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38話・父への謝罪

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 俺は無意識のうちに母さんが帰ってくるのを待っていた。

 気付いたのは、ミノリちゃんに抱きついたことを思い出していた時。台所に立つ彼女の後ろ姿にすごく惹かれた。ミノリちゃんが好きだからというのもある。それ以上に、在りし日の母さんの面影を彼女に重ねていた。

 ──たぶん、甘えたかったんだと思う。

 ミノリちゃんから強烈な肘鉄を喰らって「ああ、やっぱり拒絶された」と妙に腑に落ちた。母さんに縛られていた気持ちが少しだけ軽くなったと同時に泣きたくなった。

「こんな体質に生まれたせいで母さんが辛い思いをした。俺がいなけりゃ母さんはまだこの家に居たかもしれないのに」

 小さい頃、毎日毎日日焼け止めを全身に塗ったり長袖を着るのが面倒で怠けたのは俺だ。その度に顔や腕が真っ赤に焼けて水ぶくれが出来た。医者に怒られるべきは母さんじゃなく俺だった。
 学校でも、先生にハッキリ言えばよかった。前の担任や保健室の先生に聞け、と言えずにいた。その結果、母さんに矛先が向いた。
 じいちゃんもばあちゃんも俺には優しかったから、裏で母さんを悪く言ってるのを知っても何も言えなかった。

 俺が母さんをこの家から追い出してしまった。今になって思えば後悔ばかりだ。

「違う。オレがあいつを守ってやらんかったから、あいつは愛想を尽かして出て行ったんだ。息子おまえのせいじゃない」

 当時は親父も辛かったと思う。自分が同席していれば担任も医者も祖父母も悪いことは何も言わない。だから親父も最初は信じられず、母さんの被害妄想だと軽く考えていた。偶然直接耳にして初めて親父は怒り、実家に寄り付かなくなった。その頃にはもう手遅れだった。

「母さんは今どうしてる?」
「六年前に再婚した。子どもも生まれた、と」
「そっか」

 俺と親父の間で、母さんの話は禁句となっていた。話題にすることが怖かった。あんなに知りたかった母さんの現在いまは、聞けばあっさり教えてもらえた。親父は別に隠していたわけじゃない。俺が真実を知るのが怖くて聞けなかっただけだ。

「あのさ、俺、今まで家から離れちゃダメだって思い込んでたんだ。馬鹿だよな、親父からそう言われたことなんか一度もないのにさ」

 心の何処かで、いつか母親が帰って来てくれるんじゃないかと期待していた。でも、再婚したなら絶対無理だ。有り得ない。今頃どこかで新しい家族と幸せに暮らしているんだろう。厄介者の俺なんか忘れて。

「俺、家を出るよ。住み込みで働ける仕事探す」
「……そうか」

 本当はずっと分かっていた。田舎で働ける場所がないのなら、職のある場所に移り住めば良いのだと。無意識のうちに家から通える場所だけを探していたからダメだったんだ。

 こんな田舎町ではなく、もっと大きな街に行けば夜間だけの仕事が幾らでもある。職場の近くに寮があれば車が無くても無理なく通える。勉強は出来ないし資格も持ってないけど、何でもやって取り返してやる。

「だから、親父はもっと家に帰ってこいよ」

 長距離トラックの運転手をしている親父は家には月に一、二度くらいしか帰ってこない。俺の顔を見れば、つい小言を言ってしまうからだ。今回連絡したらすぐ帰ってこれたように、本当は頻繁に地元に帰ってきている。おそらく会社の仮眠室かトラックで寝泊まりしていたんだろう。親父も若くない。そんな生活では身体を壊してしまう。

「馬鹿が。いっちょ前に気ィ使いやがって」
「長いことごめんな、親父」
「そういうセリフは勤め先が決まってから言え」
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