宵待ちビストロ Lumière(ルミエール)~送信できなかった想いが、夜を照らす

中岡 始

文字の大きさ
30 / 39

言葉が零れる瞬間

しおりを挟む
タクシーが停まり、湊は小さく息をついた。  

隣に座る理仁は、ぼんやりと目を開けたまま、ほとんど動かない。  

「降りるぞ」  

そう言いながら肩を軽く叩くと、理仁はゆっくりと顔を上げる。  

反応はあるが、しっかりしているとは言い難い。  

やれやれ、と思いながら、湊は運転手に礼を言い、理仁の腕を肩に回した。  

「立てるか?」  

「……ん、大丈夫」  

口ではそう言うものの、足元がふらつく。  

仕方なく、湊は理仁の腕をしっかりと支えながらエントランスへ向かった。  

  

***  

  

エレベーターが静かに上昇していく。  

狭い空間の中、酒の匂いと微かな香水の香りが混じる。  

湊は理仁の横顔をちらりと見た。  

まぶたが半分落ちかけていて、完全に意識があるのかどうか怪しい。  

「部屋に着いたら、すぐ寝ろよ」  

「……ん」  

適当な返事が返ってくる。  

エレベーターが目的の階で止まり、扉が開いた。  

理仁がポケットから鍵を取り出そうとするが、なかなか見つからない。  

湊はため息をつきながら、「貸せ」と言って手を差し出した。  

ようやく鍵を見つけ、湊がドアを開ける。  

  

***  

  

部屋の中に入ると、わずかに生活感のある空気が広がった。  

スーツのジャケットがソファに無造作に置かれ、机の上には開きっぱなしのノートPC。  

整頓されてはいるが、どこか慌ただしさが感じられる空間だった。  

湊は靴を脱ぎながら、理仁をベッドまで連れて行く。  

「ほら、座れ」  

「……ああ」  

理仁は素直にベッドに腰を下ろした。  

湊はそのまま立ち上がり、部屋の隅に視線をやる。  

このまま帰るつもりだった。  

理仁がちゃんと寝るのを確認したら、それで終わりにするつもりだった。  

けれど、その時。  

「……卒業式の日、俺、お前に何か言わなきゃいけなかったんじゃないか」  

ぽつりと落とされた言葉に、湊の手が止まる。  

静寂が降りる。  

部屋の時計の針が、微かに音を立てていた。  

湊は、ゆっくりと振り返った。  

理仁は、ぼんやりとした目で天井を見上げている。  

今の言葉が、ただの酔いのせいなのか、それとも本心なのか。  

分からない。  

分からないのに、胸の奥に微かなざわめきが広がる。  

「……なんで、今になってそんなことを」  

喉の奥に引っかかったその言葉を、湊は飲み込んだ。  

聞きたくなかった。  

15年も経った今、そんなことを言われても、どうしようもない。  

あの時、何かが違っていたら。  

そんなことを考えたところで、過去には戻れない。  

湊は目を伏せると、静かに息をついた。  

「ほら、さっさと横になれ」  

そう言いながら、理仁の肩を軽く押す。  

理仁は、湊の言葉に従うようにベッドに横たわった。  

「……おやすみ」  

湊は、そっと呟いた。  

理仁は、もう返事をしなかった。  

湊は黙ったまま、静かに部屋を後にした。  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

Candy pop〜Bitter&Sweet

義井 映日
BL
完結済み作品。全6話。番外編1本追加! 「185cmの看板男」が、たった一人の恋人の前で理性を失う。 ――三ヶ月の禁欲を経て、その愛は甘く、激しく、暴走する。 「あらすじ」 ​大学の「看板男」こと安達大介は、後輩の一之瀬功(いちのせ こう)を溺愛している。 ついに迎えた初めての夜。しかし、安達の圧倒的な「雄」の迫力に、功は恐怖して逃げ出してしまう。 ​「――お前は俺を狂わせる毒だと思ってた」 ​絶望した安達と、愛しているのに身体が竦む功。 三ヶ月の育みを経て、到達した二人の「じれったい禁欲生活」の行方は? 看板男の仮面が剥がれるとき、世界で一番甘い夜が始まる。 お話が気に入った、面白かった、と思ってくださったら、お気に入り登録、いいね、をお願い致します! 作者の励みになります!!

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始
BL
「好きって言ったら負け」 それが、俺たちの間にある、たったひとつのルールだった。 星遥学園の顔、生徒会長・一ノ瀬結翔と副会長・神城凪。 容姿、成績、カリスマ性――すべてが完璧なふたりは、周囲から「最強ペア」と呼ばれている。 けれどその内側では、日々繰り広げられる仁義なき恋愛頭脳戦があった。 ・さりげない言葉の応酬 ・SNSでの匂わせ合戦 ・触れそうで触れない、静かな視線の駆け引き 恋してるなんて認めたくない。 でも、相手からの“告白”を待ち続けてしまう―― そんなふたりの関係が変わったのは、修学旅行での一夜。 「俺、たぶん君に“負けてもいい”って思いかけてる」 その一言が、沈黙を揺るがし、心の距離を塗り替えていく。 勝ち負けなんかじゃない、想いのかたちにたどり着くまで。 これは、美形ふたりの駆け引きまみれなラブコメ戦線、 ついに“終戦”の火蓋が落ちるまでの物語。

悪女の最後の手紙

新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。 人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。 彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。 婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。 理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。 やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。 ――その直後、一通の手紙が届く。 それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。 悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。 表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...