リスタート・オーバー ~人生詰んだおっさん、愛を知る~

中岡 始

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顔が近い。いや、近すぎる!!

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 仕事を始めてしばらくすると、ようやく昨日までの動揺が収まりかけていた。

 蓮の告白は確かに衝撃的だったが、仕事中に考えても仕方がない。カフェの仕事にも慣れてきたし、今は目の前の業務に集中するべきだ。

 そう思って、修一はレジの画面を確認しながら手を動かした。

「倉持さん、ここの入力、間違ってますよ」

 背後から声がして、次の瞬間、蓮の顔がすぐそばにあった。

「うおっ…!」

 思わず肩が跳ねる。

「え?」

 蓮は何が問題なのか分からないといった様子で、相変わらず冷静な顔をしている。

「いや、お前…近ぇよ」

「そうですか?」

「そうだよ」

 修一は思わず半歩下がる。蓮は少しも気にする様子もなく、指先でレジの画面を示した。

「ここ、本来はカフェラテなのに、カプチーノになってます」

「あ?」

「直しますね」

 蓮は修一の手のすぐ横に指を滑らせ、スムーズに修正していく。

 至近距離すぎる。

 さっき後ろに下がったはずなのに、気づけばまた距離を詰められていた。

 蓮の体温がほのかに伝わってきそうなほどの距離で、肩と肩が軽く触れる。

 修一は落ち着かない気持ちで、視線を逸らした。

「……お前、前からこんなだったか?」

「こんな?」

「人との距離感だよ」

「そうですか?」

 蓮は少し首を傾げながら、何でもないような顔をしている。

 前まではこんなに近くなかった気がする。いや、確実になかった。

 こいつ、もしかして距離感バグってないか?

 そう考え始めた矢先、カウンター内で食器を取ろうとしたときだった。

 修一がグラスを手に取ろうと伸ばした指先に、蓮の手が重なった。

 当然、どちらかがすぐに引くだろうと思ったのに、なぜか蓮の手はそのままだった。

 柔らかくも確かな指先が、自分の手の甲を包むように触れている。

「……」

 蓮は何も言わず、ゆっくりとグラスを持ち上げる。

 だが、その間も手が触れたままの状態が続いた。

 修一はほんの数秒のことなのに、異様に長く感じた。

「……お前、手をどける気ねぇのか?」

「どけてほしいですか?」

「当たり前だろ」

 修一が睨むと、蓮はようやく手を離した。

「すみません、つい」

「つい、じゃねぇよ」

 修一はグラスを洗浄機に入れながら、小さく息を吐いた。

 これはさすがに、ちょっとおかしくないか?

 蓮が自分に気があるという事実をまだ完全に受け入れきれていなかったが、もし本気で好きなら、今のは結構アウトじゃないのか。

 いや、もしかしたらこいつはただのスキンシップの多いタイプなのかもしれない。

 だが、どう考えてもそんなキャラではなかったはずだ。

 修一はしばらくの間、蓮の背中をじっと見つめた。

 カウンター越しにコーヒーを淹れるその姿は、以前の部下だった頃の面影と重なる。

 あの頃の蓮は、こんなやつだったか?

 修一の記憶にある蓮は、もっと一定の距離を保って接していたはずだ。部下として適切な態度を取り、礼儀正しく、どちらかといえば真面目なタイプだった。

 それが今では、何かにつけて手を触れてくるし、顔も妙に近い。

 ──俺のこと、本気で好きなら、こういうのってヤバくねぇか?

 ふと、そんな考えがよぎる。

 ……いやいや、深読みしすぎだろ。

 修一は慌てて頭を振った。

 だが、そんな修一の内心を知ってか知らずか、蓮は変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、手際よく作業を続けていた。
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