ローズマリーと犬

無名

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Side I 4

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冷凍したおかず食べてくれたんだ…!

なにか飲み物をとキッチンに足を踏み入れて、
シンクの横の水切り台に冷凍しておいたおかずのタッパーが干してあるのを見て
内心で飛び上がるほど喜んだ。
けれどすぐに気持ちはしんと静まり返る。
そりゃ、ヒートで外出られないんだから飯くらい食うか、と。

そろいのマグカップだとキモがられるだろうということで別々のコップに
手っ取り早くインスタントコーヒーを入れてひとつをソファに座る内海さんの前に置き、
俺はダイニングテーブルをはさんでその椅子に腰を下ろした。
雨音がざあざあ言っている。
それにかき消されるような声で先に口を開いたのは内海さんだった。


「お前に言わせるのもなんだからおれから言う。同棲解消しよう」
「…はあ、だよね…。ごめんね、なんか、嫌なめに遭わせて…」


想像通りの提案に、俺はわかってはいてもダメージを負ってしまい、
自分でも世界が終わるのかと思うような意気消沈した声でそう言った。
内海さんは眉根を寄せた。


「一応言っとくけど、あれはおれが悪かったよ。
 おれがお前をヒートに巻き込んだ。αといるときのヒートを甘く見てたんだ。
 お前は悪くない」


きっぱりとそう言い切ったのが意外で俺はコーヒーを持ったまま固まった。
てっきりののしられるものだと思っていた。
言いづらそうに内海さんは続ける。


「…逆によくあれで正気保ったまま出て行ったよな…。普通手出してるぞ」
「いやあ…でもだいぶ、俺キモかっただろ…。
 よかったよ手出さなくて…これ以上あなたに嫌われたらさすがに落ち込む…」


とはいえ、提案されたのは同棲解消だ。
それは妥当だろうと俺も思う。
内海さんは心底呆れたようなため息を吐いた。


「まあ、でもさすがにお互いのためになんねぇよ。一緒に住むのは」
「…やっぱ、俺じゃだめですか…」
「逆にお前匂い以外になに知ってておれがいいんだよ。扱いやすいΩならほかにいる。
 いくらαはΩを捨てられるからってバツはつくんだからもうちょい慎重に…」
「捨てないよ!? 俺はあなたがいいって何度も言ってる!!」


思わず立ち上がって叫ぶと、彼は目を丸くしてこちらを見た。
ああ、その顔かわいい。いやそうじゃなくて。


「だ、だって、内海さん優しそうじゃん」
「はあ? どこ見て言ってんだよ」
「俺ここ10日で考えたんだけど、なんで内海さんがお見合いしたのか。
 あのお見合いに内海さんを引っ張ってきたのあなたのおばあさんだろ。
 足が悪そうだったけど、合わせてゆっくり歩いたり荷物持ったりしてた。
 おばあさんを安心させたくて番が欲しいんでしょ。
 しばらく同棲していれば万一不仲がばれたとしても生活が合わなくてと言い訳できる」


それは当日舞い上がってしまったがゆえにすっぽり抜け落ちていたことだった。
別居してぐるぐると彼のこと考えていたら突然思い出した。
内海さんはソファの背もたれに深く体を預けながら言う。


「お行儀のいい想像だな。お前やっぱ育ちがいいねぇ」
「それに毎日出て行くときと帰ってくるとき俺を起こさないように音を立てない」
「それはお前に会いたくないから」
「顔がかわいいし」
「ツラはまあΩらしいけど、ツラだけで人生決めるのは悪手だろ」
「顔以外も全部好きだし」
「そうかよ。まあ本能だもんな」
「本能じゃなくても、今、正気でも」


内海さんがため息をついて視線を遠くに逸らす。
あ、だめだ離れる。
俺は焦って身を乗り出し、一生懸命言いつのった。


「あとなんか、風呂掃除丁寧だし、ごみちゃんとまとめて出してくれるし、
 緑茶入れた匂いがキッチンに残ってるのとか、朝寒い日くしゃみしてるのとか、
 俺以外のご近所さんにはちゃんと挨拶してるのとか、」
「あー!もういいわかったわかった!途中からなんなんだよそれ!」


堪えきれずに内海さんが叫んで、それからちょっと口の端を上げた。
笑った。


「かわいい…」


思わずぼそっとつぶやくと、今度は面食らったような顔をして数回瞬き首の後ろを掻いた。


「…おれなんか番にしないほうがいいと思うけど」
「俺は内海さんがいい。絶対」


ぐっと力を込めてまっすぐに言う。
内海さんは肩を竦めた。


「逆になんでそんなに突っぱねるの…。
 いや、そりゃあんな迫り方したらキモかったと思うけど、
 当たりキツいのはその前からだし、
 ちゃんと番になれば普段の生活は楽にはなるでしょ。
 …お、俺のことがそんなに嫌なら…さすがに諦めますけど……」


顔とか性格とか、どうしても生理的に受け付けないこともあるだろうし。
ヒート時の怒鳴り声を思い出して言葉尻がしゅんとなる。


「…別にお前が特別嫌なわけじゃねえよ。おれの問題」


言葉を切った、というより言葉に詰まったような気がして、
俺は俯いていた顔を上げる。
何か言いたげに口が小さく開いたり閉じたりして視線がさまよう。


「言いたくないならむりに言わなくても…」


それでも内海さんはしばらくなにかを言おうと努力をしていたので、
俺は途中で口をはさむのをやめてじっと待った。
何分経ったんだろう。
結構、長い時間だったと思う。
内海さんのか細い声が、夜によって暗くなり始めた部屋にぽつぽつと落ちる。


「…昔、むりやり、された、ことが、あるから、怖い」


俺は目を見開いた。
内海さんの息が上がって身体が少し震えてるのが見えて、思わず立ち上がる。


「そ、そこまでで大丈夫!!教えてくれてありがとう!!」


ばっと野球部仕込みの深い礼をしたら、
自分でも動揺してたようですごい勢いで額をテーブルに打ち付けた。
ぐぎっだかなんだか、口からカエルがつぶれたような声が上がったのと
おい!!と内海さんが立ち上がって手を伸ばしたのが同時だった。

ぐおおおおと激痛にうめいて撃沈する俺に対して、
腰を浮かせた内海さんが思わずといったように吹き出した。


「ふっ…!くく、なにしてんだよお前…。やべえ音したぞ」
「い、だああ……」
「っくく…なんでお前が挙動不審になるんだよ…。ふ…」


頭だし病院行っとく?と言う内海さんに
俺はいやたぶん大丈夫なやつ…と痛みにぼろぼろ泣きながら返した。


「はあ、緊張したの返せよ。湿布持ってくる」
「…でも、じゃあ猶の事、こないだのあれは、俺、だめじゃん…。怖がらせてごめん…」


まあ、怖かったけど、と内海さんは言う。
お前が思うより、お前は酷いやつじゃなかったと思うよとも。


「じゃなかったらわざわざお前の帰りを待って話なんかしない。
 お前が帰ってくるのが怖くて、すぐにでも荷物まとめて出てってる」


それからどこからか湿布箱を持ってきた内海さんは
一枚取り出してぺりぺりと裏のシートを外して俺の額に貼りながら言う。


「…まあ、そういうことだよ。
 お前が嫌なんじゃなくて、おれに近づくやつが怖いからお前のことは受け入れられないと思うし、
 お前見た目も性格もいいんだからおれに構ってないで別に相手探せよってこと」


けど、ばあちゃんが死ぬまではカモフラージュ役してほしいかも、と付け加えた。
背筋の伸びたきれいな正座、非常に優しい声と目つきだった。
暗い部屋でもきらきら見えるような美しさだ。


「…俺は内海さんがいい。
 けど怖がらせたくないし同棲は解消してもいい。
 ただ、その、番にしてくれなくてもいいけど、また会ったりとかしてほしい…。
 俺はあなた以外に恋人を作る気ないから。友達でもいいし…」


まだ痛みで生理的な涙が止まらず目をこすりながら言うと、内海さんは困った顔をした。


「食い下がるな…」
「たぶん同棲してから今までずっと、俺はあなたを怖がらせてて、
 帰って来ても気が休まる場所じゃなかったと思うんだけど…」
「……」
「だけど、俺、内海さんが、好きなので…。本能でもなんでも好きだから、全部切らないでほしい…」


でかい図体で子犬みたいなしょぼくれかたすんなよ、と苦笑いされる。
それからまた、少しの間を経て内海さんが息を吐いた。


「…次、襲ってきたら刺し違えてでも逃げるからなおれ」
「包丁いっぱい買っとこう」
「お前までこっち側つくなよ。…ヒート期間中は会わない。部屋は明日から探す。
 言っておくけど望みはない。それでよければ、まあ」


ぱっと自分でもわかるほど俺の顔が明るくなった。


「ありがとう!!」
「わんとでも言いそうな犬っぷり…」
「ごはん作るわん!」
「マジで言うなよ。かわいくねー」


立ち上がってキッチンに向かう。
冷凍した食材がなにかあっただろうか。
買い物に行くにしてもとにかく手早く作れるものを…と
頭の中でメニューを組み立てていたら後ろから声をかけられた。


「いつき」


ドクン、と心臓が跳ねた。
なんかやばい薬打ったときってこんな感じなんじゃないかと思うような衝撃。
振り返るとキッチンの壁にもたれかかった内海さんがこちらを見ている。


「無視してごめんな」
「へ……」
「あと、明日から早く起きなくていいよ。おれも普通に起きるから」
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