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第301話 和解

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 シルヴィアの父であるラクロア家当主に、婚約者である俺も挨拶しなくてはと前に出る。

「あ、あの――」
「君がロイス・アインレットか」
「っ! は、はい!」

 逆にこちらの名前を先に呼ばれてちょっと動揺する――が、すぐに立て直して深々と頭を下げた。

「あ、改めまして……はじめまして、ロイス・アインレットです」
「よく来てくれた。楽にしてくれていい」
「あっ、は、はい」
 
 な、なんだ?
 もっとこう……「何しに来たんだ!」くらい言われるかと思ったが、想定していたよりもずっと物腰が柔らかだ。

「お体の調子はいかがですか?」
「最近はまともに起き上がれない日もあったが、今日は良い方だ」

 ふと視線をベッドの脇に移すと、そこには車椅子があった。どうやら、足を悪くされているようだ。
 そこから少し沈黙が続いたが、それを破ったのは意外にもジェレミー様だった。

「ジェロム地方での生活はどうだ?」
「えっ?」
「あそこは最果ての地という噂も聞く。何かと不便ではないか?」
「い、いえ、ロイスの無属性魔法のおかげで特には……領民も増えてきましたし、村も大きくなりました」
「ほぉ……興味深いな。詳しく聞かせてもらおう。――ああ、それと、近頃は耳も悪くなってきてな。すまないがもう少しこちらへ寄ってはくれないか」
「わ、分かりました」

 ジェレミー様の要望に応えるため、シルヴィアはベッドへと近づいていく。周りにいた使用人たちが急いで椅子を用意し、そこへ腰かけるとこれまでの経緯を語り始めた。

「驚いたな……」

 俺のすぐ横に立っていたマーシャルさんがそう口にする。

「何がですか?」
「父上がシルヴィアにあそこまで穏やかに接するとは……想像を絶する光景だ」
「そ、そんなにですか?」

 正直、俺には仲の良い親子にしか映らない。
 けど、思い返してみれば、シルヴィアと俺の婚約はもともと政略結婚という意図が隠されていた。それを仕掛けた親なのだから、普段どのように娘と接していたのか、想像に難しくはない。

 しかし、今のふたりからはそういった気配を微塵も感じないのだ。
 間違いなく、当主であるジェレミー様に大きな心変わりができている。それも、これまでに例がないくらいほどの。

 ――ただ、今はこれまでにできた溝を埋めるがごとく会話を楽しんでいるふたりの邪魔をしてはいけないと、しばらく見守ることにしたのだった。
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