猫の先生は気まぐれに～あるいは、僕が本を読む理由

ならば、もう少しだけ付き合ってやるか

　トラ老師は、しばらく陽向をじっと見つめたあと、ふっと目を細めた。  
　そして、まるで試すような口調で静かに言った。  

　「フン…ならば、もう少しだけ、付き合ってやるか」  

　その言葉を聞いた瞬間、陽向は思わず苦笑した。  

　「『もう少しだけ』って、お前どうせずっといるだろ」  

　トラ老師は、ふんっと鼻を鳴らしながら、悠然と尻尾を揺らした。  

　「さて、それはどうかな」  

　「お前、絶対その気もないくせに、それっぽいこと言うのやめろよ」  

　陽向は腕を組みながら睨んだが、トラ老師は余裕たっぷりに前足を舐めながら毛づくろいを始めた。  
　まるで「そんなことはお前が決めることではない」とでも言うように。  

　「勝手に消えるなよ」  

　陽向はそう釘を刺したが、トラ老師は相変わらず飄々とした態度のままだった。  

　「フフン…お前が本を読む限り、俺は消えんよ」  

　喉をゴロゴロと鳴らしながら、どこか意味深なことを言う。  

　「…なんだよ、それ」  

　陽向は少しだけ呆れながらも、言葉の意味を考えた。  
　初めて現れたときから、トラ老師は何かと読書について語り続けてきた。  
　その存在は、ただの猫ではなく、まるで本そのものが形を持ったような、不思議な存在のようにも思えた。  

　「…まあ、いいか」  

　そうつぶやきながら、陽向は机の上の本を開いた。  

　トラ老師がいるかどうかに関係なく、これからも本を読み続けることに変わりはない。  
　むしろ、読めば読むほど、新しい本を知りたくなる。  
　その連鎖は、きっとどこまでも続いていくのだろう。  

　「じゃあ、もっと読まないとな」  

　陽向は小さくつぶやきながら、指先でページをめくった。  
　その横で、トラ老師は満足げに目を閉じ、喉を鳴らしながら静かに丸くなる。  

　二人の奇妙な読書生活は、これからも続いていく。  

──それが、終わりのない物語の始まりなのだから。