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前章
Side I 5
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いつも通りの時間に起きても、確かに内海さんの靴はまだそこにあった。
出かけていない。
それだけで昨日の出来事が夢じゃなかったと信じられる。
夕飯は一緒に食べたが、何を話していいかわからずほとんど無言だった。
けれど内海さんが食べ終わったあとに「美味かった。皿洗っとく」と言ってくれて、
その嬉しさを噛みしめてたら、せっかく久しぶりの自室のベッドだというのに
碌に眠れないまま朝を迎えた。
俺は眠い目をこすりながらどうせこれ以上寝れないしと諦めて、朝食の準備に取り掛かる。
炊飯器に米をセットして、その間に味噌汁と出し巻き卵を作る。
「…はっや…。起きなくていいっつったのに…」
「なんか目が覚めちゃって…習慣かな。起こしちゃった?」
「いや、…こっちも似たようなもん」
ぱやぱやの寝ぐせのついた長めの髪をヘアゴムで括りながら内海さんは洗面所へ向かおうとする。
その後ろ姿に「内海さん」と声をかけると、彼は肩越しに振り返った。
胸が高鳴る。
「おはよう」
そう言うと眠そうな目をひとつ瞬かせて、
「…おはよ」
と返してくれた。
嬉しくなって菜箸を折りそうになった。
「内海さん、この時間で仕事大丈夫なの?」
納豆を混ぜながら聞くと、味噌汁をすすりながら内海さんはこちらを見た。
「…そりゃ、わざと早く出てたからな。こんな早い時間に行ってもやることねぇよ」
「何の仕事してるか聞いてもいい?」
「あー…、なんか、ボランティア?みたいな。非営利団体みたいなやつ。Ωの」
表面上はへえと言いつつ、内心で「すごい、質問に答えを返してくれる」と
感動に打ち震えているのが顔に出ていたのか、
内海さんは「わかりやすい大型犬…」とちょっと笑う。
「Ωの支援団体だな。
餅は餅屋っていうか、Ωじゃないとわからないことも多いから職員のほとんどがΩなんだけど、
お見合いの斡旋も業務の一つなんだ。それを知ったばあちゃんがあなたも行ってみたらってさ」
「ああ、それで…」
「相手なんかそう簡単に見つからないとたかをくくってたのに一発目で求婚されてビビった」
からかうように笑うのを見て気恥ずかしくなるが、
しかし内海さんのバックボーンを思うと軽い気持ちで受け止めている場合ではない。
おばあさん孝行のためとはいえαを前にするのは勇気の要ることだっただろうし、
そこで大して知りもしない相手からぐいぐいと同棲の打診までされたらさぞ怖かったに違いない。
今度はその反省が顔に出ていたのか、内海さんが苦笑いする。
「相手がお前だったのは不幸中の幸いだったからンな露骨に気にすんなって」
「浮足立ってごめんね…」
「まあ、ホルモンに振り回されるのはお互い様だからな」
そう言って宥めてくれるので本質的には優しい人だなと思う。
そしてふと疑問が浮かんできた。
俺が本能でこの人だと思ったのなら、
この人は俺に対して多少なりとも感じるところはなかったのだろうかと。
αとΩの関係は一方通行にはならないはずだ。
とはいえ、その衝動を塗りつぶすほどの恐怖と警戒心を抱いていたのなら例外にもなるか…と
俺はそっと息を吐いた。
俺が思い悩んでいたほどには嫌われてはないとは思うが、
本能に振り回されて慢心しないようにしようと決意を新たにする。
「おれ今日まで休み取ってるから不動産屋行ってくる」
「身体もう大丈夫? むりしないで、気を付けてね」
「ん」
人と食べると時間が経つのがゆっくりだ。
気づいたら家を出る時間が迫っていて、慌てて立ち上がると片付けしとくよと申し出てくれたので
お言葉に甘えることにして鞄をひっつかんで家を出た。
外の空気が澄んでいるのを感じて、部屋の中に彼の匂いが満たされていたことを知る。
顔が熱い。
やっぱり、好きだ。
抑制剤増やそう、と帰りに病院に寄る決意を新たに俺は駅の改札をくぐり抜けた。
出かけていない。
それだけで昨日の出来事が夢じゃなかったと信じられる。
夕飯は一緒に食べたが、何を話していいかわからずほとんど無言だった。
けれど内海さんが食べ終わったあとに「美味かった。皿洗っとく」と言ってくれて、
その嬉しさを噛みしめてたら、せっかく久しぶりの自室のベッドだというのに
碌に眠れないまま朝を迎えた。
俺は眠い目をこすりながらどうせこれ以上寝れないしと諦めて、朝食の準備に取り掛かる。
炊飯器に米をセットして、その間に味噌汁と出し巻き卵を作る。
「…はっや…。起きなくていいっつったのに…」
「なんか目が覚めちゃって…習慣かな。起こしちゃった?」
「いや、…こっちも似たようなもん」
ぱやぱやの寝ぐせのついた長めの髪をヘアゴムで括りながら内海さんは洗面所へ向かおうとする。
その後ろ姿に「内海さん」と声をかけると、彼は肩越しに振り返った。
胸が高鳴る。
「おはよう」
そう言うと眠そうな目をひとつ瞬かせて、
「…おはよ」
と返してくれた。
嬉しくなって菜箸を折りそうになった。
「内海さん、この時間で仕事大丈夫なの?」
納豆を混ぜながら聞くと、味噌汁をすすりながら内海さんはこちらを見た。
「…そりゃ、わざと早く出てたからな。こんな早い時間に行ってもやることねぇよ」
「何の仕事してるか聞いてもいい?」
「あー…、なんか、ボランティア?みたいな。非営利団体みたいなやつ。Ωの」
表面上はへえと言いつつ、内心で「すごい、質問に答えを返してくれる」と
感動に打ち震えているのが顔に出ていたのか、
内海さんは「わかりやすい大型犬…」とちょっと笑う。
「Ωの支援団体だな。
餅は餅屋っていうか、Ωじゃないとわからないことも多いから職員のほとんどがΩなんだけど、
お見合いの斡旋も業務の一つなんだ。それを知ったばあちゃんがあなたも行ってみたらってさ」
「ああ、それで…」
「相手なんかそう簡単に見つからないとたかをくくってたのに一発目で求婚されてビビった」
からかうように笑うのを見て気恥ずかしくなるが、
しかし内海さんのバックボーンを思うと軽い気持ちで受け止めている場合ではない。
おばあさん孝行のためとはいえαを前にするのは勇気の要ることだっただろうし、
そこで大して知りもしない相手からぐいぐいと同棲の打診までされたらさぞ怖かったに違いない。
今度はその反省が顔に出ていたのか、内海さんが苦笑いする。
「相手がお前だったのは不幸中の幸いだったからンな露骨に気にすんなって」
「浮足立ってごめんね…」
「まあ、ホルモンに振り回されるのはお互い様だからな」
そう言って宥めてくれるので本質的には優しい人だなと思う。
そしてふと疑問が浮かんできた。
俺が本能でこの人だと思ったのなら、
この人は俺に対して多少なりとも感じるところはなかったのだろうかと。
αとΩの関係は一方通行にはならないはずだ。
とはいえ、その衝動を塗りつぶすほどの恐怖と警戒心を抱いていたのなら例外にもなるか…と
俺はそっと息を吐いた。
俺が思い悩んでいたほどには嫌われてはないとは思うが、
本能に振り回されて慢心しないようにしようと決意を新たにする。
「おれ今日まで休み取ってるから不動産屋行ってくる」
「身体もう大丈夫? むりしないで、気を付けてね」
「ん」
人と食べると時間が経つのがゆっくりだ。
気づいたら家を出る時間が迫っていて、慌てて立ち上がると片付けしとくよと申し出てくれたので
お言葉に甘えることにして鞄をひっつかんで家を出た。
外の空気が澄んでいるのを感じて、部屋の中に彼の匂いが満たされていたことを知る。
顔が熱い。
やっぱり、好きだ。
抑制剤増やそう、と帰りに病院に寄る決意を新たに俺は駅の改札をくぐり抜けた。
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