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冗談だよな? そうだよな?
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翌朝、目覚めた瞬間から最悪だった。
頭の中に、昨夜の蓮の言葉がべったりと張り付いている。
──俺、昔から倉持さんのこと、ずっと好きだったんですよ。
あの低く落ち着いた声、そのまっすぐな視線、微塵も揺るがない口調。
はっきり覚えている。忘れられるわけがない。
だが、あれはただの冗談だったと考えるのが自然だろう。妙なテンションと勢いで言っただけで、冷静になれば本人も忘れているはずだ。
そう思い込もうとして、修一は顔を洗いながら自分に言い聞かせた。
「冗談だったんだよ、きっと」
しかし、鏡に映る自分の顔はどうにも納得していない。
それでも考えすぎないようにしながら、店へ向かった。
カフェの扉を開けると、いつもと変わらない朝の空気が広がっていた。蓮はカウンターで仕込みをしている。有村は奥で器具を準備していた。
「おはようございます、倉持さん」
蓮の落ち着いた声が耳に届く。
修一は思わず反応が遅れた。
「……あ、ああ。おはよう」
どうしてだろう。
普段と何も変わらないのに、妙にぎこちなく感じる。
いや、違う。変わってしまったのは自分の意識のほうだ。
蓮の顔がまともに見られない。
目を合わせたら、昨日の言葉が頭をよぎってしまう気がして、視線を逸らす。
コーヒー豆の袋を持ち上げながら、深く息を吐いた。何も気にすることはない。昨日のことはなかったことにして、普段通り過ごせばいいだけだ。
「倉持さん、今日エスプレッソの仕込みをお願いできますか?」
「あ、ああ、わかった」
返事はしたものの、なんとなく体がぎこちない。
豆を計量し、グラインダーにセットする手つきも、いつもより硬い。
気にするな。普段通り、普段通り。
そう念じながら作業を進めていると、不意に横から声をかけられた。
「倉持さん」
肩が跳ねる。
「……なんだ」
「今日、なんかぎこちなくないですか?」
有村だった。
鋭い指摘に、思わず言葉を詰まらせる。
「べ、別に。普通だろ」
「いやいや、全然普通じゃないですよ。動きが固いし、なんか落ち着きないし」
そう言われると、ますます意識してしまい、手元の動きが余計に不自然になる。
有村はカウンターに肘をつきながら、じっと修一を見つめた。
「もしかして、店長と何かありました?」
「は!?」
思わず大きな声が出た。
有村は怪訝そうな顔をする。
「いや、なんか店長もいつもより柔らかい感じだし、倉持さんのほうが落ち着かないって珍しいなと思って」
「……別に、何もねぇよ」
大して説得力のない言葉を絞り出し、視線を逸らす。
そのとき、ふと視界の端に蓮が映った。
カウンターの奥で、コーヒーマシンの調整をしながら、こちらを見ている。
まるで、こちらの反応をじっくり観察するような目つきだった。
修一は一瞬、息が詰まるのを感じた。
──冗談、だったんだよな?
そう思いたいのに、蓮の目は、冗談で人をからかうようなものではなかった。
静かで、真剣で、どこか余裕さえ感じられる視線。
そういえば、昨日もあの目をしていた。
修一は無意識に目をそらし、コーヒーマシンのスチームノズルを操作した。
スチームがシュッと勢いよく音を立てる。
気を紛らわせるには、ちょうどいい音だった。
しかし、心のざわつきは、まったく収まりそうになかった。
頭の中に、昨夜の蓮の言葉がべったりと張り付いている。
──俺、昔から倉持さんのこと、ずっと好きだったんですよ。
あの低く落ち着いた声、そのまっすぐな視線、微塵も揺るがない口調。
はっきり覚えている。忘れられるわけがない。
だが、あれはただの冗談だったと考えるのが自然だろう。妙なテンションと勢いで言っただけで、冷静になれば本人も忘れているはずだ。
そう思い込もうとして、修一は顔を洗いながら自分に言い聞かせた。
「冗談だったんだよ、きっと」
しかし、鏡に映る自分の顔はどうにも納得していない。
それでも考えすぎないようにしながら、店へ向かった。
カフェの扉を開けると、いつもと変わらない朝の空気が広がっていた。蓮はカウンターで仕込みをしている。有村は奥で器具を準備していた。
「おはようございます、倉持さん」
蓮の落ち着いた声が耳に届く。
修一は思わず反応が遅れた。
「……あ、ああ。おはよう」
どうしてだろう。
普段と何も変わらないのに、妙にぎこちなく感じる。
いや、違う。変わってしまったのは自分の意識のほうだ。
蓮の顔がまともに見られない。
目を合わせたら、昨日の言葉が頭をよぎってしまう気がして、視線を逸らす。
コーヒー豆の袋を持ち上げながら、深く息を吐いた。何も気にすることはない。昨日のことはなかったことにして、普段通り過ごせばいいだけだ。
「倉持さん、今日エスプレッソの仕込みをお願いできますか?」
「あ、ああ、わかった」
返事はしたものの、なんとなく体がぎこちない。
豆を計量し、グラインダーにセットする手つきも、いつもより硬い。
気にするな。普段通り、普段通り。
そう念じながら作業を進めていると、不意に横から声をかけられた。
「倉持さん」
肩が跳ねる。
「……なんだ」
「今日、なんかぎこちなくないですか?」
有村だった。
鋭い指摘に、思わず言葉を詰まらせる。
「べ、別に。普通だろ」
「いやいや、全然普通じゃないですよ。動きが固いし、なんか落ち着きないし」
そう言われると、ますます意識してしまい、手元の動きが余計に不自然になる。
有村はカウンターに肘をつきながら、じっと修一を見つめた。
「もしかして、店長と何かありました?」
「は!?」
思わず大きな声が出た。
有村は怪訝そうな顔をする。
「いや、なんか店長もいつもより柔らかい感じだし、倉持さんのほうが落ち着かないって珍しいなと思って」
「……別に、何もねぇよ」
大して説得力のない言葉を絞り出し、視線を逸らす。
そのとき、ふと視界の端に蓮が映った。
カウンターの奥で、コーヒーマシンの調整をしながら、こちらを見ている。
まるで、こちらの反応をじっくり観察するような目つきだった。
修一は一瞬、息が詰まるのを感じた。
──冗談、だったんだよな?
そう思いたいのに、蓮の目は、冗談で人をからかうようなものではなかった。
静かで、真剣で、どこか余裕さえ感じられる視線。
そういえば、昨日もあの目をしていた。
修一は無意識に目をそらし、コーヒーマシンのスチームノズルを操作した。
スチームがシュッと勢いよく音を立てる。
気を紛らわせるには、ちょうどいい音だった。
しかし、心のざわつきは、まったく収まりそうになかった。
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