猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

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本を語るのは自由?

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 夕暮れの帰り道、陽向はため息をつきながら歩いていた。  

 好きな本について発表する課題。  
 別に難しいことではないはずなのに、どうにも気が重い。  

 (俺がどんな本を読んでるかなんて、誰も興味ないだろ)  

 クラスの誰かが「へえ」と適当に流して終わるか、下手したら「なんでそんなの読んでるの?」と冷やかされるかもしれない。  
 そう考えると、わざわざ話すのが億劫になってくる。  

 歩道橋を渡ると、道沿いの塀の上に見慣れた猫の姿があった。  

 トラ老師が、前足をそろえてじっとこちらを見ている。  

 陽向が足を止めると、トラ老師はゆっくりと立ち上がり、軽やかにポンッと飛び降りた。  

 そして、何の迷いもなく陽向の足元にすり寄ってきた。  

 「お前、ずいぶん浮かない顔をしているな」  

 「…お前に言われる筋合いはない」  

 陽向はトラ老師を軽く払いのけながら、ポケットに手を突っ込む。  

 「…好きな本について発表するんだけどさ」  

 そうつぶやくと、トラ老師は「ほう?」と興味深そうに尻尾を揺らした。  

 「別に、俺が何を読んでるかなんて、誰も興味ないだろ」  

 トラ老師は鼻を鳴らし、ゆっくりと毛づくろいを始める。  

 「フン…本を読むのは自由だが、それを語るのもまた自由だ」  

 「…は?」  

 「誰が聞いていようがいまいが、お前が語りたいことを語ればいい」  

 陽向は足を止め、トラ老師をじっと見た。  

 「そんな簡単に言うけどさ、興味ないやつに話しても、ただの自己満足だろ」  

 「自己満足で何が悪い?」  

 トラ老師は顔を上げ、目を細めた。  

 「読書とは、そもそも個人的な行為だ。お前がどんな本を読み、どんなことを感じるかは、お前だけのものだ」  

 「…まあ、それはそうだけど」  

 「だがな、語るというのもまた、読書の一つの楽しみなのだ」  

 トラ老師は塀の上に跳び上がり、そこから陽向を見下ろした。  

 「それに、思いがけず興味を持つ者もいるかもしれんぞ」  

 「…そんなやつ、いるかな」  

 「さあな。だが、お前が語らなければ、誰も知ることはない」  

 陽向は口をつぐんだまま、地面を蹴って歩き出した。  

 言っていることはもっともだ。  
 けれど、実際に話すとなると、やはり気恥ずかしさがある。  

 そんな陽向の横を、トラ老師が軽やかな足取りで歩く。  

 「…お前に励まされるとムカつくんだよな」  

 ぼそっとつぶやくと、トラ老師は「フフン」と得意げに喉を鳴らした。  

 陽向はわずかに眉をひそめながら、それ以上何も言わずに前を向いた。  

 語ることも、読書の楽しみ。  

 今まで考えたこともなかったが、それが本当に楽しいものなのか。  

 それを確かめるのは、明日の発表次第だ。  
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