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第7章『僕じゃダメですか』
僕じゃダメですか
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冷たい夜風が、首元を抜けていく。
吐く息が白く揺れ、ほんのわずかな距離にある街灯の光に照らされて消えていった。
社屋の裏手、通用口脇にある自販機コーナーは、いつも人が少ない。
会社帰りの社員たちは、正面玄関から駅へと急ぎ、こんな場所に立ち止まる者はいない。
だから、ふたりきりになるにはちょうどよかった。
理玖は缶コーヒーを受け取りながら、缶の温かさが手のひらをじんわりと包むのを感じていた。
それだけで、少しだけ救われたような気分になる。
隣では、大樹も同じように缶を持っていた。
温かい飲み物を手にしながらも、何かを考えているように見えた。
沈黙があった。
それは決して気まずさではなく、言葉を探している時間のようなものだった。
やがて、大樹が口を開いた。
「僕、主任のこと……好きです」
理玖は思わず横を見る。
でも、大樹はまっすぐ前を向いたまま、続けた。
「ずっと。…ちゃんと、本気で」
淡々とした声だった。
抑揚もなく、告白らしい高揚感も見せず、まるで天気を告げるような自然さで、それは語られた。
けれど、その言葉には、熱があった。
理玖は小さく息を吸い込む。
胸の奥に、何かが沈んでいくような感覚。
それが言葉なのか感情なのか、自分でも分からない。
大樹は缶のふたを指で撫でながら、視線を理玖に向けた。
その目は、淡い色の夜空のように、静かで澄んでいた。
「僕じゃ、ダメですか」
問いかけは、驚くほど穏やかだった。
でも、その静けさの中に、答えを待つ強さがあった。
理玖は、視線を外した。
答えようとした。
けれど、喉がつまって何も出てこない。
どうして、この人はこんなにまっすぐに言えるんだろう。
どうして、何もためらわずに、大切なものを差し出せるんだろう。
「…」
缶を持つ手が、わずかに震えていた。
寒さのせいだけじゃない。
胸の奥がきしむように痛んでいた。
誰かを想う気持ちが、こんなにも真っ直ぐに伝わってくること。
それを受け取る側が、何も言えずにいること。
理玖は、いま自分があまりに臆病なことを、誰よりも理解していた。
「すみません、急に。…驚かせましたよね」
大樹が少し笑った。
笑っているのに、目はどこか悲しそうだった。
「でも、どうしても言いたくて」
その声がまた、理玖の胸に沈んでいく。
言葉にできないものが、胸の奥で波打っていた。
理玖は黙ったまま、手の中の缶を見つめた。
白い湯気が、しばらくのあいだ空中にとどまってから、夜に溶けていった。
どうして…そんなにまっすぐに言えるんだ。
俺には、その勇気が──まだ、ない。
けれど、その気持ちを、拒絶することはできなかった。
ただ、今はまだ答えられない。
そう口にすることも、できなかった。
大樹は何も言わず、理玖の横に立っていた。
それだけで、心が揺れるほど、存在が大きかった。
沈黙のまま、ふたりの時間は過ぎていった。
冬の風がふたりのコートの裾を揺らし、夜の静けさがその場を包んでいた。
吐く息が白く揺れ、ほんのわずかな距離にある街灯の光に照らされて消えていった。
社屋の裏手、通用口脇にある自販機コーナーは、いつも人が少ない。
会社帰りの社員たちは、正面玄関から駅へと急ぎ、こんな場所に立ち止まる者はいない。
だから、ふたりきりになるにはちょうどよかった。
理玖は缶コーヒーを受け取りながら、缶の温かさが手のひらをじんわりと包むのを感じていた。
それだけで、少しだけ救われたような気分になる。
隣では、大樹も同じように缶を持っていた。
温かい飲み物を手にしながらも、何かを考えているように見えた。
沈黙があった。
それは決して気まずさではなく、言葉を探している時間のようなものだった。
やがて、大樹が口を開いた。
「僕、主任のこと……好きです」
理玖は思わず横を見る。
でも、大樹はまっすぐ前を向いたまま、続けた。
「ずっと。…ちゃんと、本気で」
淡々とした声だった。
抑揚もなく、告白らしい高揚感も見せず、まるで天気を告げるような自然さで、それは語られた。
けれど、その言葉には、熱があった。
理玖は小さく息を吸い込む。
胸の奥に、何かが沈んでいくような感覚。
それが言葉なのか感情なのか、自分でも分からない。
大樹は缶のふたを指で撫でながら、視線を理玖に向けた。
その目は、淡い色の夜空のように、静かで澄んでいた。
「僕じゃ、ダメですか」
問いかけは、驚くほど穏やかだった。
でも、その静けさの中に、答えを待つ強さがあった。
理玖は、視線を外した。
答えようとした。
けれど、喉がつまって何も出てこない。
どうして、この人はこんなにまっすぐに言えるんだろう。
どうして、何もためらわずに、大切なものを差し出せるんだろう。
「…」
缶を持つ手が、わずかに震えていた。
寒さのせいだけじゃない。
胸の奥がきしむように痛んでいた。
誰かを想う気持ちが、こんなにも真っ直ぐに伝わってくること。
それを受け取る側が、何も言えずにいること。
理玖は、いま自分があまりに臆病なことを、誰よりも理解していた。
「すみません、急に。…驚かせましたよね」
大樹が少し笑った。
笑っているのに、目はどこか悲しそうだった。
「でも、どうしても言いたくて」
その声がまた、理玖の胸に沈んでいく。
言葉にできないものが、胸の奥で波打っていた。
理玖は黙ったまま、手の中の缶を見つめた。
白い湯気が、しばらくのあいだ空中にとどまってから、夜に溶けていった。
どうして…そんなにまっすぐに言えるんだ。
俺には、その勇気が──まだ、ない。
けれど、その気持ちを、拒絶することはできなかった。
ただ、今はまだ答えられない。
そう口にすることも、できなかった。
大樹は何も言わず、理玖の横に立っていた。
それだけで、心が揺れるほど、存在が大きかった。
沈黙のまま、ふたりの時間は過ぎていった。
冬の風がふたりのコートの裾を揺らし、夜の静けさがその場を包んでいた。
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