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第一幕 モブメイド令嬢誕生編

07 童顔王子の本音

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「アイゼン・アルヴァート様。こんな屋敷へお一人で。どうなされたのですか?」
 
 庭園の入口付近で第ニメイドのグロッサがこちらの様子を窺いつつ一礼している。成程、屋敷を訪れたアイゼン王子をグロッサが此処まで案内したらしい。

「それはこちらの台詞だ! 僕は言った筈だ。ヴァイオレッタ! 僕はあなたと兄さんの事をまだ認めていないと!」
「認めようが認めまいが、ワタクシは幼い頃からクラウン王子と許嫁の関係ですわよ? 今更変えようがない事実ですわ」

 成程、生前の記憶を辿るに、ヴァイオレッタを認めていない節は見て取れたが、こうして直接物申しに来て居たとはモブメイドも知らない事実だったわね。

 ふふふ。いつもならヴァイオレッタに何か動きがあれば、遠くから見守っている88番目のモブメイドだったが、選抜試験の事を言い渡されたこの日はそれどころじゃなかった……という訳ね。

「どうせ、その艶めかしい身体で兄さんを誘惑したぶらかしたんだろう! 許せないぞ、ヴァイオレッタ」
「へぇ~。第ニ王子様、言ってくれますわね」

 アイゼンのあまりの言い分にワタクシも思わず口角があがってしまいますわね。何やらモブメイドの魂が、ワタクシの脳内で『ヴァイオレッタ様は、そんな破廉恥じゃありませんから~~!』と騒いでいますわ。心配要りません事よ。第ニ王子は来週で十六歳。ヴァイオレッタとクラウン王子は現在十八歳。経験が違うのよ、経験が。

「どうだ、何も言い返せないだろう? そんな誰にでも美貌を振り撒くような女、認める訳には……」
「ねぇ、アイゼン。さっきからどこを見ているのかしら?」

「なん……だとっ!?」
「なんだ、気になるのなら、触ってもいいのよ?」

 明らかにワタクシの胸へと視線が向かっていたため、王子を優しく手招きしてあげる。まるで甘い蜜に誘われた蝶のように、近づいて来る王子。きっと、この子は経験が足りないだけ。可愛らしい容姿をしているから、つい揶揄からかいたくなるのよね。

 嗚呼、いけないわ。きっと、ヴァイオレッタだったら、視線が注がれていた時点で激怒し、追い返していたかもしれないわね。でも、それじゃあいけない事を知っている。この子にワタクシを認めさせないと、破滅エンドへ一歩近づいてしまうから。

「そ、それが誘惑だと言うんだ! やっぱりな! 本性を現したな魔性の女」
「ふふふふふ……あははははは!」

 突然ワタクシが笑い出した事に明らかに動揺するアイゼン王子。そのまま無防備に立っていたなら、彼の手はワタクシの果実へと触れていたのかしら? その時点で悲鳴でもあげれば、彼の人生詰んでいたかもしれないわね。まぁ、そんなことはしないんだけど。

「な、何が可笑しい!」
「アイゼン王子。やっぱりあなたはまだ子供ね」

「なんだと!?」
「あなたが尊敬するクラウンは、この程度の誘惑、かるーく受け流した上でワタクシを掌で転がそうとして来たわよ?」

「くそっ、はかったな?」
「まぁ、こんな簡単に釣られるとは思っていなかったけど。ワタクシの身体に魅力を感じてくれていたという事ですわよね? その気持ちは有難く受け取っておくわ」

「そ、そんなんじゃないからなっ!」

 何これ……子供の頃の嫌いは好きの裏返し? ……まさかね。

 そんな事を考えていると、何故かアイゼンが下を向き、両拳を震わせている。あら、怒らせてしまったかしらね?

「……いつもそうだ。兄さんと違って僕は子供扱い。兄さんもフィリーナもヴァイオレッタも、皆、僕を一人前の男として見ていないんだ!」

 下を向いたままの王子が、ワタクシから背を向け、その場を立ち去ろうとしたため、ワタクシは彼の手を掴み、引き留める。彼の様子を見て腑に落ちた。そういう事か、と。彼はヴァイオレッタを敵視していた訳ではないのだ。むしろ兄と比較される自分自身に劣等感を感じて悩んでいたんだろう。

(中途半端な優しさは時に相手を傷つけるとして、他者を突き放すような態度を取っていた、生前のヴァイオレッタ様は気づけなかったかもしれない) 

「何だよ、離せ!」
「離しませんよ、王子。一人前として見て貰いたいんなら、もっと堂々として居なさい。ワタクシのような女一人、扱えないようでは、貴族社会で生きていけませんわよ? アイゼン。あなたにだって得意なものがあるでしょう?」

 確か彼は魔法が得意だった筈。体内に流れる魔力と大地に眠る自然エネルギーとを呼応させる事で、発動することの出来る魔法。日々の鍛錬で身につける事が出来る剣術や武道と違い、魔法は、魔力が無いとそもそも使えないし、魔力を持っていても魔法として行使するセンスや技術が必要となる。

 実際、兄であるクラウンは、剣術はこの国で一位二位を争う程の強さを誇るが、魔法に関しては掌から火の球を出す程度の初級魔法しか扱えない。

「強いて言うなら……氷魔法」
「氷魔法、あるじゃないですか? 兄さんにも勝てる得意なものが」

 下を向いたまま、そう呟いたアイゼン王子の両頬へ手を添え、無理矢理こちらを振り向かせる。驚くアイゼンへ向け、微笑んでみせると視線を逸らせない彼の頬がみるみる紅く染まっていく。
 
「お、おい。ヴァイオレッタ?」
「ワタクシに考えがあります。来週迎えるあなたの誕生日パーティ。王子様には〝氷の神童〟としてデビューして貰います!」
「なんだって!?」

 ふふふ。童顔の王子が驚く顔も可愛らしいわね。これはヴァイオレッタとしての率直な意見よ。

 ええ、脳内で悶えているモブメイドは関係ないわ。


――ヴァイオレッタ様~~この童顔王子、めちゃめちゃ可愛いじゃないですかぁあああ! (byモブメイド)
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