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4巻
4-2
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その日の夜。
屋敷でいろいろと準備を整えてから転移魔法陣でムデル族の集落へと移動し、それからハミードさんの家に向かい、戻ってきていたダイールさん、レオニーさんと合流。
ふたりに紅蓮牛の生態を説明し、マックの背中に乗せて持ち込んだテントやランプ、そして非常食を見せて夜の霊峰ガンティアへ挑む旨を伝える。
「夜の活動、か」
ハミードさんは少し戸惑っているように映った。
まあ、紅蓮牛が本当に夜行性かどうかは実際に調べてみなくては分からないからな。
それに、この山のことは俺たちよりも長くここに住んでいるハミードさんたちの方が詳しいはずなので、あの表情を見ると……
「やっぱり、無謀でしたかね?」
「いや……正直なところ、どうなるか分からないのだ。夜の山には出歩かないように言われていたからな」
「それは……何か理由があるんですか?」
「実際に事件が起きたとか、そういう言い伝えはない。大人たちの間では、夜寝ない子どもに対して行われたしつけの一環だとも言われているが……」
なるほど。
だとすれば、そこまで心配する必要もないのかな。
とはいえ、ほとんど夜に出歩く者がいないとするなら……まったく未知の世界ということか。それはそれで怖いな。
さて、食事をとった後は移動を開始。
今回もオティエノさんが参加してくれることになった。
「夜の山ってどんな感じかなぁ!」
瞳を輝かせるオティエノさんを連れ、俺とシルヴィア、そしてダイールさんとレオニーさんの五人は再び転移魔法陣を使って麓との中間地点である泉近くへと移動。そこから発光石を埋め込んだランプを手にして夜の山道を進んでいく。
「相変わらず、凄い夜空だなぁ……」
見上げれば、広がるのは満天の星。
これを眺めているだけで、夜が明けそうだ。
「どうかしたのか、ロイス」
「な、なんでもないよ、シルヴィア」
ボーっと夜空を見つめていたら、シルヴィアに心配された。
忘れていたわけじゃないのだが、改めて確認すると……今回の目的はあくまでも紅蓮牛の捕獲だ。その紅蓮牛を探すため、泉の近くにテントを設営し、そこを拠点として周辺を調査していく。
――だが、ここで問題発生。
「見当たりませんな」
「そうですね……」
ダイールさんとレオニーさんが先行して辺りの様子をうかがっているが、紅蓮牛どころか生物の気配さえ感じない。
どうやら、水飲み場になりそうな泉近くに集まるはずという俺の読みは外れたようだ。
「他にも夜行性の動物がいるのかと思ったが……それすらいないようだな」
「気温もだいぶ下がっているし、出歩かないのかな」
俺とシルヴィアがそんな感想を口にした時だった。
「うん? あれは何?」
そう声を上げたのはオティエノさんだった。
何かを発見したようなので、指さす先をジッと追ってみると――そこにはいくつか光がただよっている。
「? 本当になんだろう、あれは」
「気になるな」
先行しているダイールさんとレオニーさんを呼び戻し、俺たちは突然現れた光に向かって歩いていく。
突如現れた光の正体。
それは――
「あっ、領主さん」
以前出会った、山の精霊たちだった。
「き、君たち……どうしてここに?」
「実は、ちょっと調べていることがあって」
「調べていること?」
山の精霊たちの深刻そうな表情を見て、俺たちは一旦紅蓮牛の捜索を断念。急遽精霊たちから事情を聞くことにした。
「一体何があったんだ?」
「領主さんは、夜の山へ来るのは初めてですか?」
「えっ? ああ、まあ、そうだね」
「いつもはこんなに静かじゃないんです。夜行性の動物たちが活動しているので……」
「なんだって!?」
思わず大きな声を出してしまい、精霊たちを驚かせてしまう。
だが、まさかこんなところで紅蓮牛に遭遇できていない理由にあたるとは思ってもみなかった。
ムデル族の人たちも夜はあまり出歩かないようにしているため、動物の姿を見たことはないそうだし、同行しているオティエノさんも驚いていたから、たぶんその辺の様子は知らないんだろうな。
「どうして動物たちがいないんだ?」
「その理由を調べに来たんです」
「な、なるほど」
精霊たちにも分からない理由……だが、見当はついているらしい。
「どうやら強大なモンスターが住み着いているようなんです。ただ、どういうわけか、強い気配を感じ取っても、それがすぐに消えてしまうんですよ」
「すぐに気配を消すモンスター……」
そんなモンスターがいるのか?
俺は元冒険者でもあるダイールさんと王国騎士団に所属しているレオニーさんのふたりへ視線を送る――と、ふたりは静かに首を横へと振った。
「気配を消すということは……どんなことが考えられるだろうか」
シルヴィアの疑問は俺も感じていたことだ。気配を消すということは、つまりどういう行動を取っているのか。また、精霊たちがそれをモンスターと認識している根拠はなんなのか。
「種族に関してはその気配で分かります。モンスターだけでなく、人間と山猫の獣人族もそれぞれ違いますから」
「ふむ。じゃあ、気配を消す行動について、何か心当たりは?」
「可能性はふたつあります。ひとつは大空を舞って山から遠く離れたか。そして、もうひとつは――」
山の精霊が説明を始めようとした直後、地面が揺れた。咄嗟に、俺はシルヴィアを抱き寄せる。
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
「いえ……これは……」
宙に浮いている精霊たちには影響がないため、周りの様子をチェックしているようだ。
その結果、新たな事実が判明する。
「領主さん! 敵の詳しい居場所が分かりました!」
「えっ!? 本当か!?」
大きな揺れがなくなったので、俺たちも周りに視線を巡らせていたのだが――この揺れを起こしたと思われる存在は確認できなかった。揺れの規模から、かなり大型のモンスターだと思ったのだが。
「ど、どこにいるんだ?」
「下です! モンスターは地中を移動しています!」
「ち、地中!?」
それで今まで発見できなかったのか……しかし、そうなるとこちらから手を出すことができない。だからといって、このまま放っておくわけにはいかなかった。
「やるしかない……」
姿なき地中の敵をおびき出すため、俺は魔法を使う。
そう。
俺がもっとも得意とする無属性魔法だ。
「りょ、領主殿? 何をなさるおつもりですか?」
「ダイールさん……俺にできるのはこれしかないじゃないですか」
「っ! な、なるほど!」
どうやら、ダイールさんは気づいたようだ。
無属性魔法の中には、結界魔法と呼ばれるものがある。
長期間にわたって家を空ける時は、泥棒などの侵入を防ぐために仕掛けておくのが一般的で、中にはモンスターの出現を減らせる忌避剤のような役割を果たすものもある。
――だが、今回俺が放ったのはその逆。
モンスターをおびき出すための魔法だ。
ヤツが地中を移動するモンスターだというなら、討伐をするためにそこから引きずり出す必要がある。
「さあ……出てこい!」
俺が魔法を発動させた直後、再び大きな横揺れが発生。
それからすぐに、五メートルほど前方にある地面が大きく盛り上がった。
「あそこだ!」
声を出してみんなに知らせた瞬間、そこから地面を突き破って件のモンスターが姿を見せる。
正体は――超巨大なワーム型のモンスターだ。
頭と思われる部分は大きく裂けており、恐らく口としての機能も兼ね備えているのだろう。その口には無数に並ぶ鋭い歯があって、飲み込まれたら助かりそうもない。
「キイイイイイイイイイイイッ!」
耳障りな鳴き声(?)を発しながら、モンスターが襲いかかってくる。十メートル近い巨体でありながら、なんてスピードだ。避けるので精一杯だったぞ。
「あんな巨大なモンスターがこれまで姿を見せなかったとは……」
「たぶん、天敵がいなくなったからだと思います」
「天敵? ――あっ」
山の精霊の言葉に、俺は覚えがあった。
ワームの天敵といえば――鳥だ。以前、山猫の獣人族の村近くに巣を作った巨大怪鳥を討伐したけど……あいつがいたから、このワーム型モンスターは姿を現さず、地中で生活していたんだ。それがいなくなったものだから、こうして大胆に姿を見せるようになったってわけか。
「まさかそんな事情があったなんて……」
あくまでも仮説ではあるが、恐らく間違いないと思われる。
だったら、なおのこと俺たちで決着をつけないと。
「キシャアアアアアアアアア!」
ワーム型モンスターは口から毒液をまき散らしつつ、俺たちを潰そうと巨体を揺らして襲ってくる。
けど、その程度で臆するような軟弱者はこの中にひとりとしていない。
「ヤツの動きを止める! その間に攻撃を!」
「分かりました!」
「やってみせます!」
俺が重力魔法でワーム型モンスターの動きを封じている隙に、ダイールさんとレオニーさんが斬りかかる。ダメージを負ったモンスターは大きくふらついた。
「今だ! シルヴィア!」
「任せてくれ!」
トドメは勇ましく飛び上がったシルヴィア渾身の一撃が炸裂。ワーム型モンスターの長い胴体は綺麗に真っ二つとなった。
「キイイイイイッ……」
先ほどとは打って変わって弱々しくなった叫び声を上げ、ズシンと巨体を横たえる。
「ふぅ……これでこの辺りの脅威は消え去ったかな」
大きく息を吐いてから、勝利を確信――すると、
「あれ?」
倒れたモンスターへ視線を移すと、そこから少し離れた場所に何かを発見する。
「あれって……紅蓮牛!?」
探し求めていた紅蓮牛が全部で五頭も姿を現した。
しかし、こちらの存在に気づくと逃げるように去っていく。
「すぐに追おう!」
俺はみんなに呼びかけると、紅蓮牛が逃げた方向へと走りだした。
大慌てで追いかけたが、残念ながら姿を見失う。
「ど、どこに行った!?」
「そんなに遠くへは行っていないと思うのですが……」
ダイールさんは辺りを見回しながら言う。今日は雲もなく、月明かりは満遍なく山を照らしている。だから、比較的視界はいいのだが……それでも紅蓮牛は発見できなかった。
「くそぅ、また見失ったか……」
「領主さん」
「うん?」
どこかに手がかりはないかみんなで探していると、山の精霊が声をかけてきた。
「紅蓮牛ならあちらにいます」
「!? 分かるのか!?」
「気配で特定できるんですよ」
そういえばそうだったな。
なんて頼もしい存在なんだ。
「行こう、ロイス!」
「ああ!」
俺とシルヴィア、そしてダイールさんにレオニーさん、さらにオティエノさんの五人は山の精霊が示した場所へと向かって走りだした。
移動してみて気づいたのだが、その場所は山でありながら草原が広がっていた。真ん中あたりには小川も流れている。周りを大きな岩で囲まれているため、近づかなければその存在に気づけなかったのだ。
「こ、こんなところがあるなんて……」
ムデル族として長年この地に住んでいたオティエノさんでも、このような場所があるなんて知らなかったようだ。
開けた視界でありながら、「何か」が潜んでいそうな不気味さも兼ね備えているその場所を歩いていく。俺たちが地を踏みしめて歩く音以外は何も聞こえない静寂に包まれたそこに、探していた存在が姿を見せる。
「!? ぐ、紅蓮牛……」
ついに紅蓮牛を発見。
しかも一頭だけじゃない。
「む、群れ!?」
シルヴィアが驚くのも無理はなかった。
現れた紅蓮牛の数は、ザッと見積もっても五十頭はいる。あまりにも動きがなく、そして固まっていたため、ある程度近づくまでその存在を視認できなかった。
何より俺たちを驚かせたのは、その群れの先頭にいる紅蓮牛。
恐らく、彼がこの群れのボスなのだろう。
体格は他の個体と比べてひと回り以上大きく、額からはまるでユニコーンのように一本の長い角が天に向かって生えている。
その風格に、俺たちは思わず足を止めた。
威嚇をしているわけではないのだろうが……なんだろう。それ以上近づくのはためらわれた。神々しさとでも言えばいいのか――適切な表現が思い浮かばないけど、とにかくそこから先へは足が進まない。
すると、なんと向こうから近づいてきた。
それだけでも驚きなのに、山の精霊からさらに衝撃的な事実を教えられる。
「彼はあなた方に感謝しています」
「か、感謝?」
紅蓮牛が俺たちに感謝だって?
ど、どういうことなんだ?
「彼らもあの巨大モンスターには苦慮していたようです」
「あ、ああ、そういうことか」
どうやら、あのワーム型モンスターの標的になっていたらしい。
この流れなら……直接お願いできないだろうか。
俺たちの牧場へ来てほしい、と。
交渉をしようと一歩前に出た時、ふと群れの牛たちの健康状態に目が留まった。
今まではすぐに見失っていたりしてしっかりと確認はできなかったが……ひどく痩せているものが多い印象だ。もしかしたら、あまり食事をとっていないのか?
「ロイス? どうかしたのか?」
足の止まった俺を心配してシルヴィアが声をかけてくれた。
「い、いや……牛たちが痩せているなと思って」
「気づかれましたか」
真っ先に反応したのは山の精霊だった。
精霊たちは牛たちがなぜあんな風になっているのか理由を知っているらしい。
「……以前は、もう少し先の方まで草が生い茂っていたんです。それが徐々に狭まってきていて」
「えっ?」
それじゃあ……十分に食事ができていないというわけか。
恐らく、草原が狭まってきている理由は――先ほどのワーム型モンスターだろう。底なしの食欲を持つあの手のモンスターだ。地上で獲物を捕食するだけにとどまらず、地中の栄養素も吸収していたのだろう。よく、ワーム型モンスターが出現した土地は荒れ果てると聞いていたが、ここもあと一歩でそうなっていた可能性もある。
……そうか。
さっき山の精霊が言っていた、「苦慮している」というのは、獲物として標的になっているというだけでなく、彼ら紅蓮牛にとって必要不可欠な草原が失われつつあるという意味も含まれていたのだ。
だったら、尚更俺たちの運営する牧場への移住を進めたい。
あそこはここよりもずっと広大な草原が広がっているし、何より一切の危険がない。
それを伝えようと、改めてボスの前に立つ。
山の精霊曰く、ボスは人間の言葉を理解できるらしい。
近づいてみて分かったのだが、ボスの額から生えている角からはわずかに魔力を感じることができた。明らかに通常種とは異なる……これもまた、品種改良の影響か。
緊張している俺に対し、紅蓮牛のボスは何も言わない。
ただジッと青い瞳でこちらを見つめている。
一度深呼吸を挟み、心を落ち着かせてからゆっくりと語りかけた。牛としてではなく、同じ仲間たちを束ねる存在として、対等な気持ちで接した。
「俺はこの霊峰ガンティアを含むジェロム地方の新しい領主で、ロイス・アインレットと言います」
思わず敬語になってしまうが、そうしなければいけないと思わせるくらい、目の前の紅蓮牛には歴戦の勇士に匹敵する風格が備わっていた。
「あなた方の悩みを解決します。――俺たちの運営する牧場へ来ませんか? ここよりも大きな草原と綺麗な小川がありますし、安全も保障できます」
俺は彼らにも伝わりやすいよう、言葉を選んで話を続けた。
もちろん、あとで誤解がないように牧場として運営する以上、分けてもらうものについてもきちんと言っておく。
それらを踏まえた上での彼の返事は――山の精霊を介して伝えられた。
「領主さん」
「ど、どうだって?」
「紅蓮牛たちも、領主さんの運営する牧場に移住を希望すると言っています」
「!? ほ、本当!?」
巨大ワーム型モンスターによって、もともと住んでいた草原が枯れ果てようとしていることが一番の要因だという。
「ありがとう!」
俺は紅蓮牛たちに向かって礼を述べる。
「牛に礼を言うなんてね」
「分け隔てなく、あらゆる者へ誠意を持って接する――そこが、領主殿のいいところなんですよ」
「そうだ。私もロイスのそういうところを尊敬している」
真っ直ぐな笑みを浮かべながらシルヴィアにそう言われると、さすがに照れる。こればかりはなかなか慣れないな。
ともかく、紅蓮牛たちに直接話をして、移住の快諾を得た。
同時に、無属性魔法の中に他の生物との会話が可能となる通訳魔法があったと思い出したので、またユリアーネの書店に行かないと。
やれやれ……領主としての生活は、また一段と忙しくなりそうだ。
屋敷でいろいろと準備を整えてから転移魔法陣でムデル族の集落へと移動し、それからハミードさんの家に向かい、戻ってきていたダイールさん、レオニーさんと合流。
ふたりに紅蓮牛の生態を説明し、マックの背中に乗せて持ち込んだテントやランプ、そして非常食を見せて夜の霊峰ガンティアへ挑む旨を伝える。
「夜の活動、か」
ハミードさんは少し戸惑っているように映った。
まあ、紅蓮牛が本当に夜行性かどうかは実際に調べてみなくては分からないからな。
それに、この山のことは俺たちよりも長くここに住んでいるハミードさんたちの方が詳しいはずなので、あの表情を見ると……
「やっぱり、無謀でしたかね?」
「いや……正直なところ、どうなるか分からないのだ。夜の山には出歩かないように言われていたからな」
「それは……何か理由があるんですか?」
「実際に事件が起きたとか、そういう言い伝えはない。大人たちの間では、夜寝ない子どもに対して行われたしつけの一環だとも言われているが……」
なるほど。
だとすれば、そこまで心配する必要もないのかな。
とはいえ、ほとんど夜に出歩く者がいないとするなら……まったく未知の世界ということか。それはそれで怖いな。
さて、食事をとった後は移動を開始。
今回もオティエノさんが参加してくれることになった。
「夜の山ってどんな感じかなぁ!」
瞳を輝かせるオティエノさんを連れ、俺とシルヴィア、そしてダイールさんとレオニーさんの五人は再び転移魔法陣を使って麓との中間地点である泉近くへと移動。そこから発光石を埋め込んだランプを手にして夜の山道を進んでいく。
「相変わらず、凄い夜空だなぁ……」
見上げれば、広がるのは満天の星。
これを眺めているだけで、夜が明けそうだ。
「どうかしたのか、ロイス」
「な、なんでもないよ、シルヴィア」
ボーっと夜空を見つめていたら、シルヴィアに心配された。
忘れていたわけじゃないのだが、改めて確認すると……今回の目的はあくまでも紅蓮牛の捕獲だ。その紅蓮牛を探すため、泉の近くにテントを設営し、そこを拠点として周辺を調査していく。
――だが、ここで問題発生。
「見当たりませんな」
「そうですね……」
ダイールさんとレオニーさんが先行して辺りの様子をうかがっているが、紅蓮牛どころか生物の気配さえ感じない。
どうやら、水飲み場になりそうな泉近くに集まるはずという俺の読みは外れたようだ。
「他にも夜行性の動物がいるのかと思ったが……それすらいないようだな」
「気温もだいぶ下がっているし、出歩かないのかな」
俺とシルヴィアがそんな感想を口にした時だった。
「うん? あれは何?」
そう声を上げたのはオティエノさんだった。
何かを発見したようなので、指さす先をジッと追ってみると――そこにはいくつか光がただよっている。
「? 本当になんだろう、あれは」
「気になるな」
先行しているダイールさんとレオニーさんを呼び戻し、俺たちは突然現れた光に向かって歩いていく。
突如現れた光の正体。
それは――
「あっ、領主さん」
以前出会った、山の精霊たちだった。
「き、君たち……どうしてここに?」
「実は、ちょっと調べていることがあって」
「調べていること?」
山の精霊たちの深刻そうな表情を見て、俺たちは一旦紅蓮牛の捜索を断念。急遽精霊たちから事情を聞くことにした。
「一体何があったんだ?」
「領主さんは、夜の山へ来るのは初めてですか?」
「えっ? ああ、まあ、そうだね」
「いつもはこんなに静かじゃないんです。夜行性の動物たちが活動しているので……」
「なんだって!?」
思わず大きな声を出してしまい、精霊たちを驚かせてしまう。
だが、まさかこんなところで紅蓮牛に遭遇できていない理由にあたるとは思ってもみなかった。
ムデル族の人たちも夜はあまり出歩かないようにしているため、動物の姿を見たことはないそうだし、同行しているオティエノさんも驚いていたから、たぶんその辺の様子は知らないんだろうな。
「どうして動物たちがいないんだ?」
「その理由を調べに来たんです」
「な、なるほど」
精霊たちにも分からない理由……だが、見当はついているらしい。
「どうやら強大なモンスターが住み着いているようなんです。ただ、どういうわけか、強い気配を感じ取っても、それがすぐに消えてしまうんですよ」
「すぐに気配を消すモンスター……」
そんなモンスターがいるのか?
俺は元冒険者でもあるダイールさんと王国騎士団に所属しているレオニーさんのふたりへ視線を送る――と、ふたりは静かに首を横へと振った。
「気配を消すということは……どんなことが考えられるだろうか」
シルヴィアの疑問は俺も感じていたことだ。気配を消すということは、つまりどういう行動を取っているのか。また、精霊たちがそれをモンスターと認識している根拠はなんなのか。
「種族に関してはその気配で分かります。モンスターだけでなく、人間と山猫の獣人族もそれぞれ違いますから」
「ふむ。じゃあ、気配を消す行動について、何か心当たりは?」
「可能性はふたつあります。ひとつは大空を舞って山から遠く離れたか。そして、もうひとつは――」
山の精霊が説明を始めようとした直後、地面が揺れた。咄嗟に、俺はシルヴィアを抱き寄せる。
「な、なんだ!?」
「地震か!?」
「いえ……これは……」
宙に浮いている精霊たちには影響がないため、周りの様子をチェックしているようだ。
その結果、新たな事実が判明する。
「領主さん! 敵の詳しい居場所が分かりました!」
「えっ!? 本当か!?」
大きな揺れがなくなったので、俺たちも周りに視線を巡らせていたのだが――この揺れを起こしたと思われる存在は確認できなかった。揺れの規模から、かなり大型のモンスターだと思ったのだが。
「ど、どこにいるんだ?」
「下です! モンスターは地中を移動しています!」
「ち、地中!?」
それで今まで発見できなかったのか……しかし、そうなるとこちらから手を出すことができない。だからといって、このまま放っておくわけにはいかなかった。
「やるしかない……」
姿なき地中の敵をおびき出すため、俺は魔法を使う。
そう。
俺がもっとも得意とする無属性魔法だ。
「りょ、領主殿? 何をなさるおつもりですか?」
「ダイールさん……俺にできるのはこれしかないじゃないですか」
「っ! な、なるほど!」
どうやら、ダイールさんは気づいたようだ。
無属性魔法の中には、結界魔法と呼ばれるものがある。
長期間にわたって家を空ける時は、泥棒などの侵入を防ぐために仕掛けておくのが一般的で、中にはモンスターの出現を減らせる忌避剤のような役割を果たすものもある。
――だが、今回俺が放ったのはその逆。
モンスターをおびき出すための魔法だ。
ヤツが地中を移動するモンスターだというなら、討伐をするためにそこから引きずり出す必要がある。
「さあ……出てこい!」
俺が魔法を発動させた直後、再び大きな横揺れが発生。
それからすぐに、五メートルほど前方にある地面が大きく盛り上がった。
「あそこだ!」
声を出してみんなに知らせた瞬間、そこから地面を突き破って件のモンスターが姿を見せる。
正体は――超巨大なワーム型のモンスターだ。
頭と思われる部分は大きく裂けており、恐らく口としての機能も兼ね備えているのだろう。その口には無数に並ぶ鋭い歯があって、飲み込まれたら助かりそうもない。
「キイイイイイイイイイイイッ!」
耳障りな鳴き声(?)を発しながら、モンスターが襲いかかってくる。十メートル近い巨体でありながら、なんてスピードだ。避けるので精一杯だったぞ。
「あんな巨大なモンスターがこれまで姿を見せなかったとは……」
「たぶん、天敵がいなくなったからだと思います」
「天敵? ――あっ」
山の精霊の言葉に、俺は覚えがあった。
ワームの天敵といえば――鳥だ。以前、山猫の獣人族の村近くに巣を作った巨大怪鳥を討伐したけど……あいつがいたから、このワーム型モンスターは姿を現さず、地中で生活していたんだ。それがいなくなったものだから、こうして大胆に姿を見せるようになったってわけか。
「まさかそんな事情があったなんて……」
あくまでも仮説ではあるが、恐らく間違いないと思われる。
だったら、なおのこと俺たちで決着をつけないと。
「キシャアアアアアアアアア!」
ワーム型モンスターは口から毒液をまき散らしつつ、俺たちを潰そうと巨体を揺らして襲ってくる。
けど、その程度で臆するような軟弱者はこの中にひとりとしていない。
「ヤツの動きを止める! その間に攻撃を!」
「分かりました!」
「やってみせます!」
俺が重力魔法でワーム型モンスターの動きを封じている隙に、ダイールさんとレオニーさんが斬りかかる。ダメージを負ったモンスターは大きくふらついた。
「今だ! シルヴィア!」
「任せてくれ!」
トドメは勇ましく飛び上がったシルヴィア渾身の一撃が炸裂。ワーム型モンスターの長い胴体は綺麗に真っ二つとなった。
「キイイイイイッ……」
先ほどとは打って変わって弱々しくなった叫び声を上げ、ズシンと巨体を横たえる。
「ふぅ……これでこの辺りの脅威は消え去ったかな」
大きく息を吐いてから、勝利を確信――すると、
「あれ?」
倒れたモンスターへ視線を移すと、そこから少し離れた場所に何かを発見する。
「あれって……紅蓮牛!?」
探し求めていた紅蓮牛が全部で五頭も姿を現した。
しかし、こちらの存在に気づくと逃げるように去っていく。
「すぐに追おう!」
俺はみんなに呼びかけると、紅蓮牛が逃げた方向へと走りだした。
大慌てで追いかけたが、残念ながら姿を見失う。
「ど、どこに行った!?」
「そんなに遠くへは行っていないと思うのですが……」
ダイールさんは辺りを見回しながら言う。今日は雲もなく、月明かりは満遍なく山を照らしている。だから、比較的視界はいいのだが……それでも紅蓮牛は発見できなかった。
「くそぅ、また見失ったか……」
「領主さん」
「うん?」
どこかに手がかりはないかみんなで探していると、山の精霊が声をかけてきた。
「紅蓮牛ならあちらにいます」
「!? 分かるのか!?」
「気配で特定できるんですよ」
そういえばそうだったな。
なんて頼もしい存在なんだ。
「行こう、ロイス!」
「ああ!」
俺とシルヴィア、そしてダイールさんにレオニーさん、さらにオティエノさんの五人は山の精霊が示した場所へと向かって走りだした。
移動してみて気づいたのだが、その場所は山でありながら草原が広がっていた。真ん中あたりには小川も流れている。周りを大きな岩で囲まれているため、近づかなければその存在に気づけなかったのだ。
「こ、こんなところがあるなんて……」
ムデル族として長年この地に住んでいたオティエノさんでも、このような場所があるなんて知らなかったようだ。
開けた視界でありながら、「何か」が潜んでいそうな不気味さも兼ね備えているその場所を歩いていく。俺たちが地を踏みしめて歩く音以外は何も聞こえない静寂に包まれたそこに、探していた存在が姿を見せる。
「!? ぐ、紅蓮牛……」
ついに紅蓮牛を発見。
しかも一頭だけじゃない。
「む、群れ!?」
シルヴィアが驚くのも無理はなかった。
現れた紅蓮牛の数は、ザッと見積もっても五十頭はいる。あまりにも動きがなく、そして固まっていたため、ある程度近づくまでその存在を視認できなかった。
何より俺たちを驚かせたのは、その群れの先頭にいる紅蓮牛。
恐らく、彼がこの群れのボスなのだろう。
体格は他の個体と比べてひと回り以上大きく、額からはまるでユニコーンのように一本の長い角が天に向かって生えている。
その風格に、俺たちは思わず足を止めた。
威嚇をしているわけではないのだろうが……なんだろう。それ以上近づくのはためらわれた。神々しさとでも言えばいいのか――適切な表現が思い浮かばないけど、とにかくそこから先へは足が進まない。
すると、なんと向こうから近づいてきた。
それだけでも驚きなのに、山の精霊からさらに衝撃的な事実を教えられる。
「彼はあなた方に感謝しています」
「か、感謝?」
紅蓮牛が俺たちに感謝だって?
ど、どういうことなんだ?
「彼らもあの巨大モンスターには苦慮していたようです」
「あ、ああ、そういうことか」
どうやら、あのワーム型モンスターの標的になっていたらしい。
この流れなら……直接お願いできないだろうか。
俺たちの牧場へ来てほしい、と。
交渉をしようと一歩前に出た時、ふと群れの牛たちの健康状態に目が留まった。
今まではすぐに見失っていたりしてしっかりと確認はできなかったが……ひどく痩せているものが多い印象だ。もしかしたら、あまり食事をとっていないのか?
「ロイス? どうかしたのか?」
足の止まった俺を心配してシルヴィアが声をかけてくれた。
「い、いや……牛たちが痩せているなと思って」
「気づかれましたか」
真っ先に反応したのは山の精霊だった。
精霊たちは牛たちがなぜあんな風になっているのか理由を知っているらしい。
「……以前は、もう少し先の方まで草が生い茂っていたんです。それが徐々に狭まってきていて」
「えっ?」
それじゃあ……十分に食事ができていないというわけか。
恐らく、草原が狭まってきている理由は――先ほどのワーム型モンスターだろう。底なしの食欲を持つあの手のモンスターだ。地上で獲物を捕食するだけにとどまらず、地中の栄養素も吸収していたのだろう。よく、ワーム型モンスターが出現した土地は荒れ果てると聞いていたが、ここもあと一歩でそうなっていた可能性もある。
……そうか。
さっき山の精霊が言っていた、「苦慮している」というのは、獲物として標的になっているというだけでなく、彼ら紅蓮牛にとって必要不可欠な草原が失われつつあるという意味も含まれていたのだ。
だったら、尚更俺たちの運営する牧場への移住を進めたい。
あそこはここよりもずっと広大な草原が広がっているし、何より一切の危険がない。
それを伝えようと、改めてボスの前に立つ。
山の精霊曰く、ボスは人間の言葉を理解できるらしい。
近づいてみて分かったのだが、ボスの額から生えている角からはわずかに魔力を感じることができた。明らかに通常種とは異なる……これもまた、品種改良の影響か。
緊張している俺に対し、紅蓮牛のボスは何も言わない。
ただジッと青い瞳でこちらを見つめている。
一度深呼吸を挟み、心を落ち着かせてからゆっくりと語りかけた。牛としてではなく、同じ仲間たちを束ねる存在として、対等な気持ちで接した。
「俺はこの霊峰ガンティアを含むジェロム地方の新しい領主で、ロイス・アインレットと言います」
思わず敬語になってしまうが、そうしなければいけないと思わせるくらい、目の前の紅蓮牛には歴戦の勇士に匹敵する風格が備わっていた。
「あなた方の悩みを解決します。――俺たちの運営する牧場へ来ませんか? ここよりも大きな草原と綺麗な小川がありますし、安全も保障できます」
俺は彼らにも伝わりやすいよう、言葉を選んで話を続けた。
もちろん、あとで誤解がないように牧場として運営する以上、分けてもらうものについてもきちんと言っておく。
それらを踏まえた上での彼の返事は――山の精霊を介して伝えられた。
「領主さん」
「ど、どうだって?」
「紅蓮牛たちも、領主さんの運営する牧場に移住を希望すると言っています」
「!? ほ、本当!?」
巨大ワーム型モンスターによって、もともと住んでいた草原が枯れ果てようとしていることが一番の要因だという。
「ありがとう!」
俺は紅蓮牛たちに向かって礼を述べる。
「牛に礼を言うなんてね」
「分け隔てなく、あらゆる者へ誠意を持って接する――そこが、領主殿のいいところなんですよ」
「そうだ。私もロイスのそういうところを尊敬している」
真っ直ぐな笑みを浮かべながらシルヴィアにそう言われると、さすがに照れる。こればかりはなかなか慣れないな。
ともかく、紅蓮牛たちに直接話をして、移住の快諾を得た。
同時に、無属性魔法の中に他の生物との会話が可能となる通訳魔法があったと思い出したので、またユリアーネの書店に行かないと。
やれやれ……領主としての生活は、また一段と忙しくなりそうだ。
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