2 / 58
プロローグ 命、燃ゆる日
02 生まれ変わるモブメイド 後編
しおりを挟む
気づいた時には既に手遅れでした。
「お逃げ下さい、ヴァイオレッタ様。早く!」
「無理よ、この炎。逃げ場はないわ。あなた達こそ逃げなさい」
皆が寝静まった満月の夜、屋敷は灼熱の炎に包まれていたのです。王宮より追放された後、屋敷にて主に仕えていた百人のメイド達も、いつしか十名前後に減ってしまっていました。この先がないと判断したメイド達が侯爵家から逃げ出したのかもしれません。
避難を促すメイド達を振り切り、彼女は玄関とは逆方向、自身の部屋へと閉じ籠ってしまいます。
このとき自身の最期を悟った彼女は、最期は思い出の部屋で生涯を終えたかったのかもしれません。燃え広がる焔は、部屋のすぐ外へ迫っていた。壁に飾ってあった肖像画。幼い頃の王子とヴァイオレッタ、二人を描いた絵を眺めていた時、背後からの物音に気付き振り返る侯爵令嬢。
「あなた、どうやって」
「えへへ、ヴァイオレッタ様なら最期は此処に来るかなって、ベッドの下に隠れてました」
ヴァイオレッタ……いや、ヴァイオレッタ様が知っている訳はない。何の特徴もない黒髪のメイドは、100人居たメイドの中の88番目。悪役令嬢と呼ばれようが、誰かに疎まれようが、ずっと彼女に仕えて来たモブメイド。それがわたし。
「あなた、ワタクシの思考を読んだと言うの?」
「だって、わたし。ヴァイオレッタ様のメイドですから」
「あなたは確か……」
「え、あ! いいんです。わたしなんて御父上であるご主人様に雇われた88番目ですから! ヴァイオレッタ様も忘れていて当然……」
この時、部屋の窓が割れ、爆風と共に、硝子が飛散する。部屋は焔に包まれ、わたしはベッドに倒れ込んたヴァイオレッタ様の上へ折り重なってしまいます。
「逃げなくていいの?」
「ええ。わたしの心は最期までヴァイオレッタ様と共にあります」
「そう……ワタクシにもワタクシを慕ってくれる者がちゃんと居たのね」
もう少し早く気づくべきだったわ……という声を残し、そのままヴァイオレッタ様はわたしに折り重なったまま、顔を近づけて来ます。死の直前だというのに……こんな幸せな事があっていいのでしょうか?
「あなたにお仕え出来て幸せです。もし生まれ変わっても、ヴァイオレッタ様への想いが消える事はありません」
「そう……ありがとう……×××」
温かなヴァイオレッタ様の感触。この温もりを一生忘れる事はありません。
これが、ヴァイオレッタ様をずっと傍で見て来たわたしの記憶――
そして、爆音と共に、視界は暗転し――
★★★
「――ヴァイオレッタ様、ヴァイオレッタ様!」
白い天蓋に囲まれたベッドが視界に映る。
ぼんやりした景色の向こう、銀髪のメイドがベッドの前でわたしへ向かって声をかけていた。
「もう朝……?」
「寝ぼけているのですか?」
「あれ、わた……そうか」
身体を横にすると、全身鏡に艶やかな紫髪とキレ長の紅い瞳。桃色レースのネグリジェに身を包んだ自身の姿が映っている。そうだ。あの日、わたしはヴァイオレッタ様の屋敷で命を落とした。次に目を覚ました時、わたしは何故かヴァイオレッタ様になっていたのです。
身体を起こし、わたしはヴァイオレッタとして、第一メイド、ローザへ話しかける。
「おはよう、ローザ。ワタクシは昔の夢を見ていたようですわ」
「そうですか。何やら途中うなされていたみたいですが」
「心配には及びません。ワタクシの辞書に恐怖という言葉はございませんの」
「それはよかったです。お食事の準備が出来ております故、食堂へお越しください」
「ええ。わかったわ」
ローザが部屋を出た後、全身鏡の前へ立つわたし。
そう、これは88番目のモブメイドだったわたしが、悪役令嬢ヴァイオレッタ様として、二度目の人生を送る物語。
――憧れのヴァイオレッタ様、わたしはあなたを死なせる訳にはいきません!
「お逃げ下さい、ヴァイオレッタ様。早く!」
「無理よ、この炎。逃げ場はないわ。あなた達こそ逃げなさい」
皆が寝静まった満月の夜、屋敷は灼熱の炎に包まれていたのです。王宮より追放された後、屋敷にて主に仕えていた百人のメイド達も、いつしか十名前後に減ってしまっていました。この先がないと判断したメイド達が侯爵家から逃げ出したのかもしれません。
避難を促すメイド達を振り切り、彼女は玄関とは逆方向、自身の部屋へと閉じ籠ってしまいます。
このとき自身の最期を悟った彼女は、最期は思い出の部屋で生涯を終えたかったのかもしれません。燃え広がる焔は、部屋のすぐ外へ迫っていた。壁に飾ってあった肖像画。幼い頃の王子とヴァイオレッタ、二人を描いた絵を眺めていた時、背後からの物音に気付き振り返る侯爵令嬢。
「あなた、どうやって」
「えへへ、ヴァイオレッタ様なら最期は此処に来るかなって、ベッドの下に隠れてました」
ヴァイオレッタ……いや、ヴァイオレッタ様が知っている訳はない。何の特徴もない黒髪のメイドは、100人居たメイドの中の88番目。悪役令嬢と呼ばれようが、誰かに疎まれようが、ずっと彼女に仕えて来たモブメイド。それがわたし。
「あなた、ワタクシの思考を読んだと言うの?」
「だって、わたし。ヴァイオレッタ様のメイドですから」
「あなたは確か……」
「え、あ! いいんです。わたしなんて御父上であるご主人様に雇われた88番目ですから! ヴァイオレッタ様も忘れていて当然……」
この時、部屋の窓が割れ、爆風と共に、硝子が飛散する。部屋は焔に包まれ、わたしはベッドに倒れ込んたヴァイオレッタ様の上へ折り重なってしまいます。
「逃げなくていいの?」
「ええ。わたしの心は最期までヴァイオレッタ様と共にあります」
「そう……ワタクシにもワタクシを慕ってくれる者がちゃんと居たのね」
もう少し早く気づくべきだったわ……という声を残し、そのままヴァイオレッタ様はわたしに折り重なったまま、顔を近づけて来ます。死の直前だというのに……こんな幸せな事があっていいのでしょうか?
「あなたにお仕え出来て幸せです。もし生まれ変わっても、ヴァイオレッタ様への想いが消える事はありません」
「そう……ありがとう……×××」
温かなヴァイオレッタ様の感触。この温もりを一生忘れる事はありません。
これが、ヴァイオレッタ様をずっと傍で見て来たわたしの記憶――
そして、爆音と共に、視界は暗転し――
★★★
「――ヴァイオレッタ様、ヴァイオレッタ様!」
白い天蓋に囲まれたベッドが視界に映る。
ぼんやりした景色の向こう、銀髪のメイドがベッドの前でわたしへ向かって声をかけていた。
「もう朝……?」
「寝ぼけているのですか?」
「あれ、わた……そうか」
身体を横にすると、全身鏡に艶やかな紫髪とキレ長の紅い瞳。桃色レースのネグリジェに身を包んだ自身の姿が映っている。そうだ。あの日、わたしはヴァイオレッタ様の屋敷で命を落とした。次に目を覚ました時、わたしは何故かヴァイオレッタ様になっていたのです。
身体を起こし、わたしはヴァイオレッタとして、第一メイド、ローザへ話しかける。
「おはよう、ローザ。ワタクシは昔の夢を見ていたようですわ」
「そうですか。何やら途中うなされていたみたいですが」
「心配には及びません。ワタクシの辞書に恐怖という言葉はございませんの」
「それはよかったです。お食事の準備が出来ております故、食堂へお越しください」
「ええ。わかったわ」
ローザが部屋を出た後、全身鏡の前へ立つわたし。
そう、これは88番目のモブメイドだったわたしが、悪役令嬢ヴァイオレッタ様として、二度目の人生を送る物語。
――憧れのヴァイオレッタ様、わたしはあなたを死なせる訳にはいきません!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
59
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる