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本編

60話:運命は誰かの采配で作られています 1

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 披露宴が行われている大広間。
 上着の袖についたシミを取るからと給仕係の女性に言われ、ローガンは側にある控え室へと通された。

「シミが取れましたらお持ちしますので、しばらくこちらでゆっくりしていらしてください」
「わ、分かった」

 ここはパーティーの合間に休憩するための場所で、大広間の周りには幾つもある。中にはソファーとテーブル、奥には衝立ついたてがある。簡単な着替えや化粧直しが出来るように、だ。

 賑やかで煌びやかな大広間から扉一枚隔てただけで、どうしてこうも落ち着くのだろう。
 ローガンは大きな溜め息を吐き出しながら、どかっと手前のソファーに腰を下ろした。会場で見掛けたラシオスとフィーリアの姿を思い出し、片手で顔を覆う。

 あの事件さえなければ、自分もあんな風に婚約者と並んで笑顔で参加出来たのだろうか。隣国の王子の結婚を心から祝えたのだろうか。誰も恨むことなく、妬むこともなく、穏やかでいられたのだろうか。
 こういった祝いの場では、普段気にしないように努めていた孤独をより強く感じてしまう。

「切ない……」
「ああ、まさにそんな気分……えっ!?」

 突然聞こえてきた小さな呟きが心情を的確に表していて、ローガンは思わず同意した。
 しかし、見回してみても室内には誰もいない。
 空耳か?と思い、起こしかけた身体を再びソファーに預け、首を傾げていると、何処からか啜り泣くような声が聞こえてきた。



──やはり誰かいる。



 ローガンはそっと立ち上がり、もう一度室内を見回した。控え室はそんなに広くない。ソファーは壁に背を付けている。余計な家具もない。身を隠す場所があるとすれば、奥の衝立の裏くらいだろう。

 分厚い絨毯が足音を消してくれる。
 息をひそめて忍び寄り、そっと衝立の向こう側を覗き込むと、一人の令嬢が床に座り込んで小さな本を読んでいた。

 ローガンが同じ室内にいることに気付いてないのだろう。彼女は真剣な表情で本を見つめている。
 その横顔が、在りし日の婚約者を思い出させた。





「……トリスティナ?」





 流石に、近くで声を掛けられれば気付く。
 夢中で本を読んでいた令嬢は、慌てた様子で顔を上げ、キョロキョロと辺りを見回し、そして、衝立の陰から顔を覗かせているローガンを見つけた。

「ひゃわっ、ど、どちら様ですか!」
「あ、済まない。誰もいないと思って」

 絨毯の上とはいえ、床に座り込んでいるところを目撃されて令嬢は狼狽えた。慌てて身体を起こそうとするが、しばらく座っていたせいで立ち眩みがしたのだろう。彼女はバランスを崩し、咄嗟に前に出たローガンの胸元に抱き着くような体勢となった。

「アッ申し訳ありません! 大変失礼を……」
「いや、貴女が怪我をしなくて良かった」

 そう答えながら、ローガンは自分にしがみついたまま固まっている令嬢を見下ろした。

 顔立ちは違うが、髪の色が似ている。
 何より本に夢中になっている姿が重なった。
 そっと手を伸ばし、綺麗に結われた明るい栗色の髪に触れた。






 最後の姿は見せてもらえなかったが、トリスティナは身を投げる直前に髪を切られたという。






「……ッ」

 それを思い出し、ローガンは嗚咽を漏らした。
 申し訳なさで動けずにいた令嬢も、何事かと思って顔を上げた。間近で同じ年頃の男性が涙を流す姿を初めて見て、彼女はこれまでの人生で一番驚いた。

「あああああのっ、大丈夫ですか!? 私、もしかして足とか踏んでしまいました? ああ、どうしましょう!!」

 赤くなったり青くなったり、バタバタと慌てふためく令嬢が死とは対極の存在に思えて、ローガンは更に涙を零した。
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