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75話・慟哭[ゼルド視点]

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*今回はゼルドさん視点のお話です*


 フォルクスの話は尽きなかった。
 三年間溜め込んだ様々な思いがあるのだろう。聞いてやるのも兄の務めと割り切った。

「よく私がオクトにいると分かったな」
「兄上が冒険者になっていると判明してからはすぐ情報が集まりました。ええと、その、風貌が目立ちますので」

 赤い髪。顔にある目立つ傷。
 冒険者ギルドに外見の特徴を問い合わせれば活動拠点はすぐ分かる。こればかりは仕方がないことだ。

「それで兄上、お耳は……?話をしている限りでは問題はなさそうですが」
「三年前よりは回復している。今は小さな声や物音が聞き取りづらい程度だ」
「そうでしたか。良かった」

 王都に居た頃は片耳がほぼ聞こえなかった。怪我が治っても聴力が戻らないのは精神的なものではないかと医師から言われた。貴族の重責から逃れて楽になれば聴力が戻るのではないかと思ったのも私が家を出た理由の一つだ。

 話をしていると、にわかに表が騒がしくなった。

 フォルクスの部屋を出てフロアに戻ると、疲れた様子のギルド長と鑑定士が床に座り込み、ダールが二人に向かって何やら喚いていた。あまりの騒ぎに、奥で金貨の用意をしていた受付嬢まで出てきている。

「見つからなかったってどーゆーことだよ!」
「仕方ねぇだろ。ホントになかったんだから」
「くまなく探したんだがな~」
「それじゃアイツが犯人だっていう証拠がねーってことじゃねーか!」

 ダールは苛立ちを隠しもせず二人を責めている。飄々とした彼らしくない焦ったような態度を意外に思う。

「犯人とは何の話だ」

 声を掛けると、何故か三人とも固まった。その態度に僅かに疑問を抱く。

「……黙っていても仕方ねぇ。俺とアルマはハイエナ殺しの証拠を探しに大穴まで行ってきたんだ」
「第四階層まで?何故そんなところに」
「ライルがそこでタバクの剣を見たって言ってたから」

 突然ライルくんの名前が出たことに驚き、未だ床に座り込んでいる二人に詰め寄る。

「私は何も聞いていない。どういうことだ」
「わ、わかった。教えるから!」

 掻い摘んだ事情を聞き、頭を抱える。
 先ほどまで『対となる剣』を譲ってもらうための交渉をしていた男に殺人の容疑が掛けられていて、彼らはライルくんの証言を元に証拠となる剣を回収しに行ってきたが発見には至らなかったという。

「ライルくんが嘘をつくはずがない。剣は確かに大穴にあったのではないか」

 私が仮眠している間に見つけたのか。事件に使われた凶器とは知らず、そのまま置いてきたのだろう。

「じゃあ、誰かが持ち去ったってこと?」
「誰かって誰だよ!」

 ダールの怒声がフロア内の空気を揺らし、受付嬢が肩をすくめた。そして、ハッと顔を上げる。

「昨夜タバクさんたちのパーティーは『大穴まで行った』って……まさかその時に?」
「ああ、くそッ!そういうことか」
「行く前に思い至らんかったな~」

 ギルド長が手のひらで顔を覆って悪態をつく。鑑定士は唇を噛み、頭を抱えた。

 受付嬢はどのパーティーがダンジョンのどの辺りまで攻略しているかを把握している。現在大穴に到達しているのは私たちとタバクのパーティーのみ。持ち出せるのは彼ら以外にいない。

「……捨てた証拠品をわざわざ取りに行くって、もうそれ、ほとんどクロじゃね?」

 ぽつりとこぼされたダールの言葉にフロアがしんと静まり返る。そして、次の瞬間ダールが外に向かって飛び出した。
 彼が焦っている理由が分からず立ち尽くしていると、受付嬢が口を開いた。

「今ごろライルくんはタバクさんと二人で話をしているはずなのよ」
「?いや、彼には一人で自室にいるようにと言って出てきたのだが」
「ライルくんにタバクさんから事件に関わる話を聞き出してもらうことになってて。タバクさんが逃亡しないための時間稼ぎでもあるの」
「…………なんだと?」

 言われた内容を理解すると同時に怒りが湧いた。殺人犯かもしれない男と二人だけで話をさせることがどれほど危険なことか彼らもよく分かっているはずだ。何故そんな真似をライルくんにさせたのか。
 ギルド長と鑑定士も驚いた様子だ。彼らはダンジョンに出掛けていて知らなかったようだ。

「実は、ヘルツさんの案なの。もしライルくんが危なくなったら彼が助けに入るという段取りになっているのよ。ゼルドさんには言わないようにって念を押してたわ」

 ヘルツの名が出た瞬間、背筋に悪寒が走った。ライルくんと周囲を言い包めて危険な役目を負わせるとは。なんの意図があってそんな真似を。

「……ライルくん」

 すぐにダールの後を追い、ギルドを出た。その瞬間、宿屋のほうから何やら喚き声が聞こえてきた。

 嫌な予感がする。

 すぐ宿屋に駆け込み、食堂を横切って階段を登った。二階の廊下には他の宿泊客が出ており、みな奥へと不安げな視線を向けていた。彼らを掻き分け、突き当たりの部屋へと足を進める。

 気ばかりがいて、短いはずの廊下が果てしなく長く感じた。そうしている間にダールの怒号が響いてくる。

「ヘルツ!どうしてライルを助けなかった!」
「このような事態になるとはわたくしにも想定外でして。それに刺したのはタバク氏ではなくライル様ご自身ですよ」
「てめぇ、フザケんな!」
「あんたたち、騒いでる暇があったらお医者さん呼んどいで!すぐにだよ!」

 壊れて外れ掛けた扉を避けて中を見れば、見慣れた部屋が変わり果てていた。

 ヘルツの胸ぐらを掴み、怒鳴るダール。
 殴られたのか、窓際の床に倒れ込むタバク。
 ベッドの傍らには宿屋の女将が床に膝をつき、横たわるライルくんの脇腹を押さえていた。シーツは乱れ、既にかなりの量の血が滲み出している。女将が傷口を圧迫して止血をしてくれてはいるが、すぐ医者に見せねば危険な状態なのは確か。

 ライルくんの顔色は悪く、かろうじて息をしているといった状態だった。着衣は乱れ、下半身には毛布が掛けられている。床に彼のズボンが落ちており、何があったか察するまでさほど時間は掛からなかった。

 先に現場に到着したダールは怒りで我を忘れ、ヘルツを責め立てている。

 廊下に振り返ると、事態が飲み込めていない様子の宿泊客たちが茫然と立ち尽くしていた。その中に見覚えのある顔を二つ見つけ、それぞれに声を掛ける。

「すまないが、君はギルドの受付嬢に貴族付きの医者を呼ぶよう伝えてくれ。君は町医者を」
「は、ハイッ!」

 若い冒険者二人はすぐに階段を駆け降りていった。彼らを見送ってから、再び部屋へと戻る。

 妙に冷静になってしまったのは、いまだに現実が受け止めきれないからなのだろう。目の前に広がる光景が信じられず、悪い夢なら早く覚めてくれと切に願った。

 必死に止血を試みる女将の隣に膝をつき、ライルくんの顔を覗き込む。まぶたは降り、唇は僅かに開いて不規則な呼吸を繰り返している。ベッドのそばには血に濡れた短剣が転がっていた。

 ヘルツが言うには、ライルくんは短剣で自分を刺した、と。そうせざるを得ない状況だったということだ。

「……私は、こんなことをさせるために短剣これを持たせたわけではないんだよ」

 まばたきをするのも忘れ、ライルくんの顔を見つめ続ける。だらりと下がった手に触れると、いつものあたたかさが感じられなかった。まるで井戸水で洗濯した後のように冷え切っている。

 彼の手を包み込むように握る。
 自分の体温が少しでも彼に移るように。

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