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69話・対話

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 タバクさんを呼び出したのは僕(ということになっている)なのだから、こちらから話題を振らないと不自然だ。まずは当たり障りのないことから尋ねていく。

「今組んでる方たち、強いんですか?」
「まあまあかな。第四階層のモンスター相手にゃ少し苦戦するが倒せないこともない」

 第一から第三階層までと違い、第四階層のモンスターは攻撃力や防御力、素早さが格段と上がり、並の腕や装備では立ち行かない。先ほど食堂で見掛けたタバクさんの仲間たちは大きな怪我をした様子はなかった。腕が立つ冒険者なのは間違いない。

「オクトに来てから知り合ったんですよね?」
「そ。一緒にメシ食ってるうちに意気投合してさ。仲間に加えてもらったってワケ」
「タバクさんて誰とでもすぐ仲良くなれますよね。すごいと思います」

 その場限りの付き合いならともかく、生半可な気持ちでパーティーを組むなんてできない。共にダンジョンに潜る仲間に実力が伴わなければ自分の身が危うくなるからだ。話が合うくらいでは組めない。恐らくマージさんのように相手の力量を測っているのだろう。

 そもそも、誰かとすぐに仲良くなれること自体がすごいことなのだ。僕は気弱で自分から声をかけるのは苦手だし、ゼルドさんに至っては口数が少なく話しかけても相手が怯んで逃げてしまう。人付き合いがうまく社交的なタバクさんは尊敬に値する。

「大穴の向こうには行きました?」
「いや、今回は底に降りた時点で断念した。縄はしごの設置がうまくいかなくて苦労したよ」

 第四階層にある大穴は、まず一旦降りてから向こう岸に登り用の縄はしごを取り付けねばならない。ゼルドさんは一発で設置していたけど、あれはかなりの腕力を要する作業だ。

「次は大穴を越えて先に進みたいが、なかなかうまくいかねぇもんだな。今回も水と食いモンが足りなくなっちまってさ」

 昨夜帰還報告する際そうこぼしていたのを聞いた。彼らの場合、全員が戦うわけだから各々自分用の物資を持って探索をする。あまり大きな荷袋を担いでいたら満足に戦えない。従って持参する物資も必要最低限となる。少しでも配分を誤れば探索が続けられなくなってしまう。

「ライルたちはどんな感じ?」
「物資は足りているんですけど、第五階層手前で引き返してます」

 僕たちは踏破したいわけではないので、無理をして先に進もうとは思わない。最近の探索の目的は『対となる剣』を見つけるため。先に進むより第四階層で宝箱を探すことに重点を置いていた。
 今日タバクさんから『対となる剣』を買い取れば、もうオクトのダンジョンに潜る必要はない。

第五階層手前そんなとこまで行ってんのに水と食料に余裕があるのか。どうやってんの?」
「第四階層手前まで一気に駆け抜けてるんです。大体半日くらいで着くので、休憩する回数も少なく済むんです」
「うちのメンツに真似できるか微妙なとこだが、次はそうやってみるか」

 やはりパーティーリーダーはタバクさんのようだ。もともと三人組で活動していたパーティーに後から転がり込んだ立場なのに既に仕切る側に回っている。冒険者の上下は年齢ではなく強さで決まる。つまり、仲間の三人よりタバクさんは強いということだ。

「てゆーか、ライルは荷物担いでるんだろ?走れるのか?」
「ゼルドさんに水筒を持ってもらって、僕はリュックだけなので走れます」

 言いながら、ベッドの下に収納しているリュックを少しだけ引っ張り出して見せた。
 探索の荷物で一番重いのは水筒だ。それを任せるだけでかなり楽になる。支援役サポーターなのに荷物を持ってもらうなんて、と思わないわけではないけれど、効率よく先に進むためだ。ゼルドさんは嫌な顔せず自分から持つと言ってくれた。本当に優しい人だ。

「……ふうん。なるほどね」

 タバクさんは椅子に座って足を組み、隣の机に肘をついてこちらを見ている。口の端をわずかに上げて笑う姿に、そういえば二人きりなんだったと思い出す。

 彼とダンジョン探索について話をするようになるなんて思わなかった。二年前の僕はダンジョンに入ったことすらなかったし、入りたいとも思わなかった。なんだか不思議な感じだ。

「やっぱライルに一度ついてきてもらいたいなぁ。今から剣を譲る条件に付け足したらダメ?」
「ダメです」
「ざんねん」

 肩を揺らして笑う姿に、僕もつられて笑う。

 こうして話をしていると、二年前に盗み聞いた会話は何かの間違いだったんじゃないか、僕が憧れたタバクさんは悪い人なんかじゃないと思いたくなる。もし本当だとしても、さすがに人殺しまではしていないはずだ。だって、こんな風に普通に笑って話をしているんだから。

「仲間といえば」

 さりげなさを装い、本題を切り出す。

「以前の三人とはパーティーを解消してしまったんですか?」
「ああ」

 間髪入れずに肯定するタバクさんに、おや?と思いながら話を続ける。

「ずいぶん仲が良かったのに。じゃあ、今は別々で活動してるんですね」

 僕は以前の仲間の三人が死んだことを知らないことになっている。彼らが今も生きているというていでいなくてはならない。

「もしかしたら、そのうち会えるかもしれないですね。久しぶりだし、向こうは僕のことなんか忘れてるだろうけど、もし会ったら少しお話してみたいかな」

 彼らとの再会を望むような発言をすると、タバクさんの顔から笑みが消える。数秒逡巡した後、大きく息を吐き出しながら手のひらで口元を覆い隠した。

「……ライルを驚かせたくないから黙ってたんだけど、アイツらはもういない。死んだんだよ」
「えっ、そんな」

 事前にヘルツさんから聞いていたとはいえ、実際にタバクさんの口から聞くとショックが大きい。本当にあの三人は死んだのか。もうどこにもいないのか。

 お芝居なんかする必要がないくらい、僕は動揺してしまった。

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