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第一部 そのモフモフは無自覚に世界を救う?
65 救い ←第一部完
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「ご、ごめん……。なんか体に力が入らなくてさ」
「ずっと結界の中にいたせいだろ。何も食ってなかったんだから、弱ってて当然だ」
鏡の迷路を二人で進み、最初の空間に出た。ここからは上り坂だ。爽真だけで私とペペを支えられるだろうか――と考えていると、坂道の方からズルズルと変な音がする。
「ま、まさか……また蛇が出てくんの?」
「おまえは端の方で待ってろ、俺が何とかする!」
爽真は大急ぎで私を壁際に座らせ、腰の剣を鞘から抜いた。ズルズル音はますます大きくなり、徐々にスピードを上げて近づいてくる。
次の瞬間、
「あ~止まらない! 滑ります!」
ネネさんが叫びながら坂道から降りてきた。途中で転んだらしく、尻餅をついた状態だった。ハル様も一緒のようで、二人は水晶の床にべちゃっと寝そべっている。
爽真が慌てて剣を鞘に戻し、嬉しそうに駆け寄った。
「無事だったんだな! よかった! …………?」
爽真は駆け寄って二人に抱きつくつもりだったんだろう。でも数歩前で硬直し、まじまじとネネさんを見ている。私からは遠くてよく見えない。爽真の震える声だけが聞こえてくる。
「ネネリム――顔をどうしたんだ!? 顔の肉が……!」
「あ、これですか? ちょっと針で抉れちゃって……回復魔法は掛けたんですけど、元通りにするのは無理でした。でも左目は見えてるから大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃねーだろ! 大怪我してるじゃんか! 公爵様は!?」
床に膝をついてハル様を見た爽真は、ビクッと肩を跳ね上げて動かなくなってしまった。私は不安になり、四つん這いになってよろよろと進みながら爽真に叫ぶ。
「爽真、どうしたの? ハル様は無事なの!?」
爽真もネネさんも何も言わず、床に横たわったハル様をじっと見ている。爽真の体は細かく震えていて、私は泣きそうになりながらハル様に近寄った。
「ハル様!! ……ハル様……?」
ハル様は首から血を細く流し、ぐったりと寝ていた。傷はそこだけのようだ。大怪我はしていない――なのに、服から出た部分の皮膚が黒くまだらに変色している。耳も顔も、首も手も。
「うそ……! 何なのこれ!?」
私はハル様の服に手をかけ、留め金を二つぐらい外した。緩んだ襟元から鎖骨が見えたけど、そこも同じ色だ。肌が黒く染まり、今にも止まりそうな細い呼吸を繰り返している。
ネネさんがはぁ、はぁと苦しそうに息をしながら言った。
「サーペントの毒にやられたようです……。毒を受けた直後に治療すれば間に合ったんでしょうけど……もう……」
もう、間に合わない。その言葉は聞こえなかったけれど、私も爽真も分かってしまった。ハル様はじきに死んでしまう。
静まり返った空間に、どさ、と鈍い音が響いた。体力の限界を迎えたネネさんが倒れたのだ。すみません、と小さな声で謝っている。
私は体の紐をほどいて、ペペを床に降ろした。そして胸にぎゅっと抱きしめ、子守唄のように優しく囁いてあげる。
「ペペ……力を貸してちょうだいね」
「ペエ。ママ……この人たち、たすけたいぺエ? なおしてあげるペ?」
「そうだよ。助けてあげたいの。だからまた、力を貸してね」
ペペはこくりと頷き、私に抱きついた。あの時と同じだ。体が燃えるように熱くなっていく。その熱は少しずつ腕に移り、そして手の平に集中した。
爽真が額に汗を浮かべながら私を見ている。
「莉乃、なにをする気だ。おまえだって弱ってんだぞ? 無理したら死ぬかもしれないだろ!」
「それでもいい。私は皆を助けに来たんだから……。どうしても二人に死んでほしくないの」
私は両手を上に掲げた。その言葉はするりと口から滑り出た。
「聖なる息吹」
両手がパアッと輝き、白い光の粒子が空間を満たしていく。光を浴びたネネさんの顔の傷はまたたく間に治り、ハル様の皮膚も元の色に戻った。血色のいい顔で健やかな寝息をたてている。
(やった……。これでもう、大丈夫……)
鈍い音がして、気が付いた時には床に倒れていた。もう指一本も動かせそうにない。ペペが「ママ、ママ」と言いながら私の体を揺さぶっている。
「なんだ今の……莉乃の魔法か? なんか知らないけど、俺の怪我も治ってる」
「人間が聖なる息吹を使うなんて、前代未聞ですが……。とにかく全快しました。ソーマ様、ここから一気にブルギーニュの王宮に転移しますよ!」
「お、おう!」
「かなり長距離の転移になるので、到着したら私はぶっ倒れると思います。先生への報告はソーマ様がやってください」
「えっ? ちょ、え?」
「行きますよ! ――転移!」
ネネさんが叫ぶと、水晶の床に魔法陣がボウッと浮かび上がった。私はペペに揺さぶられながら意識を手放した。
「ずっと結界の中にいたせいだろ。何も食ってなかったんだから、弱ってて当然だ」
鏡の迷路を二人で進み、最初の空間に出た。ここからは上り坂だ。爽真だけで私とペペを支えられるだろうか――と考えていると、坂道の方からズルズルと変な音がする。
「ま、まさか……また蛇が出てくんの?」
「おまえは端の方で待ってろ、俺が何とかする!」
爽真は大急ぎで私を壁際に座らせ、腰の剣を鞘から抜いた。ズルズル音はますます大きくなり、徐々にスピードを上げて近づいてくる。
次の瞬間、
「あ~止まらない! 滑ります!」
ネネさんが叫びながら坂道から降りてきた。途中で転んだらしく、尻餅をついた状態だった。ハル様も一緒のようで、二人は水晶の床にべちゃっと寝そべっている。
爽真が慌てて剣を鞘に戻し、嬉しそうに駆け寄った。
「無事だったんだな! よかった! …………?」
爽真は駆け寄って二人に抱きつくつもりだったんだろう。でも数歩前で硬直し、まじまじとネネさんを見ている。私からは遠くてよく見えない。爽真の震える声だけが聞こえてくる。
「ネネリム――顔をどうしたんだ!? 顔の肉が……!」
「あ、これですか? ちょっと針で抉れちゃって……回復魔法は掛けたんですけど、元通りにするのは無理でした。でも左目は見えてるから大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃねーだろ! 大怪我してるじゃんか! 公爵様は!?」
床に膝をついてハル様を見た爽真は、ビクッと肩を跳ね上げて動かなくなってしまった。私は不安になり、四つん這いになってよろよろと進みながら爽真に叫ぶ。
「爽真、どうしたの? ハル様は無事なの!?」
爽真もネネさんも何も言わず、床に横たわったハル様をじっと見ている。爽真の体は細かく震えていて、私は泣きそうになりながらハル様に近寄った。
「ハル様!! ……ハル様……?」
ハル様は首から血を細く流し、ぐったりと寝ていた。傷はそこだけのようだ。大怪我はしていない――なのに、服から出た部分の皮膚が黒くまだらに変色している。耳も顔も、首も手も。
「うそ……! 何なのこれ!?」
私はハル様の服に手をかけ、留め金を二つぐらい外した。緩んだ襟元から鎖骨が見えたけど、そこも同じ色だ。肌が黒く染まり、今にも止まりそうな細い呼吸を繰り返している。
ネネさんがはぁ、はぁと苦しそうに息をしながら言った。
「サーペントの毒にやられたようです……。毒を受けた直後に治療すれば間に合ったんでしょうけど……もう……」
もう、間に合わない。その言葉は聞こえなかったけれど、私も爽真も分かってしまった。ハル様はじきに死んでしまう。
静まり返った空間に、どさ、と鈍い音が響いた。体力の限界を迎えたネネさんが倒れたのだ。すみません、と小さな声で謝っている。
私は体の紐をほどいて、ペペを床に降ろした。そして胸にぎゅっと抱きしめ、子守唄のように優しく囁いてあげる。
「ペペ……力を貸してちょうだいね」
「ペエ。ママ……この人たち、たすけたいぺエ? なおしてあげるペ?」
「そうだよ。助けてあげたいの。だからまた、力を貸してね」
ペペはこくりと頷き、私に抱きついた。あの時と同じだ。体が燃えるように熱くなっていく。その熱は少しずつ腕に移り、そして手の平に集中した。
爽真が額に汗を浮かべながら私を見ている。
「莉乃、なにをする気だ。おまえだって弱ってんだぞ? 無理したら死ぬかもしれないだろ!」
「それでもいい。私は皆を助けに来たんだから……。どうしても二人に死んでほしくないの」
私は両手を上に掲げた。その言葉はするりと口から滑り出た。
「聖なる息吹」
両手がパアッと輝き、白い光の粒子が空間を満たしていく。光を浴びたネネさんの顔の傷はまたたく間に治り、ハル様の皮膚も元の色に戻った。血色のいい顔で健やかな寝息をたてている。
(やった……。これでもう、大丈夫……)
鈍い音がして、気が付いた時には床に倒れていた。もう指一本も動かせそうにない。ペペが「ママ、ママ」と言いながら私の体を揺さぶっている。
「なんだ今の……莉乃の魔法か? なんか知らないけど、俺の怪我も治ってる」
「人間が聖なる息吹を使うなんて、前代未聞ですが……。とにかく全快しました。ソーマ様、ここから一気にブルギーニュの王宮に転移しますよ!」
「お、おう!」
「かなり長距離の転移になるので、到着したら私はぶっ倒れると思います。先生への報告はソーマ様がやってください」
「えっ? ちょ、え?」
「行きますよ! ――転移!」
ネネさんが叫ぶと、水晶の床に魔法陣がボウッと浮かび上がった。私はペペに揺さぶられながら意識を手放した。
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