リスタート・オーバー ～人生詰んだおっさん、愛を知る～

蓮、嫉妬MAX

　バイトを始めて一週間が過ぎた。

　最初は慣れない作業に手間取っていたが、今では接客もスムーズになり、ミスもほとんどなくなってきた。カフェの雰囲気にも少しずつ馴染み、仕事終わりの疲労感さえも心地よく感じられるようになった。

　しかし、修一には最近気になっていることがあった。

　明らかに、女性客の割合が増えている。

「すみません、カフェラテをひとつお願いします」

　レジを打ち終えた修一が伝票を渡そうとすると、注文をした女性客が少し微笑んだ。

「倉持さんのおすすめって、ありますか？」

「俺の？」

「はい。いつもブラックがお好きだって聞いたんですけど」

「ああ、まあ、そうだな…でも、初めて飲むなら無難にカフェラテとか」

「じゃあ、それにします！」

　女性客は嬉しそうに微笑んで、席へ向かっていった。

　修一は一瞬、不思議そうに首を傾げた。

「…なんで俺に聞くんだ？」

　すぐそばでエスプレッソを淹れていた有村がクスッと笑う。

「倉持さん、完全に女性客の間で話題になってますよ」

「は？」

「渋くて落ち着いた接客が素敵だって」

「いやいや、俺は普通にしてるだけだろ」

「それがいいんじゃないですか？」

　修一は眉をひそめながら、カウンターの奥を見る。

　蓮が黙ってマシンの操作をしていたが、やけに手元の動きが硬い。普段は落ち着いた所作なのに、どこかぎこちない。

「……なんだ、蓮。疲れてるのか？」

　修一がそう声をかけると、蓮は少し間を置いてからカップを置いた。

　そして、何の前触れもなく、修一の袖を引いた。

　そのまま、すっと距離が縮まる。

「倉持さん」

「ん？」

　修一が顔を向けた瞬間、蓮の目が真剣に見つめてくるのがわかった。

　カフェの喧騒の中、二人の間だけ音が消えたように感じる。

「俺以外の人に、そんなに優しくしないでください」

「……は？」

　思考が一瞬で止まった。

「ちょ、待て。お前、今なんて」

「俺以外の人に、そんなに優しくしないでください」

　蓮はもう一度、はっきりと繰り返した。

　言葉の意味は理解できる。しかし、なぜそんなことを言われるのかがわからない。

「いやいや、俺は普通に接客してるだけだろ」

「でも、必要以上に笑ったり、親切にしたりしなくていいんです」

「……接客業だぞ？」

「わかっています。でも、やっぱり気に入らない」

　その言い方は、まるで何かを独占したい子どものようだった。

　修一は戸惑いながらも、蓮の手をそっと振り払う。

「お前な…何言ってんだ？」

「俺は本気ですよ」

　蓮の声は低く落ち着いているが、瞳の奥には強い感情が揺らいでいた。

　修一は息を詰まらせた。

　この男は、本当に何を言っているんだ？