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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です
本当は、ずっと言いたかった
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土曜日の午後。
大学近くのカフェは、学生たちで賑わっていた。
窓際の二人席に並んで座ると、悠真は注文したホットカフェラテを手に取り、小さく息をついた。
対面には、冷めかけのアイスアメリカーノ。グラスを傾けながら、颯斗は相変わらず無言だった。
特別、険悪な空気というわけではない。けれど、会話の間に入る沈黙が、ここ最近少しだけ重たくなった気がする。
「この前のゼミ、なんとか資料間に合ったよ」
悠真が声をかけると、颯斗は一拍おいて頷いた。
「見た。ちゃんと準備してたじゃん。…いつの間に」
「夜中にちょっと頑張っただけ」
その“ちょっと”が、どれだけ詰め込んだ末の代償だったかは、わざわざ言わなくても分かっているはずだ。
颯斗の視線が、グラスの縁をなぞるように下を向いたまま動かない。
「…あのさ」
ぽつりと、颯斗が言った。
「ゼミのあと、朝倉先輩が話しかけてきてたよな」
悠真の指先が、カップの持ち手で止まる。
「うん。まあ、ちょっとだけ」
「『藤堂くんって彼女いないんだよね』って、俺の後ろで言ってた」
あの日のことが、ふいに蘇る。
ゼミ終わりの教室で、資料を片付けていたとき、由依が何気ない様子で距離を詰めてきた。
その場は適当にかわしたつもりだったが、どうやら、想像以上に“言わなかった”ことが目立っていたらしい。
「…そうだったかも」
「否定、しなかったんだな」
返す言葉が見つからなかった。
その一言に、怒りや責めるような響きはなかった。ただ静かに、事実を確認するようなトーンだったのが、逆に胸に刺さる。
「別に、言いたくなかったわけじゃない」
悠真は、気まずさをごまかすように笑ってみせた。
「ただ…その場の空気ってあるし。いきなり“彼氏います”って言うのも、ちょっとヘンじゃないかって」
「そうかもな」
颯斗はそれ以上、追及することはなかった。
それが優しさだと分かっていても、悠真の胸の奥には重たく冷たいものが残ったままだった。
帰り道、少し風が冷たくなっていた。
歩幅を揃えながら並んで歩く二人の距離は、数センチも変わっていないはずなのに、どこか遠く感じる。
「誰かに話してもよかったんじゃないの」
不意に、颯斗が言った。
その言葉に、悠真は立ち止まりかけた。
声は小さかった。でも確かに届いた。
何気ないようでいて、核心を突いてくる言葉だった。
「……話すって、誰に?」
「誰でもいい。別に、大声で言えってわけじゃないけど」
言いかけた颯斗は、それきり口をつぐんだ。
言わないことで守れるものがある。
そう思っていた。
高校時代は、言葉にして繋がった。だけど、今は違う。
「言わなくても通じてる」と思っていたし、「言わないほうが楽」とも思っていた。
でも、その選択が、彼を置いてけぼりにしていたのだとしたら?
言わなかったことが、黙っていたことが、すれ違いの原因だったのだとしたら?
踏み出さなかった一歩が、今じわじわとふたりの距離をほどいている。
自分は、何を守りたかったのだろう。
誰にも言わなかったのは、ただ“面倒になりたくなかった”からだろうか。
それとも、他人にどう思われるかが怖かったのか。
あるいは…自分が“自分の気持ちに自信がなかった”からか。
「言いたくなかったわけじゃない」
自分でそう言った言葉が、胸の中で何度も反響する。
けれど本当にそうだったのかと問われたら、自信を持って頷けない。
「言いたかった」
心の中で、ようやく本音が顔を出す。
伝えたいと思っていた。恋人がいると、ちゃんと話したいと思っていた。
でも、言ったあとにどうなるかが怖かった。
どんな反応をされるか
どんな視線を向けられるか
誰かの心ない一言に、彼が傷つくことが怖かった
そして何より、自分自身がそれにどう耐えるか分からなかった。
「…悠真」
隣を歩いていた颯斗が、名前を呼んだ。
振り返ると、夕陽が傾いて彼の顔の半分を赤く染めていた。
「俺、別に全部言ってほしいわけじゃない。
でも……お前が言いたくなったときは、ちゃんと聞くから」
その言葉に、悠真はふっと息を呑んだ。
涙が出るほど優しいのに、どうしてこんなにも苦しくなるんだろう。
「うん」
小さく頷くことしかできなかった。
言葉にしたら、全部が崩れてしまいそうで、声が出なかった。
けれどその沈黙は、きっともう前みたいな“逃げ”じゃない。
言えないけど、言いたい。
その間にある感情を、ようやく自分で見つめることができた気がした。
その日、ふたりは最後まで言葉を交わさなかった。
だけど、すれ違い続けていた距離が、ほんの少しだけ縮まった気がした。
大学近くのカフェは、学生たちで賑わっていた。
窓際の二人席に並んで座ると、悠真は注文したホットカフェラテを手に取り、小さく息をついた。
対面には、冷めかけのアイスアメリカーノ。グラスを傾けながら、颯斗は相変わらず無言だった。
特別、険悪な空気というわけではない。けれど、会話の間に入る沈黙が、ここ最近少しだけ重たくなった気がする。
「この前のゼミ、なんとか資料間に合ったよ」
悠真が声をかけると、颯斗は一拍おいて頷いた。
「見た。ちゃんと準備してたじゃん。…いつの間に」
「夜中にちょっと頑張っただけ」
その“ちょっと”が、どれだけ詰め込んだ末の代償だったかは、わざわざ言わなくても分かっているはずだ。
颯斗の視線が、グラスの縁をなぞるように下を向いたまま動かない。
「…あのさ」
ぽつりと、颯斗が言った。
「ゼミのあと、朝倉先輩が話しかけてきてたよな」
悠真の指先が、カップの持ち手で止まる。
「うん。まあ、ちょっとだけ」
「『藤堂くんって彼女いないんだよね』って、俺の後ろで言ってた」
あの日のことが、ふいに蘇る。
ゼミ終わりの教室で、資料を片付けていたとき、由依が何気ない様子で距離を詰めてきた。
その場は適当にかわしたつもりだったが、どうやら、想像以上に“言わなかった”ことが目立っていたらしい。
「…そうだったかも」
「否定、しなかったんだな」
返す言葉が見つからなかった。
その一言に、怒りや責めるような響きはなかった。ただ静かに、事実を確認するようなトーンだったのが、逆に胸に刺さる。
「別に、言いたくなかったわけじゃない」
悠真は、気まずさをごまかすように笑ってみせた。
「ただ…その場の空気ってあるし。いきなり“彼氏います”って言うのも、ちょっとヘンじゃないかって」
「そうかもな」
颯斗はそれ以上、追及することはなかった。
それが優しさだと分かっていても、悠真の胸の奥には重たく冷たいものが残ったままだった。
帰り道、少し風が冷たくなっていた。
歩幅を揃えながら並んで歩く二人の距離は、数センチも変わっていないはずなのに、どこか遠く感じる。
「誰かに話してもよかったんじゃないの」
不意に、颯斗が言った。
その言葉に、悠真は立ち止まりかけた。
声は小さかった。でも確かに届いた。
何気ないようでいて、核心を突いてくる言葉だった。
「……話すって、誰に?」
「誰でもいい。別に、大声で言えってわけじゃないけど」
言いかけた颯斗は、それきり口をつぐんだ。
言わないことで守れるものがある。
そう思っていた。
高校時代は、言葉にして繋がった。だけど、今は違う。
「言わなくても通じてる」と思っていたし、「言わないほうが楽」とも思っていた。
でも、その選択が、彼を置いてけぼりにしていたのだとしたら?
言わなかったことが、黙っていたことが、すれ違いの原因だったのだとしたら?
踏み出さなかった一歩が、今じわじわとふたりの距離をほどいている。
自分は、何を守りたかったのだろう。
誰にも言わなかったのは、ただ“面倒になりたくなかった”からだろうか。
それとも、他人にどう思われるかが怖かったのか。
あるいは…自分が“自分の気持ちに自信がなかった”からか。
「言いたくなかったわけじゃない」
自分でそう言った言葉が、胸の中で何度も反響する。
けれど本当にそうだったのかと問われたら、自信を持って頷けない。
「言いたかった」
心の中で、ようやく本音が顔を出す。
伝えたいと思っていた。恋人がいると、ちゃんと話したいと思っていた。
でも、言ったあとにどうなるかが怖かった。
どんな反応をされるか
どんな視線を向けられるか
誰かの心ない一言に、彼が傷つくことが怖かった
そして何より、自分自身がそれにどう耐えるか分からなかった。
「…悠真」
隣を歩いていた颯斗が、名前を呼んだ。
振り返ると、夕陽が傾いて彼の顔の半分を赤く染めていた。
「俺、別に全部言ってほしいわけじゃない。
でも……お前が言いたくなったときは、ちゃんと聞くから」
その言葉に、悠真はふっと息を呑んだ。
涙が出るほど優しいのに、どうしてこんなにも苦しくなるんだろう。
「うん」
小さく頷くことしかできなかった。
言葉にしたら、全部が崩れてしまいそうで、声が出なかった。
けれどその沈黙は、きっともう前みたいな“逃げ”じゃない。
言えないけど、言いたい。
その間にある感情を、ようやく自分で見つめることができた気がした。
その日、ふたりは最後まで言葉を交わさなかった。
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