猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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喋る猫

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 「……は?」

 陽向は、完全に固まった。

 目の前の猫──キジトラ模様のそいつは、まるで何事もなかったかのように、当たり前のような顔でそこにいる。

 いや、違う。

 こいつは今──喋った。

 「いやいやいや、待て待て待て!」

 陽向は慌てて両手を振り回す。

 「今……お前、喋ったよな!?」

 「だから何だ?」

 猫はちらりと陽向を一瞥すると、気だるそうにその場に座り込んだ。

 そして、おもむろに前足をペロリと舐め始める。
 口元を拭うように、軽く顔をこすりながら毛づくろいを続けた。

 まるで、陽向の動揺など、どうでもいいとでも言いたげに。

 「……いや、何だって!? そもそも、猫って普通喋らねぇだろ!」

 陽向は頭を抱える。

 だが、猫は平然としたまま、しなやかに尻尾を揺らしながら答えた。

 「普通とは何だ?」

 「いや、普通は普通だろ! お前みたいな猫がいたら、世の中大パニックになるわ!」

 「ふむ……」

 猫は毛づくろいを一旦やめ、真剣な表情で考え込むように前足を見つめる。
 そして、ゆっくりと顔を上げると、陽向にこう言った。

 「だが、お前にしか聞こえないのだから、問題ないな。」

 「そういう問題じゃねぇ!!!」

 陽向は思わず叫んだ。

 おかしい。何かがおかしい。
 自分は今、現実を生きているはずなのに、目の前の光景があまりにも理解不能すぎる。

 「……夢か?」

 自分に言い聞かせるように、陽向はそっと頬をつねった。

 ぐいっ。

 「……痛ぇ。」

 やっぱり、夢じゃない。

 「うぅ……マジかよ……」

 陽向は膝に手をつき、深いため息をついた。
 頭が混乱して、何からツッコめばいいのかわからない。

 「猫が喋るなんて……そんなの、ファンタジーじゃん……」

 「現実だ。」

 「どこがだよ!?」

 「お前が俺の声を聞いている。つまり、これは現実だ。」

 猫は当然のように言う。

 ── まったく説得力がないのに、なぜか妙に自信に満ちた態度。

 陽向は半ば呆れながら猫を見下ろす。

 すると、猫は小さくため息をつくように、尻尾をパタン……と床に叩きつけた。

 「まぁいい。そんなことより──」

 そう言って、猫は再び陽向の顔をまっすぐ見つめる。

 鋭く、それでいてどこか見透かすような目。

 静かな間が流れたあと、猫はハッキリと言った。

 「お前、つまらん顔してるな。」

 「……は?」

 陽向は、今度こそ本気で言葉を失った。
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