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第ニ幕 王宮生活編

28 まさかの遭遇!?

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 スイーツ女子会というイベントを終え、ワタクシ達は一旦エプロン姿から元の衣装ドレスへ着替えるために、自室へと戻る。厨房と食堂のある広間を抜け、お城の回廊から王族の者が生活している北側のフロアへと移動し、上階へと上がっていく。

 安全面を考慮して、王子達の住んでいるエリアは、階段ひと続きでは辿り着けない仕様となっている。尚、貴族会議のある部屋や、王子が普段仕事をしている執務室があるフロアとは別だ。

 そして、更に上階へ続く階段を上り、三階の回廊へ辿り着こうとしたところで、柱へ身を隠し、王子の部屋の様子を窺っている二人のメイドの姿が見えた。あれは、水色髪の寡黙なメイド――ナンバースリーのブルームと……黒髪のモブメイド――ナンバー88って〝わたし〟!?

 背後からのワタクシの視線に気づいたブルームと〝わたし〟。ワタクシはすぐに二人を階段の踊り場へ手招きする。

「あんなところで何をしていたの?」
「ヴァイオレッタ様、例ノ任務、継続中」

 ワタクシの問いに素早く応えるブルーム。確か彼女はお菓子作りをしている際、引き続き怪しいメイドを監視するようにと命令していた筈。ワタクシの視線は自然に現在の〝わたし〟へ向けられるが……。

「ヴァ、ヴァイオレッタ様!? わたしは怪しい動きをしていた訳ではないのです。たまたま厨房でお見かけした王宮のメイドさん・・・・・・・・の一人が、人目を気にしながら王子の部屋へ入っていくのを見てしまいまして」
「なんですって!?」

 どうやら、ワタクシや王子のお部屋があるこのフロアへ入っていく様子を見かけ、モブメイドの〝わたし〟は気づかれないよう後をつけたんだそうだ。そして、この回廊へ辿り着いた際、同じく監視役を担っていたブルームと合流した。こういう流れらしい。

 その王宮メイドは、厨房の洗い場を担当していた王宮の所謂モブメイド。たまたま厨房でニ、三、会話をしたタイミングがあったらしい。自身と同じ黒髪と真ん丸な黒い瞳だった彼女がなんとなく気になったんだそう。その気持ちはよく分かる。ワタクシも〝わたし〟と同じ立場ならば、同じモブメイド仲間を増やそうと彼女へ声を掛けたに違いないからだ。

 しかし、一度目の王宮生活では、王宮のモブメイド・・・・・・・・が王子の部屋へ入る現場など目撃していない。ワタクシがヴァイオレッタとして、前回と違う行動をした事によって歴史が変わっている?

 王子の部屋の前には警備の兵士が一人立っている。まぁ、兵士一人くらい、ワタクシの立場なら、どうとでもなるわね。

「二人共、此処はワタクシに任せて先に戻りなさい。ワタクシがなんとかします」

「御意」
「わ、わかりました!」

 颯爽と回廊を降りるブルームと、慌てふためいた様子でブルームの跡を追う〝わたし〟。〝わたし〟はきっと、憧れのヴァイオレッタと話せただけで今日は満足なんじゃあないかしら?

 気を取り直して、自室へ向かう振りをして回廊を進む。近づいて来るワタクシに気づいた警備の兵士がワタクシへ向かって敬礼する。敢えて、まだ着替える前の簡素なドレスとエプロン姿でワタクシは兵士へ話しかける。

「ご苦労様。ちょっと王子に用があるんだけど、いいかしら?」
「は! ヴァイオレッタ様。今王子は取り込み中でして、誰も通すなと言われております」

「あら? 婚約者・・・であるワタクシが、王子の部屋へ入ったら駄目なんてことはないわよね?」
「勿論でございます。ですが、今はタイミングが悪く……」

「それとも、王子に何かやましいこと・・・・・・でもあるのかしら?」
「いえ、そんな事は……」

「失礼するわね」
「ヴァ、ヴァイオレッタ様!」

 半ば強引に兵士を跳ね除け、王子の部屋の扉を思い切り開く。なるべく元気に声高々に。部屋へ響き渡る声でワタクシは王子の名前を呼ぶ。

「クラウン~! 居るんでしょう? フィリーナ王女とさっきアップルタルトを作ったの。王子の分も作っておいたから、一緒に食べようと思って来たのよ~? って、あら? あなたは?」

 王子はいつものソファーに座っていた。隣で明らかに王子と密着しようとしていた王宮のモブメイド。突然の闖入者に驚いた様子のモブメイドは、何事もなかったかのように慌てて立ち上がる。

「クラウン王子様。お部屋の掃除も終わりました故、私はこれで失礼します」
「う、うむ。そうだな」

 メイド服を整え、そそくさと立ち去ろうとするモブメイド。軽く会釈し、ワタクシの前を通り過ぎようとしたところで、素早く部屋の扉を閉め、ワタクシは下を向いていたモブメイドの顔を覗き込む。

「あなた、王宮のメイドさん? 王子の部屋の掃除を任される程、序列は上なのかしら? あまりそうは見えないのだけれど」
「いえ……私はたまたま頼まれただけですので」

「へぇー、頼まれた? 誰に?」
「俺が頼んだのさ、ヴァイオレッタ。彼女の掃除が上手いという評判を聞いてね、俺が直々に頼んだという訳さ」

 王子がワタクシとメイドの間に割って入ろうとソファーから立ち上がるが、それ以上近づくなと王子を制止するワタクシ。

「それにしては、さっき入室した際のクラウンとこのメイドの距離感が近かった気がするのよねぇ~。気のせいかしら?」
「気のせいに決まっているだろう」
 
 そう、あくまで白を切るという訳ね。それならば、ワタクシはワタクシのメイド達から得た情報を基に追及するまでよ。

「私はただのメイドです。これにて失礼します!」
「待ちなさい。あなた。ずっと前から、ワタクシを視ていた・・・・わよね? どうして?」

 真ん丸な黒色の瞳。何か既視感をずっと感じていた。アイゼン第ニ王子の誕生日パーティ。クラウン王子とのサプライズデート。星降祭ステラフェスタ。フィリーナ王女とのお菓子作り。思えば、毎回感じていた視線は彼女からの視線だったのだ。そして、この曇りのない真ん丸な瞳には憶えがあった。瞳の色はあのとき・・・・とは違う。でも……この瞳は……。

「気のせいではないですか?」
「視線を逸らしても無駄よ。ワタクシを誰だと思っているの? それに、ワタクシの噂を知らないの? 『クイーンズヴァレー王国で謀略を諮るならば、悪役令嬢ヴァイオレッタ様へお伺いを立てよ』ってね」

 このメイドはただのメイドではない。ワタクシの直感がそう告げていた。やがて、観念したのか、王宮のモブメイドは一歩、二歩後退りし、ゆっくりと息を吐く。

「流石、ヴァイオレッタ侯爵令嬢様。その名声は隣国にまでとどろいております。ヴァイオレッタ様の前では、最早素性を隠す必要はないかもしれませんね」

 そう告げた王宮のモブメイドは、自身の顔へ手を翳す。掌から淡い光が放たれると、そっと掌を顔から離した彼女。今まで黒い瞳だった彼女の瞳は、くるりと睫毛を回転させた橙色の瞳へ、そして、黒髪のかつら・・・を脱いだ彼女の頭には、橙色のウェーブがかった髪が靡いていた。

「あなたは……!?」
「ミュゼファイン王国第一王女――マーガレット・ミュゼ・クオリアと申します」

 王宮のモブメイド――彼女の正体は、生前ヴァイオレッタから王子を奪った泥棒猫・・・――マーガレット王女、その人だった。
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