俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始

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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です

過去の俺が、今の俺を縛ってる

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ゼミ発表の担当が回ってきたのは、突然のことだった。  
本来の順番では来週の予定だったが、前の班の学生が体調不良で順延になり、その分がこちらに回ってきたらしい。  

「まあ、準備してるだろうし、大丈夫だよな」  
教授が笑ってそう言うと、他の学生たちも特に異論はない様子だった。  
悠真もその場で「はい」と答えた。  

本当は、まだ詰め切れていない部分がいくつもある。  
けれど、反射的に断るという選択肢は浮かばなかった。  

「ありがとう。助かる」  
班のリーダーがほっとしたように言ったとき、悠真はそれ以上何も言えなかった。  

その夜、パソコンの前に座っていた。  
スライドは半分しかできていない。  
文献の読み込みも甘く、他の班員が提出してきたメモには曖昧な点が多い。  
悠真がその補足をする必要があるのは明らかだった。  

「まあ、俺がやるか」  

小さくつぶやいた声には、笑い混じりの諦めが滲んでいた。  

気づけば、いつの間にか“自分がなんとかする”ことが癖になっていた。  
誰かの代わりに動いて、誰かの感情を汲んで、場の空気を崩さないように、波風を立てないように。  

それが、当たり前だった。  

コーヒーを淹れるために台所へ立ち、湯気の立つマグカップを手にしたとき、不意に過去の記憶がよみがえった。  
まだ前の人生――社会人として働いていた頃のことだ。  

入社して三年目の冬、同じチームの先輩が突然退職した。  
後任が決まるまでの業務は、誰が引き継ぐのか。  
会議室には微妙な沈黙が流れた。  

誰も手を挙げない空気のなかで、悠真は口を開いた。  

「……自分、やります」  

その一言で、場が少しだけ和んだ。  
部長は「助かる」と言い、同僚たちは「さすがだ」と笑った。  
誰も無理をしろとは言わなかった。  
けれど、あの場の空気に応えたことで、悠真は“都合のいい人間”としての立ち位置に落ち着いた。  

そして、気づけば、誰かが休めば代わりに入るのが当然になり、  
誰かがこぼした分を拾うのが当たり前になった。  

誰にも迷惑をかけず、黙って働く。  
そうやって静かに消耗しながらも、「評価されること」が自分の存在意義になっていた。  

結果は――どうだったか。  

仕事中に倒れ、そのまま二度と目を覚まさなかった。  
過労死という言葉が、ニュースではなく自分自身の現実になるまでに、そう長くはかからなかった。  

今は違う人生を生きている。  
高校生として生まれ変わり、大学生になって、恋人もできた。  
過去とはまったく違う日々を送っているはずなのに、それでも…  

変わったつもりで、何も変わっていない。  

「……俺って、ほんと変わってないな」  

マグカップの縁に唇をつけ、少し熱い液体を流し込む。  
目を閉じて、静かに息を吐いた。  

誰にも頼まれていないのに、引き受ける。  
誰かの期待を断れずに、黙って仕事を増やす。  
“空気を読む”ことばかりに意識を向けて、本当に言いたいことは喉の奥に押し込めたまま。  

なぜ、そんなふうになってしまうのか。  

怖いのだ、とようやく気づく。  
誰かに失望されるのが。  
無能だと思われるのが。  
そして――嫌われるのが。  

もし、今日のゼミで教授に「まだ準備できていません」と言っていたら。  
もし、班の仲間に「ちょっと今は無理かもしれない」と正直に言えていたら。  

がっかりされたかもしれない。  
責められはしなくても、「期待外れ」と思われるのが怖かった。  

それでもきっと、本当は分かっていた。  
そう言っても、彼らは大して責めないだろうと。  
でも、心の奥底がどうしてもそれを許してくれなかった。  

自分の価値を“便利さ”に置いてしまったあの日から、ずっと抜け出せていなかった。  

本当に欲しかったのは、誰かに感謝されることでも、評価されることでもない。  
「無理しなくていいよ」  
「俺がやるよ」  
そう言ってくれる誰かの存在だったのかもしれない。  

「俺がいちばん恐れているのは、嫌われることなんだ」  

口には出さず、心の中でそう呟く。  

誰かに認められたいわけじゃなかった。  
ただ、大切な人に失望されたくなかった。  
好きな人に、「期待外れ」と思われるのが、何よりも怖かった。  

恋人である颯斗が、たとえそんなふうに思うはずがないと頭では分かっていても、  
それでも、もしも彼が「なんだ、そんなもんか」と感じたらと考えるだけで、  
胸が苦しくなった。  

それなら、無理をしてでも応えたほうがいい。  
少しの犠牲で済むなら、我慢すればいい。  

そうやって、“また”同じことを繰り返そうとしていた。  

悠真はスライドのウィンドウを閉じ、マグカップをそっと机に置いた。  
深く息を吸い込む。  

明日の発表は、なんとかなる。  
だけど、それ以上に大切なことがある。  

もう、同じ場所には戻らない。  
空気を読むことよりも、誰かの顔色を伺うよりも、  
自分がどう在りたいかを、ちゃんと選べるようになりたい。  

変わったように見せるんじゃなくて、  
本当に、自分を変えていきたい。  

そう思った。  

そしてそれは、きっと、過去の自分に対する  
最初の、本物の裏切りだった。
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