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言葉が零れる瞬間
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タクシーが停まり、湊は小さく息をついた。
隣に座る理仁は、ぼんやりと目を開けたまま、ほとんど動かない。
「降りるぞ」
そう言いながら肩を軽く叩くと、理仁はゆっくりと顔を上げる。
反応はあるが、しっかりしているとは言い難い。
やれやれ、と思いながら、湊は運転手に礼を言い、理仁の腕を肩に回した。
「立てるか?」
「……ん、大丈夫」
口ではそう言うものの、足元がふらつく。
仕方なく、湊は理仁の腕をしっかりと支えながらエントランスへ向かった。
***
エレベーターが静かに上昇していく。
狭い空間の中、酒の匂いと微かな香水の香りが混じる。
湊は理仁の横顔をちらりと見た。
まぶたが半分落ちかけていて、完全に意識があるのかどうか怪しい。
「部屋に着いたら、すぐ寝ろよ」
「……ん」
適当な返事が返ってくる。
エレベーターが目的の階で止まり、扉が開いた。
理仁がポケットから鍵を取り出そうとするが、なかなか見つからない。
湊はため息をつきながら、「貸せ」と言って手を差し出した。
ようやく鍵を見つけ、湊がドアを開ける。
***
部屋の中に入ると、わずかに生活感のある空気が広がった。
スーツのジャケットがソファに無造作に置かれ、机の上には開きっぱなしのノートPC。
整頓されてはいるが、どこか慌ただしさが感じられる空間だった。
湊は靴を脱ぎながら、理仁をベッドまで連れて行く。
「ほら、座れ」
「……ああ」
理仁は素直にベッドに腰を下ろした。
湊はそのまま立ち上がり、部屋の隅に視線をやる。
このまま帰るつもりだった。
理仁がちゃんと寝るのを確認したら、それで終わりにするつもりだった。
けれど、その時。
「……卒業式の日、俺、お前に何か言わなきゃいけなかったんじゃないか」
ぽつりと落とされた言葉に、湊の手が止まる。
静寂が降りる。
部屋の時計の針が、微かに音を立てていた。
湊は、ゆっくりと振り返った。
理仁は、ぼんやりとした目で天井を見上げている。
今の言葉が、ただの酔いのせいなのか、それとも本心なのか。
分からない。
分からないのに、胸の奥に微かなざわめきが広がる。
「……なんで、今になってそんなことを」
喉の奥に引っかかったその言葉を、湊は飲み込んだ。
聞きたくなかった。
15年も経った今、そんなことを言われても、どうしようもない。
あの時、何かが違っていたら。
そんなことを考えたところで、過去には戻れない。
湊は目を伏せると、静かに息をついた。
「ほら、さっさと横になれ」
そう言いながら、理仁の肩を軽く押す。
理仁は、湊の言葉に従うようにベッドに横たわった。
「……おやすみ」
湊は、そっと呟いた。
理仁は、もう返事をしなかった。
湊は黙ったまま、静かに部屋を後にした。
隣に座る理仁は、ぼんやりと目を開けたまま、ほとんど動かない。
「降りるぞ」
そう言いながら肩を軽く叩くと、理仁はゆっくりと顔を上げる。
反応はあるが、しっかりしているとは言い難い。
やれやれ、と思いながら、湊は運転手に礼を言い、理仁の腕を肩に回した。
「立てるか?」
「……ん、大丈夫」
口ではそう言うものの、足元がふらつく。
仕方なく、湊は理仁の腕をしっかりと支えながらエントランスへ向かった。
***
エレベーターが静かに上昇していく。
狭い空間の中、酒の匂いと微かな香水の香りが混じる。
湊は理仁の横顔をちらりと見た。
まぶたが半分落ちかけていて、完全に意識があるのかどうか怪しい。
「部屋に着いたら、すぐ寝ろよ」
「……ん」
適当な返事が返ってくる。
エレベーターが目的の階で止まり、扉が開いた。
理仁がポケットから鍵を取り出そうとするが、なかなか見つからない。
湊はため息をつきながら、「貸せ」と言って手を差し出した。
ようやく鍵を見つけ、湊がドアを開ける。
***
部屋の中に入ると、わずかに生活感のある空気が広がった。
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湊は靴を脱ぎながら、理仁をベッドまで連れて行く。
「ほら、座れ」
「……ああ」
理仁は素直にベッドに腰を下ろした。
湊はそのまま立ち上がり、部屋の隅に視線をやる。
このまま帰るつもりだった。
理仁がちゃんと寝るのを確認したら、それで終わりにするつもりだった。
けれど、その時。
「……卒業式の日、俺、お前に何か言わなきゃいけなかったんじゃないか」
ぽつりと落とされた言葉に、湊の手が止まる。
静寂が降りる。
部屋の時計の針が、微かに音を立てていた。
湊は、ゆっくりと振り返った。
理仁は、ぼんやりとした目で天井を見上げている。
今の言葉が、ただの酔いのせいなのか、それとも本心なのか。
分からない。
分からないのに、胸の奥に微かなざわめきが広がる。
「……なんで、今になってそんなことを」
喉の奥に引っかかったその言葉を、湊は飲み込んだ。
聞きたくなかった。
15年も経った今、そんなことを言われても、どうしようもない。
あの時、何かが違っていたら。
そんなことを考えたところで、過去には戻れない。
湊は目を伏せると、静かに息をついた。
「ほら、さっさと横になれ」
そう言いながら、理仁の肩を軽く押す。
理仁は、湊の言葉に従うようにベッドに横たわった。
「……おやすみ」
湊は、そっと呟いた。
理仁は、もう返事をしなかった。
湊は黙ったまま、静かに部屋を後にした。
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