を冷やしたが、どうも土砂現場から発見された本について報告があるらしい。

「まだすべての解読が終わったわけではありませんが……こちらに少し気になる記述がありましたのでご報告をしようと」
「そ、そっちの話か」
「そっちというと?」
「いや、なんでもない。それより気になる記述について教えてくれ」
「分かりました。それについては話をするよりこちらの翻訳しておいた文を読んでいただくのが早いかと」
「どれどれ」

 ジャクリーヌから手渡された一枚の紙。
 そこには彼女の性格がよく出ている丁寧な字で本の内容が書かれていた。最初の方は以前報告を受けた内容と合致している。
 問題は最後の一行――

『ヤツらは俺たちを裏切った』

 この文面を目にした時、ゾッと背筋が寒くなった。

「裏切った……?」
「これを書いたのがリデア元副騎士団長本人だとしたら……彼は騎士団の裏切り者に追われていたということでしょうか?」

 ここまでの流れから、ジャクリーヌがそう推察するのはおかしな話じゃない。むしろ自然な流れと言える。
 ……だが、俺は妙な引っかかりを覚えていた。
 オズボーン・リデアがどんな人物であったのかは分からないし、確認を取るのは難しいだろう。
 だが、騎士団のトップまであとひと息というところまで上り詰めていた男であるのは揺るぎない事実だ。
 むろん、親のコネによってギアディスの騎士団長となったカイルのようになんらかの不正が働き、正しく評価されないまま出世したという線もなくはない。
 逆に一番怖いのは「こうだろう」という先入観に思考が縛られること。
 不透明な部分が多い今回のような案件については、常にさまざまなケースを想定して動かなくてはならないだろう。

「ジャクリーヌ、この段階で裏切った相手を騎士団に限定するのは早計だ」
「そ、それは確かに……」
「それに『俺たち』という書き方も気になる……この本をリデア元副騎士団長が書いたと証明することはできるか?」
魔紋まもんを調べれば可能ですわ」

 魔紋――それは魔力の質。
 魔力は人それぞれ微妙に異なる。その質を魔紋と呼び、それで個人を特定したりするのだ。
 ジャクリーヌの言う通り、この状況から書いた人物を特定するには魔紋の照合しかないだろう。
 ――しかし、それには問題があった。

「魔紋を調べるなら……どこかでリデア元副騎士団長の魔紋を調達する必要があるな」

 本人の魔紋がなければ、照合のしようがない。
 肝心のレゾン王国は現在ギアディスと組んで怪しい動きをしているし……魔紋の調達は難しそうか。

「結局のところ手がかりはなし、か」
「お役に立てず、不甲斐ないばかりですわ」
「何を言っているんだ。君は本当によくやってくれている。魔法文字の解読だって簡単な仕事じゃないからな。ありがとう、ジャクリーヌ」
「オーリン先生にそうおっしゃっていただけたら、ここまでの苦労もむくわれますわ」

 ジャクリーヌの貢献度は計り知れない。
 島の調査だって、彼女がいなければもっと遅れていただろう。

「先生~、ジャクリーヌせんぱ~い、ご飯できましたよ~」

 ちょうどその時、パトリシアが俺たちを呼びにやってきた。

「さて、今日はたくさん動いたからきっとたくさん食べられるぞ」
「困りましたわね……あまり食べすぎると体重が気になりますわ」

 実はずっと腹ペコだった俺たちはとりあえずこの話を後に回して夕食を取ることにしたのだった。



 第4話 帰り道


 ラウシュ島に温泉が出た。
 これはグローバーや国王陛下にも伝えなければいけない事案だろう。
 俺としては島へやってきた専門家のラドニーさんにこのまま温泉部門の責任者をやってもらいたいと思っているが――それも含めて、一度城へ行った方がいいかな。


 †


 こうして、温泉を発見した翌日。
 詳しい成分の分析をラドニーさんたち専門家チームに任せ、黄金世代を除いたメンバーで拠点の村へと戻ることにした。

「今回の復旧作業が落ち着くまで島の調査はお預けですかね」

 寂しげにつぶやいたのはパトリシアだった。
 彼女は島の探索を楽しんでいたからな。
 それができなくなってもの足りなさを感じているようだ。
 もちろん、俺も彼女と同意見だ。
 気になる点がドンドン増えてくるこの島の全容を一日も早く把握するため、できるだけ早いうちに探索活動を復活させようと思っている。

「もう少しすれば別件に携わっているラドニーさんの仲間も合流する予定だし、そこに冒険者たちも加われば、島の調査に出られるだけの余裕は出てくるんじゃないかな」
「ほ、本当ですか!?」
「この先の状況次第でいろいろと変わってくる可能性はあるけど、今のところ俺はそう考えているよ」

 俺の言葉を受けて、パトリシアは小さくガッツポーズをする。
 島の探索はエストラーダ国王から命じられた大切な任務。もちろん、土砂崩れからの復旧作業も大切だが、割ける人員がいるのならそちらに注ぎ、俺たちは本来の仕事に力を入れればいい。だから、俺は現場からパトリシアとイム、そして黄金世代の面々をこうして連れてきているのだ。
 海沿いの道を歩きながらそれも含めた今後の話をしていると、突然エリーゼの足がピタリと止まった。

「オーリン先生……あれはなんでしょうか?」
「何かあったのか?」

 視線を彼女が指さす方角へ移した瞬間、ギョッと目を見開く。
 俺たちの現在地は小高い丘になっており、そこからどこまでも続く青い海が一望できる絶景スポット――なのだが、そこから見える海にある異変が。

「あれは……残骸か?」

 明らかに自然の流木とは違う、木材のように加工されたものが海面に浮いていた。

「も、もしかして、先日の嵐で転覆した船が近くにあるんじゃ!?」

 青ざめるウェンデル。
 しかし、その可能性は極めて低い。

「いや、マリン所長は海に出ていた船はみんな無事だと話していた」

 そう説明するも、途中である可能性が脳内で浮上する。

「ひょっとすると、エストラーダが把握していない船がこの近くにいて嵐に巻き込まれたのかもしれない」
「事前に届け出を出さずに領海へ侵入したというわけですね……」

 ブリッツの眼光が一瞬で鋭くなる。
 元ギアディス王国騎士団に所属し、犯罪者たちを取り締まっていたブリッツからすると、そういうやからは早急に捕まえなくてはという使命感にかられるのだろう。
 その瞳には、すでに臨戦態勢といった闘志が燃えていた。

「落ち着け。あくまでも可能性のひとつにすぎないよ、ブリッツ」
「そ、そうですね」

 とは言ったものの、あの加工された木材は船舶せんぱくで使用されたものと見ていいだろう。
 一体どんな目的でこの島近くの海にいたかは不明だが、嵐によって船がバラバラとなったのは間違いなさそうだ。

「ジャクリーヌ、魔法であの木材を回収できるか?」
「やってみますわ」

 すぐに魔力で風を起こし、海を漂う木材をこちらまで運び出すジャクリーヌ。
 かなり繊細な魔力のコントロールが求められるのだが、そこはさすが《千変せんぺんの魔女》と呼ばれるだけのことはある。
 さて、回収した木材だが……残念ながら特にこれといった情報を得られなかった。
 乗組員とか所属している組織名とかが彫ってあるケースもあるのでそれを期待していたのだが、空振りに終わってしまったようだ。
 しかし、ここでロレッタがある発見をする。

「オーリン先生、あそこから下の海岸へ下りられそうですよ」
「本当だ……行ってみよう」

 ロレッタが示した場所から進めば、確かに下の海岸へ行ける。
 とはいえ、道は狭く、おまけにすぐ横は断崖絶壁。海から吹く風の影響もあって進むのはなかなか難しそうだ。
 そこで、メンバーを絞り、慎重に進みながら海岸へと下りて周辺の調査へと乗り出すことにした。
 選ばれたのは身体能力の優れているブリッツ、ロレッタ、イム、パトリシアの四人。
 ジャクリーヌ、ウェンデル、エリーゼの三人は念のため上で待機しておいてもらう。

「足元をよく見て、慌てずゆっくり下りるんだ」

 注意喚起をしながら慎重に下を目指して進んでいく。
 目的地に到着すると、まずは周辺をチェック。
 海岸とは言ったがそれほど大きくはなく、身を隠せそうな場所もない。誰かが潜んでいるとすればすぐに発見できる場所だが、人がいた形跡すらない。
 そもそも嵐から数日経っているからなぁ……仮に転覆した船があったとして、生存者を見つけるのは絶望的な状況と言える。
 それでも、わずかな可能性にかけて辺りをもう少し詳しく調べてみた。
 すると、少し海の中を歩かなければならないが、さらに奥へ海岸が続いている場所を見つける。
 さらに、その近くで先ほど回収したものに近い材質の木材が漂っているのを発見した。

「どうやら木材はこちらの方から流れてきているようだが……」
「それもかなりの量ですよ」

 ブリッツの指摘した通り、流れている木材はひとつやふたつという数ではない。
 これはやはり、流木が流れ着いたとかその程度の話じゃない。だとすれば、どこかにもっと大きな残骸があってもおかしくはないのだが。
 さらに調査を進めていると、丘の上からでは見ることのできない場所に、とうとうそれを発見する。

「先生! あれって船じゃない!?」

 最初に発見したのはイムだった。
 予想通り、あの嵐で難破した船がこの近くにあったらしい。
 ――が、それにしては少し気になる点が。

「妙に小さいな……」

 てっきり、流れ着いたのは商船だとばかり思っていた。
 あるいは、最初に発見した難破船のように高貴な人物が乗っていたと思ったのだが……これだとサイズからして漁船か?

「悪党どもが乗っていたとしても、随分と小さいですね」

 ロレッタも俺と同じ疑問を抱いたらしい。
 最近になって少しずつ《災いを呼ぶ島》という呼び名から脱却しつつあるラウシュ島ではあるが、だからといってここへ近づこうとするよその者は誰ひとりいなかった。
 可能性があるとすれば、エストラーダへ許可を取らず不法に占拠してアジトにでもしようとたくらむ組織――だが、それをするにしてはリスクが大きすぎる。
 後は他国の漁船が偶然迷い込んだというケースも想定できる。
 だが、漁師たちは嵐が来るのを察してすぐに引き返したはず。
 海で生きてきた彼らには風や温度の些細な変化で嵐がやってくるタイミングを知ることができる。長年の経験と勘によるらしいが……ほとんど魔法みたいなものだ。
 あの船の主が何者かは不明だが、あれだけ荒れていた夜に船を出すくらいだから相当の事情を抱えていたと考えられる。ゆえに、あれが漁船である可能性は低いのではないかと俺は睨んでいた。
 実際、雨風が強くなり始めた頃に海の様子を確認したが、港から来る漁船はどこにもいなかった。経験の浅い若い連中にも、ベテラン漁師たちが声をかけて引き上げさせていたし、そもそもエストラーダ側に関してはすべての船が戻ってきたと確認済み。
 だとしたら、この船は一体誰のものなのか。
 そして、乗っていた者の目的は何か。
 すべてを知るため、俺たちはこの船の持ち主を探すことにした。


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