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第二部 人間に戻りました
45 ハル様の夢の中1
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「……あれ? 誰もいない?」
ふと目を開けると、手を繋いで一緒に眠ったはずのハル様はいなかった。辺りは真っ暗で、上の方だけがぼんやりと明るい。まるで井戸の中に落ちたみたいな感じだ。
「もしも~し。誰かいませんか~!」
呼びかけた声はこだますることなく、何処かに吸い込まれるように静かになる。こだましないということは、壁がないという事だろうか。
(さすが夢の中だわ……。とりあえず散歩してみようかな。あんまりノンビリしてらんないし)
私の右手にはちゃんと砂時計と変なハサミが握られている。砂時計も魔法の仕掛けがあるのか、横にしても逆にしても同じ方向に砂が流れていた。細いすき間から白い砂がサラサラと落ちている。
時間を確認して一歩踏み出した途端、私の背中を誰かがポンと叩いた。
「ぎゃああっ!!」
「……!?」
暗闇で背中ポンなんて完全に肝試しだ。なんて悪質なイタズラだろうと思って振り返れば、そこにはセル様にそっくりな男の子が目を丸くして立っている。
「あれ? セル様……に似てるけど、ちょっと違うような……」
「誰だそれは。俺はハルディアだ! おまえこそ何者だ?」
「ええええ!? このちびっ子がハル様!?」
「なんて無礼な女だ……! おまえだって小さいくせに!」
肩を怒らせて私を見上げる少年の瞳はプール色で、確かにハル様で間違いないらしい。背は私より二十センチぐらい小さいけど。
私も夢の中では子供になっていたりするから、今のハル様は少年の頃の夢でも見てるんだろうか?
それにしても……。
「あんなに大きなハル様が、私より小さいって何か新鮮……! さぁハル様、首の蛇を切りましょうね」
少年ハル様の首にはやっぱり黒い蛇が巻きついていて、赤い舌をチロチロと動かしている。あの不気味な蛇を切ってしまおう――ハサミをしゃきしゃきと動かしながらハル様に接近すると、少年は顔をしかめて後ずさった。
「ハサミをしゃきしゃきしながら近寄ってくるな! 危険な女め……!」
今さらだけど、見知らぬ女がハサミを動かしながら接近してくるのはどう考えても恐怖である。私はアホかもしれない。
「ごめんなさい。でもその蛇、邪魔でしょう? 私は蛇を退治するためにここに来たんです」
「確かに邪魔だけどな。なんでこんな蛇が巻きついてるんだろう……? ずっと思い出したいことがあるのに、頭がぼんやりしてうまく考えられないし……」
ハル様は呟くように言って両手で頭を抱えた。悩みをかかえる男の子みたいだな何て思っていると、急に悪巧みするかのようにニッと笑う。
「じゃあこうしようぜ。今から追いかけっこをして、おまえが俺を捕まえられたら首の蛇を切らせてやる」
「き……“切らせてやる”?」
ハル様は俺様気質だったのか。二十年かけて俺様気質を改善――あるいはうまく隠したのか。
くだらないことを考えている間に景色は一変し、太陽が燦々と照らす野原になった。空には小鳥が歌い、大地には綺麗な花が咲いている。
「えーっ……! ど、どうなってんの!? 夢の中ってすごい!」
「ほら、こっちだぞ! あの木に早く着いた方が勝ちだ!」
ハル様が指差す方向には丘があり、木が一本だけ生えている。雨宿りできそうなぐらい大きな木だ。しかしハル様のスタートは明らかにフライングであり、私はぐぬぬと歯噛みした。
「ずるい! ハル様、フライングです!」
「おまえの方が背が高いんだから、これぐらいのハンデは必要だろ!」
なんて聡明なお子様でしょう。私が八歳の時には『ハンデ』なんて考えは思いつかなかったはず。
(褒めてる場合じゃないわ。このままじゃ負けちゃう……!)
少年ハル様は小さいくせにすばしっこく、私との距離はすでに十メートル以上離れている。この距離を詰めるのは簡単ではない。夢の中でも魔法は使えるだろうか?
(草よ、伸びろ……! 少年ハル様の邪魔をしなさい!)
「うわあっ!?」
声に出さずに念じると、ハル様の進行方向にあった草が急に伸びて通せんぼをした。どうやら夢の中でも魔法は使えるらしい。
「何だよこれは! くそっ、足がうまく動かない!」
「ほーっほほほ! お先に失礼しますわぁ!」
もう完全にキャラが変わっている。しかし今はそれどころじゃない。
草で足がもつれたハル様を追い抜いて、木に向かって一直線。見事に一等を勝ち取った。
「やった……! 約束どおり蛇を切らせてください!」
「…………」
私の後からやってきたちびっ子ハル様は泣きべそをかいていた。俯いて顔は見えないけど、高そうなシャツの袖で目の辺りをごしごし擦っている。何だか小さい子をいじめたみたいな気分になってきた。
「ご、ごめんなさい……。私は汚い手を使って勝利した、どうしようもなく卑怯な人間です。魔法で草を伸ばしちゃいました。好きなだけ詰ってください」
「……いいよ。元はといえば、俺が先にスタートしたのが悪かった。約束どおり、蛇を切っていいぞ」
顔を上げたハル様の目元はやっぱり赤くて、無理をしてるんだなという感じだった。このぐらいの男の子って、強がっちゃう事が多いんだよねと思い出す。小学生男子だ。
「ふふ。ハル様かわいい……」
「かっ可愛くない! 男に可愛いとか言うなよ! ほら、早く切れ!」
小さなハル様はツンとそっぽを向いて目を閉じている。赤くなったほっぺがたまらなく可愛い……と無粋なことを考えながら蛇にハサミを入れたけど、抵抗するし硬いしでなかなか切れない。
「あれ、ちょっと硬い……ふん!」
ようやくしゃき、と切ると蛇の体が薄くなったようだった。あと何回か切れば消えそうだ。
ふと目を開けると、手を繋いで一緒に眠ったはずのハル様はいなかった。辺りは真っ暗で、上の方だけがぼんやりと明るい。まるで井戸の中に落ちたみたいな感じだ。
「もしも~し。誰かいませんか~!」
呼びかけた声はこだますることなく、何処かに吸い込まれるように静かになる。こだましないということは、壁がないという事だろうか。
(さすが夢の中だわ……。とりあえず散歩してみようかな。あんまりノンビリしてらんないし)
私の右手にはちゃんと砂時計と変なハサミが握られている。砂時計も魔法の仕掛けがあるのか、横にしても逆にしても同じ方向に砂が流れていた。細いすき間から白い砂がサラサラと落ちている。
時間を確認して一歩踏み出した途端、私の背中を誰かがポンと叩いた。
「ぎゃああっ!!」
「……!?」
暗闇で背中ポンなんて完全に肝試しだ。なんて悪質なイタズラだろうと思って振り返れば、そこにはセル様にそっくりな男の子が目を丸くして立っている。
「あれ? セル様……に似てるけど、ちょっと違うような……」
「誰だそれは。俺はハルディアだ! おまえこそ何者だ?」
「ええええ!? このちびっ子がハル様!?」
「なんて無礼な女だ……! おまえだって小さいくせに!」
肩を怒らせて私を見上げる少年の瞳はプール色で、確かにハル様で間違いないらしい。背は私より二十センチぐらい小さいけど。
私も夢の中では子供になっていたりするから、今のハル様は少年の頃の夢でも見てるんだろうか?
それにしても……。
「あんなに大きなハル様が、私より小さいって何か新鮮……! さぁハル様、首の蛇を切りましょうね」
少年ハル様の首にはやっぱり黒い蛇が巻きついていて、赤い舌をチロチロと動かしている。あの不気味な蛇を切ってしまおう――ハサミをしゃきしゃきと動かしながらハル様に接近すると、少年は顔をしかめて後ずさった。
「ハサミをしゃきしゃきしながら近寄ってくるな! 危険な女め……!」
今さらだけど、見知らぬ女がハサミを動かしながら接近してくるのはどう考えても恐怖である。私はアホかもしれない。
「ごめんなさい。でもその蛇、邪魔でしょう? 私は蛇を退治するためにここに来たんです」
「確かに邪魔だけどな。なんでこんな蛇が巻きついてるんだろう……? ずっと思い出したいことがあるのに、頭がぼんやりしてうまく考えられないし……」
ハル様は呟くように言って両手で頭を抱えた。悩みをかかえる男の子みたいだな何て思っていると、急に悪巧みするかのようにニッと笑う。
「じゃあこうしようぜ。今から追いかけっこをして、おまえが俺を捕まえられたら首の蛇を切らせてやる」
「き……“切らせてやる”?」
ハル様は俺様気質だったのか。二十年かけて俺様気質を改善――あるいはうまく隠したのか。
くだらないことを考えている間に景色は一変し、太陽が燦々と照らす野原になった。空には小鳥が歌い、大地には綺麗な花が咲いている。
「えーっ……! ど、どうなってんの!? 夢の中ってすごい!」
「ほら、こっちだぞ! あの木に早く着いた方が勝ちだ!」
ハル様が指差す方向には丘があり、木が一本だけ生えている。雨宿りできそうなぐらい大きな木だ。しかしハル様のスタートは明らかにフライングであり、私はぐぬぬと歯噛みした。
「ずるい! ハル様、フライングです!」
「おまえの方が背が高いんだから、これぐらいのハンデは必要だろ!」
なんて聡明なお子様でしょう。私が八歳の時には『ハンデ』なんて考えは思いつかなかったはず。
(褒めてる場合じゃないわ。このままじゃ負けちゃう……!)
少年ハル様は小さいくせにすばしっこく、私との距離はすでに十メートル以上離れている。この距離を詰めるのは簡単ではない。夢の中でも魔法は使えるだろうか?
(草よ、伸びろ……! 少年ハル様の邪魔をしなさい!)
「うわあっ!?」
声に出さずに念じると、ハル様の進行方向にあった草が急に伸びて通せんぼをした。どうやら夢の中でも魔法は使えるらしい。
「何だよこれは! くそっ、足がうまく動かない!」
「ほーっほほほ! お先に失礼しますわぁ!」
もう完全にキャラが変わっている。しかし今はそれどころじゃない。
草で足がもつれたハル様を追い抜いて、木に向かって一直線。見事に一等を勝ち取った。
「やった……! 約束どおり蛇を切らせてください!」
「…………」
私の後からやってきたちびっ子ハル様は泣きべそをかいていた。俯いて顔は見えないけど、高そうなシャツの袖で目の辺りをごしごし擦っている。何だか小さい子をいじめたみたいな気分になってきた。
「ご、ごめんなさい……。私は汚い手を使って勝利した、どうしようもなく卑怯な人間です。魔法で草を伸ばしちゃいました。好きなだけ詰ってください」
「……いいよ。元はといえば、俺が先にスタートしたのが悪かった。約束どおり、蛇を切っていいぞ」
顔を上げたハル様の目元はやっぱり赤くて、無理をしてるんだなという感じだった。このぐらいの男の子って、強がっちゃう事が多いんだよねと思い出す。小学生男子だ。
「ふふ。ハル様かわいい……」
「かっ可愛くない! 男に可愛いとか言うなよ! ほら、早く切れ!」
小さなハル様はツンとそっぽを向いて目を閉じている。赤くなったほっぺがたまらなく可愛い……と無粋なことを考えながら蛇にハサミを入れたけど、抵抗するし硬いしでなかなか切れない。
「あれ、ちょっと硬い……ふん!」
ようやくしゃき、と切ると蛇の体が薄くなったようだった。あと何回か切れば消えそうだ。
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