妹のお節介で引き取った娘を側近にしたら恋をしちゃいました

campanella

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ジョバンニの側近

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 この世界のどこかにある、立派だが少し小さいお城。その中に、一人の娘が数えるほどしかいない従者とともに暮らしていた。もっぱら彼女は自分の身の回りのことは自分でこなしていたので、使用人にもほとんど会っていなかったし、挙句には勝手に逃げ出しても気づかないでいた。最古参は、厨房のシェフと数人の料理人であった。
 これでも彼女は一応この国の次期当主だった。彼女の遠い先祖が起こしたこの国は、今や両親の善政によって安泰でった。それに両親には慈悲の心があったゆえに、罪人も改心するものも多く、ここ数年死罪はめっきりなくなっていた。父親は祖父の後を次いでもう30年ほどになる。英才教育を受けて育った彼の才能、勉学、武術、芸術は全て付け焼き刃ではなく本物であった。母は元々城の特命で配属された医師だったところを、父に見つかり数年後結婚。二人の子供を儲けた。その内の一番上が彼女だった。さらに六つ下には妹がいる。
 実は二人ではなく本当は三人なのだが、生まれてすぐに亡くなってしまった。次に生まれてくる子、つまり彼女の名前を”ジョバンニ”という男の子の名にしたのは、女の子に男の子の名前をつけるとすくすく育つという迷信で、既に一度経験しているからだ。(それから一説によると、国の昔話が由来なんだとか)
 それに加えて、次期当主ということもあり期待されており、幼い頃は毎日英才教育を叩き込まれた。人より出来はいいものの、どうしても妹には勝てなかった。妹はジョバンニより物覚えがよく、芸術的な才能も多く持っていた。一度も人前でやったことのないワルツが上手に踊れるくらいしか才能のない自分を、ジョバンニは妬ましく思っていた。
 それからもう一つ、ジョバンニが自分に自信がない原因があった。それは、どこまで行っても女の子に見えることである。ジョバンニという男の名前に合わせず、いつもキラキラで派手なドレスを着せられた。振る舞いについても、常にお淑やかにしていなさいと、耳にタコができるほど説かれた。
 ジョバンニは、迷信はともかくこの名前を気に入っていたし、幼い頃に買ってもらった名前の由来となった(と囁かれている)昔話の絵本も大好きで、なかなか本を読まない彼女もそれだけは本屋に出向いて自分の小遣いで文庫本と研究書を買って、現在も愛読している。物心ついて最初のうちは女の子には少ない名前だと知らずに、主人公のことを女性かと思っていた。と同時に自分がなぜ男の子の名前をつけられたのか考えるようになった。
 今は迷信からと分かっているが、あの頃は本当に真剣に考えていたのだ。もしかしたら両親は、自分は男の子だけど女性のフリをさせようとして、同時に性別も丸ごとすり替えるつもりでいるのか、と思ったこともあった。それは、日々の自身の教育への彼らの態度を見て考えたものであった。
 とどのつまり、ジョバンニは自分の性についてかなり長い間悩まされていたのである。彼女自身は、___名前の影響なのかは分からないのだが____自分の心は男性寄りだと考えている。だがそれを否定するかのように、女性のひらひらのドレスをお勧めされ、スカートの裾を広げるよそよそしいお辞儀を教えられ、豪快な一気飲みを禁止される。
正直言って、それは自分のしたいことではない。次期当主というのは悪くないが、女王として結婚相手を男にするのには背筋が凍った。出来るなら何もせずただ当主になりたい。そして叶うなら____女性と。
 彼女は男を好きになれなかった。ずっと昔から。実家の城に家臣の何人かイケメンな息子を自分と会わせようと訪れたが、皆顔がいいだけで全く好かない坊主だった。時に男より強い力を発揮して、母を怒らせた。だがそれと逆に女性の多くには淡い恋心を抱いていた。最初は幼い世話役、その次は少し年上の掃除係、また次は同い年の遠い親戚・・・・とキリがない。だが全ては儚い片思いに終わるだけで、自分が期待するような恋愛をしたことがない。いつか願いが叶う日が来れば、と思いながら女子の身なりをして人前でばかり言って笑いながら人生を生きてきた。
 しかし彼女の運命の歯車は、突如動き出す。

 キイ・・・・。ジョバンニが一人でとある昔話の研究書を読みながら暇つぶしをしていると、突然誰かが部屋の扉を開けた。いきなりすぎて体を震えて、鉄砲玉のような速さで顔を上げて扉の方を向く。
「姉ちゃーん!!」
「・・・・ザネリ?」
 自分と同じように中性的であり例の昔話の登場人物と同じ名の妹が、突然自分を訪れてきた。突然。それは良からぬことの代名詞であった。妹のことは未だによく分からないことが多く、おまけにそれが突然となると更に理解不能になるのである。
「何、何の用」
「もー冷たいなー。そんなんじゃ女王様になっても人気にならないよ」
「人気とかそういうのいいの。私はここで一人で過ごしたいんだもの」
「姉ちゃんがそういうと思ったから、連れてきたよ」
「誰を」
「おいでー」
 ザネリに呼ばれて入ってきたのは、少し年下の女の子だった。顔立ちは整っているが幼さが残っていて、小柄な可愛らしい。彼女は一瞬のうちに、目を奪われてしまった。恥ずかしさのあまり、目を逸らしてしまう。少女の方も俯いてモジモジし始めてしまった。
「この子はマリー。先月家に雇った給仕」
「初めまして、マリー・・・・です」
「どうも」
 ただただ頭を上げることしかできず、それ以降はまた黙ってしまう。
「元々私のお付きのものだったんだけど、私他に召使い沢山いるし、どうせだったら姉ちゃんに譲ろうかなって」
「いいよ、お節介だよそんなこと。第一、母さんの許可は取ったの?」
「うん、賛成してた」
「そ。ふーん」
 腕を組んで考えた。部屋は沢山あるが、もしこの子が付き纏うなら自分の貴重な暇時間を多く削ることになる。何しろ母は几帳面なものを気にいる性分だったからである。今やっとその呪縛から解放されたのに、また面倒なことになるかと思うと、気が滅入ってしまう。
 だが、この素ぶりを見るに全てがきっちりしてるわけではないようだった。そこは悪くなかった。
「マリーだっけ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ」
 とりあえず最初は優しく始めることにした。彼女はまだ少し困っていた。
「姉ちゃんにしては優しい言葉だね」
「アンタはいいから。長旅で疲れたでしょう?こっちきて座ってもいいよ」
「いいえ、恐れ多いです。貴方の前に座るだなんて・・・」
 ジョバンニはびっくりして彼女を見つめた。こんなに謙虚な人は実家にいなかった。
「姉ちゃん、この家引き取ってから一回も召使いと話してないでしょ?いい加減雇わないと、即位した時困るよ」
「アンタは本当に母さん似だね。私が自分でなんとかするって言ってるじゃない」
「でも母さんは姉ちゃんのこと心配してやってるんだから」
「分かってるよ」
 自分のことを無愛想だという人は昔からいた。その度親は自分を叱ったが、自分では悪いとは思っていなかった。自分のことをよく知らないくせに、馴れ馴れしく近づいてこないで欲しい。姫様姫様ってしつこいんだよ。内心ではそうやって不満を吐いていた。かと言ってそれを告白できる人もいないので、彼女はもっと無愛想になっていったのだった。
「んー母さんが知ってるなら父さんも絶対認識してる・・・。うーむ」
「お願いします。なんでもします。ダメならいつクビにしても構いません」
 その声は少しばかり震えている。それにザネリが違和感を覚える。
「あれマリー。随分必死というか・・・ここに来るまでは平然としてたのに」
「平然」
「うん。ここ来たら急にそわそわしちゃって。なんか今、別の意味で緊張してるような気がしなくもない・・・」
 まじまじと彼女を見つめる。よく見ているとなんだか小動物のような可愛らしさを見出せるようで、少しぐらいなら一緒に住んでもいいという感情が湧いてきた。それに、両親が知っているなら無下に断ることは難しい。
「っはあ~~・・・・分かったよ。マリー、貴方は今日から私の専属の側近として、ここで暮らしてもらうよ」
「!本当ですか、ありがとうございます!」
「姉ちゃんがすんなり受け入れるなんて、明日は雨が降るんじゃないの?」
 ザネリはからかうような声で言ってニヤつく。ジョバンニは闘牛のようにそれをひらりとかわす。
「んなわけないでしょ。これからよろしくね、マリー」
「はっはい!」
 不本意であるが、これもまあ悪くないかもしれない。窓から吹く風がマントの襟を揺らした。
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