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第二部 人間に戻りました

37 ティティンさんの本音

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 豆の声を無視して五本抜き、先ほどの部屋へ戻った。小さな鍋に苔アオガエルの油、ニジイロアオイの花の粉末、ヒトコト豆を入れ、三脚の下にランプを置いて火にかける。
 後はこれを煮詰めたら終わりなんだろうか。鍋をかき混ぜているとティティンさんが言った。

「鍋を混ぜながら、こう唱えてください。――『宿れ、癒しの種よ。傷の上で芽吹き、速やかに癒したまえ』と。声に魔力を乗せるように」

「声に魔力……? とりあえずやってみます。宿れ、癒しの種よ――」

 何回か唱えながら鍋を混ぜたものの、一向に変化がない。相変わらず茶色いドロドロしたものが煮立っている。

「……これ、出来てます?」

「出来てないですね……。魔力が混ざっていません」

「どうやって声に魔力を乗せるんでしょうか? 今までやった事がなくて……」

「やった事がない……!? 今まで声を使わずに魔法を行使していたんですか?」

「はっ、はぃぃ……」

 ティティンさんが仰天した様子で言うので、私まで驚いて変な声が出てしまった。声を使わない事ってそんなに異常なんだろうか。

「私、魔法を使うとき、頭のなかに強くイメージしながら火とか雪とか出してたんです。それで上手く行ってたので、声に魔力を乗せることを意識してませんでした」

「リノさんは少し特殊な魔法使いなんですね……。でも薬術の場合、声の魔力と素材が混ざることによって薬が完成するので、どうしても詠唱が必要なんです。ちょっと変な方法ですけど、この薬を使う人のことを考えながら混ぜてみたらどうでしょう」

「使う人のことを……」

「想像するときに魔力を使うのでしょう? ならば誰かを思い浮かべながら混ぜればいいのです」

「……やってみます。宿れ、癒しの種よ」

 私はリーディガーにいるセル様の姿を思い浮かべた。

(セル様は誘拐されたとき、転んで脚に傷が出来ていたっけ。あの傷を治してあげたい。この薬で治してあげたい……)

 急に鍋の中が赤く光りだし、混ぜていた茶色の液体が重たくなってきた。水っぽさがどこかに飛んで、軟膏のようにねっちょりした物に変わっている。
 ティティンさんが嬉しそうに言った。

「出来ましたね! 最初からこんなに上手くいくなんて、リノさんは筋がいいですよ」

「えっ? これが傷薬なんですか? この怪しげな……」

 ねっちょりした赤い物体が? 唐辛子入りの餡子みたいな感じだけど、大丈夫なんだろうか。傷口に塗ったらむしろヒリヒリしそうに見える。

 ちょうどその時、棘のある薬草を触っていた薬術士が手に傷を作り、私が作ったヤゥレイェン軟膏を試すことになった。
 傷口に軟膏を塗るとすぅっと染み込み、もう薄い皮膚が出来ている。

「すごい薬ですね……! お手軽に作れてしかも効き目充分!」

「お手軽と言えるのはリノさんに才能があるからですよ。リノさんは早く帰りたいのでしょうけど、わたしとしては東大陸でゆっくりして欲しいですね。あなたには薬術の才能があるし……」

「あるし?」

「正直に言いますと、わたしとターニア様だけだと静かすぎるんです。食事中も、何年も連れ添った老夫婦みたいな落ち着きがあるので。あなたが来てくださって活気が出ました」

「老夫婦……それ、ターニア様の前では……」

「もちろん禁句ですよ」

 ティティンさんはにっこり笑いながら言った。見た目は綺麗で儚げなお姉さんなのに、意外と図太い人なのかもしれないと思った。
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