ローズマリーと犬

無名

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前章

Side T 3

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いつきがあっと声を上げた。


「かき氷ある! 食べたくない?」


身長差があるのと、キャップのつばがあるせいでかなり上を見ないと前方を行くいつきの顔が見えない。
日よけもあるが顔を見られると目立つので被ってきたものだがこれだと邪魔だ。
そもそもこれだけ人が多ければ顔がどうなど気にする余地もない。
おれはつばが後ろ向きになるようにかぶり直して目の前を歩くいつきを見る。
楽しそうに笑っている。
たぶん、かき氷が嬉しいのではなく、おれといるのが心底嬉しいのだろうとわかる顔で。


「食べる!」
「やった!!」


喧噪に負けないように普段より大きめに声を張ると、負けない声量で返されて笑ってしまった。
嬉しそうじゃん。

シロップの味は色で変わらないとは言うものの、そこは好み。
おれはブルーハワイを、いつきはいちごを片手に腰の下ろせるイートスペースにやってきた。
日が傾いてきたとはいえまだ夏祭りを一番に楽しむ時間帯には早い。
ぽつぽつと空席があって幸いだった。
早くも溶けだした氷をふたり揃って掻きこむ。
かき氷、コンビニで売ってるのは毎年食べるが、こんもりと盛られたものを食べるのはいつぶりだろう。
おおざっぱな粒がガリガリと口の中を冷やして気持ちいい。


「うまい」
「おいしいねー。あと何食べようかな。透さん食べたいのあったら俺買ってくるけど。
 それとも一緒に行く?」


独りにされるほうが困るなとちらと思ったのを正しく読み取って、
自分でした提案を素早く訂正してきたいつきにまたもさすがだなと思った。
うんと小さく頷く。
情けないけれど、たぶんおれはひとりでここにはいられないだろう。
この先も来ることはない。こいつがいるから来られた。
思い出にする、とこいつは言ったが、どちらかというとそれはおれのほうだろう。
殺風景な走馬灯に載せるには申し分ないイベントだった。

半分ほど食べ終えたところで、後ろから声をかけられた。


「あれ!いつきだ!久しぶり!」
「夏休みあそぼーって言ってたけど全然連絡つかねぇじゃん」
「今日誕生日でしょ。おめでとLINE返してよー」


わやわやと、恐らく大学の友人たちが集まってくる。
Ωの直感で中に何人もαがいることがわかった。さすが有名大学の同期だ。
しかしそれに対して何か思うより先に、夏休み、誕生日、というワードに頭がフリーズする。
夏休み? 誕生日?


「ああ…ちょっといろいろ先約があって…」
「先約って、あっもしかしてこの子が同棲中のΩの子!?」
「わ、顔きれい。すごい美人さん」
「上手くいってないって言ってたのにデートしてんじゃん。よかったなー」
「あはは…」


情報量が、多い。
ただでさえこの人混みと喧噪でどうにかなりそうなのに追加情報が多くて
かき氷で起こる頭痛とはまた別の痛みがこめかみを叩いた。
半導体がどうのダイオードがどうのとおれにはさっぱりわからない学科の話が飛び交い、
適当に会話のラリーをしているいつきが
おれの不穏さに気づいてちらちらとこちらを窺いながら目に見えてうろたえていた。
酒が入っているのかそれに気づかない友人の面々は、次第に自分たちの話に戻っていき、
そしてじゃあまた学校でねー!と手を振って元気よく帰って行った。


「……おい」
「……はい」


そのやりとりの間に溶けた氷を飲み切ったおれに対し、
いちごの汁を持て余しながらいつきは苦し紛れに笑っている。


「いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえず、お前今日誕生日なのか」
「うん…」
「言えよ。さすがのおれでも多少は祝うって」
「いやなんか…うん…。
 お礼してくれるって言うからじゃあそれにかこつけて一緒に出掛けてもらおうかと…。
 透さん俺のこと好きじゃないのにわざわざ祝ってもらうの申し訳なかったし…」
「それは…」


そうだけど。でも。
言葉に詰まったことで肯定してしまったように聞こえたかもしれない。
ただおれには上手い返しが思いつかなかった。


「…それでも、言ってほしかったよ…」


最終的にすねたような口調になってしまった。
いつきはごめんねと笑う。
なるほどそれで。
異常な気遣い屋のこいつがわざわざおれが苦手であろう夏祭りに誘った理由に合点がいった。
珍しい、わがままだった。


「で、夏休みってお前。毎日学校行ってたじゃねぇか」
「大学に行ってたのは本当。図書室で勉強してた。休み明けにちょっとした発表会あるし」
「家でやればよかったのに」
「ええと、電気代節約というか。調べものもあったし」


歯切れが悪い。
仕事をしている自分にはないから失念していたが、大学生は夏休みがあるのだ。
毎日出かけるのはおかしいと、どうして気が付かなかったのだろう。
…なんだか納得いかない。
おれはいつきを好きではないし、番となるのを断っている以上おれの口出しする範疇ではない。
けれどあれだけ毎日献身的におれを甘やかしておいて自分は線を引くのか。
怒る資格などないとはわかっているのに胸の内がもやもやとする。


「透さんごめん。そんな顔させるつもりじゃなかったんだけど」


そんな顔ってどんな顔だ。
α嫌いのおれが手を握られても嫌悪感を抱かないほどに尽くすだけ尽くしておいて、
おれとの少しの外出で満足する。
見た目も中身も明らかに人より優れているであろうこのαが。
はあともやもやを散らすようにため息を吐く。


「…まあ、もとはといえばおれがお前をフッてんのが話を複雑にしてるわけだしな。
 気遣わせて悪かったよ。ほら、せっかく来たんだからちゃんと回るぞ。そのくらいは付き合う」


そう言って手を差し出すと、へらりと眉尻を下げて笑って氷で冷えた手を温かい手で握り返してくる。
体温高いなと思った。
このクソ暑いなか、どうしておれはこんな汗ばんだαの手を取るのが嫌ではないのだろう。
ふたたび人混みの中に身を晒して歩き出す。
射的、輪投げ、焼きそば、チョコバナナ。
足を止めてはそれらに立ち寄る。
楽しい、のだろうか。これは楽しいのかな。
楽しいという感情を覚えたのが遠い昔すぎて、今はもうあんまりわからない。
そうしてゆっくりと日が落ちて、ぶら下げられた提灯が明かりを灯した。
祭りばやしの音と相まって、世俗的なのに幻想的にも感じる。


「俺の行きたい店ばかり寄ったけど透さん食べたいものとかなかった?」
「…おれ、あんまり好きとかわからないんだよ。食べ物とか、服とか、音楽とか…全部。
 だからお前の行きたいところに連れまわしてくれたほうがいい」
「そうなの? そっかぁ…それならいいんだけど…」


Ωとしての性徴が始まってから、いろいろなことを諦めて来た弊害だ。
なるべく大人しく、家から出ないように、目立たないように。
その場その場の快楽より安全に過ごせるように。


「…お前さあ。おれといて楽しい?
 大学の友達とかといるほうが、難しい話とかできていいんじゃないの」


今日、おれはほとんど自分から口を利いていない。
機嫌のいいいつきが話しかけてくるのに、上手くもない返事をぽつぽつするだけだった。
αは優秀だ。
先ほどの友人たちと、おれのまったく知らない言語で話していたのを思い出して、
本当にΩは見た目とセックスのためだけにあるなぁと思っていた。
いつきは「なにそれ」と笑って振り返った。
自然と足が止まる。
そうしてまっすぐおれの目を見て、提灯の橙を映した目を細めた。


「透さんといるほうが頭空っぽにして、時間が過ぎるのを感じられるから好き」


好き。
その言葉は何度も言われている。
けれど、このときは、おれも祭りに気持ちが持ってかれてスカスカになっていたのかもしれない。
じゅわりと胸に浸透して、それで、腹の奥が提灯の灯のように熱くなった。
いつきはおれの返しなんて待たずに再びおれの手を引きながら歩き始まる。


「はー楽しかった。付き合ってくれてありがとね。いい思い出になった」


いつきが笑いながら提灯通りを歩く。
暗いのに、人が多いのに、おれは緊張することもなく歩けている。
きっとこんな日はもう二度と来ない。


「おれのほうが…」


ぼそとつぶやいたが、喧噪に紛れていつきの耳には届かない。
ああ、たぶん、おれのやぶれかぶれの走馬灯の大半は、この風景で埋まるんだろうな。
悲しかったり辛かったりする思い出なんかよりずっと幸せだ。
そんなことを思った。
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