リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~

中岡 始

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独占欲むき出しの年下、無自覚おじさんを追い詰める

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 閉店後のカフェは静かだった。

 客がいなくなり、看板を裏返してシャッターを半分下ろすと、店内には僅かにコーヒーの香りが残っている。テーブルを拭き終えた修一は、背筋を伸ばしながら大きく息を吐いた。

「今日もなんとか終わったな…」

 働き始めて十日目。ようやく体が慣れてきたとはいえ、慣れない立ち仕事は堪える。腰に軽く手を当てて伸びをしたところで、背後からふいに声をかけられた。

「倉持さん」

「ん?」

 振り返ると、蓮が静かに立っていた。

 昼間の忙しさが抜けた店内に、二人だけの気配が満ちる。

「女性客と、あまり親しく話さないでください」

 唐突な言葉に、修一は眉をひそめた。

「は? なんでだよ」

「……気に入らないからです」

 蓮は淡々とした口調だったが、微かに硬さがあった。

 修一は呆れたように鼻を鳴らし、カウンターに腰を預けた。

「お前な…俺はただの店員だろ。接客で話すのは当たり前だ」

「それはわかっています」

「なら、何が気に入らねぇんだ」

「倉持さんが、誰にでも優しいのが気に入らないんです」

 蓮の声は落ち着いていたが、その目は僅かに揺れているように見えた。

 修一は思わず息を詰まらせる。

「……お前、本気で言ってんのか?」

「はい」

 迷いのない答えが返ってきた。

 静寂が落ちる。

 修一は何か言おうとしたが、喉がうまく動かない。

 蓮がじっとこちらを見つめている。その眼差しには、妙な熱が宿っていた。

「……おい、どうした」

 言葉に詰まりながら尋ねると、蓮はゆっくりと口を開いた。

「俺、昔から倉持さんのこと、ずっと好きだったんですよ」

 頭の中が真っ白になった。

「は???」

 酔いが一気に覚めるような衝撃だった。

 唐突すぎる告白に、思考が追いつかない。

「ちょ、待て、お前、今なんて…」

「好きでした」

「……おい、冗談だろ」

「冗談じゃありません」

 修一は蓮の顔をまじまじと見つめた。

 普段の落ち着いた表情のまま、だが、その奥に隠しきれない感情が滲んでいる。

 冗談ではないのだと、すぐに理解した。

 だが、理解できたからといって、納得できるわけではなかった。

「待て待て待て、何だよそれ…そんな話、今まで一度も聞いたことねぇぞ」

「言えるわけないじゃないですか」

「なんでだよ」

「倉持さん、結婚していたでしょう?」

 修一は息をのんだ。

「……お前、まさか」

「俺が入社したときから、ずっと好きでした。でも、倉持さんには奥さんがいたから、諦めるしかなかった」

「……」

「でも、今は違う」

 蓮は静かに言った。

「だから、もう我慢しません」

 修一は何か言おうとしたが、声が出なかった。

 蓮の言葉の重みが、ゆっくりと胸に沈んでいく。

「……お前、本気で言ってるのか?」

「本気ですよ」

 蓮は一歩、近づいてきた。

 修一は反射的に後ずさる。

「待て待て待て、整理させろ」

「整理する必要なんてありません」

 蓮の目は真剣だった。

「俺は倉持さんが好きです。ずっと前から」

 修一は息を詰まらせた。

 こいつ、本気なんだ。

 それが、恐ろしいほど伝わってくる。

 長い間、自分が気づきもしなかった想いが、こんな形で突きつけられるとは思わなかった。

 何かを言わなければならないのに、言葉が出てこない。

 ただ、心臓の音だけがやけに大きく響いていた。
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