猫の先生は気まぐれに~あるいは、僕が本を読む理由

中岡 始

文字の大きさ
33 / 34

お前も、これからも付き合えよ

しおりを挟む
 陽向は、一冊の本を手に取りながら、隣の本棚の上に目を向けた。  

 そこには、当然のようにトラ老師が鎮座している。  
 前足をきちんと揃え、尻尾をゆっくりと揺らしながら、陽向の様子を観察するように見つめていた。  

 「なあ」  

 陽向は本を机に置き、トラ老師のほうを向いた。  

 「何だ?」  

 「じゃあ、お前もこれからも付き合えよ」  

 そう言うと、トラ老師はわずかに目を細めた。  

 「フン…お前はもう一人で大丈夫だろう?」  

 その言葉に、陽向は思わず眉をひそめた。  

 「は?」  

 「もう本を読むことに迷いはない。自分で選び、考え、楽しんでいる。それならば、もはや俺の手を借りる必要はあるまい」  

 トラ老師はゆっくりと立ち上がり、のびをするように背をそらした。  

 「さて、そろそろ潮時か」  

 「……おい」  

 陽向は机から身を乗り出した。  

 「潮時って、お前まさか…」  

 「読書の道は一人で歩むものだ。お前はもう立派な読書家だろう?」  

 トラ老師はそう言いながら、本棚の端に移動し、まるでこのまま部屋を去るかのような雰囲気を漂わせた。  

 陽向の胸の奥が、ズキリと痛む。  

 確かに、最初のころのように「本を読む意味があるのか」なんて悩んではいない。  
 今では読書が当たり前になり、次に読む本を楽しみに思えるほどになった。  

 でも、だからといって…。  

 「……いや、まだお前の話も聞きたいし」  

 無意識に言葉がこぼれた。  

 トラ老師の動きが、ピタリと止まる。  

 陽向は自分の手を握りしめながら、もう一度言った。  

 「まだ、お前の話を聞きたい」  

 自分でも驚くほど、素直な気持ちだった。  

 トラ老師は、ほんの一瞬だけ目を細めた。  
 それは、考えているのか、もしくは笑っているのか、どちらとも取れる表情だった。  

 そして、ゆっくりと振り返ると、再び本棚の上に座り込んだ。  

 「ほう、まだ俺の言葉が必要か?」  

 のびをしながら、余裕たっぷりの態度で問いかける。  

 陽向はわずかにムッとしながらも、「偉そうにすんな」とつぶやいた。  

 「ふふん、ならば…もう少しだけ、付き合ってやるか」  

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...