俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始

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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です

お前、なんで俺のこと言わなかったの?

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雨が降りそうだった。  
空はどこまでも薄曇りで、湿った風が肌をなでるように吹き抜ける。  
講義が終わった夕方、大学の裏門から出て並んで歩く帰り道。  
喧騒から少し離れた小道には、歩く人もまばらだった。

いつもなら、他愛もない会話を交わすはずの時間。  
今日は、妙に沈黙が続いていた。  

颯斗は無言のまま、いつものように少しだけ前を歩いている。  
歩幅を合わせてくれていることに気づいていながら、悠真はなぜかうまくその横に並べなかった。

沈黙が途切れたのは、信号待ちのタイミングだった。  
交差点の角で足を止めたとき、颯斗が唐突に口を開いた。  

「お前、なんで俺のこと言わなかったの?」  

声は静かだった。  
責めるでも怒るでもなく、ただ事実を確認するような調子。  
けれどその言葉の重さに、悠真の胸はぎゅっと縮んだ。

しばらく、答えが出なかった。  

理由はある。  
いくつも思いつく。  
けれど、今ここでそれを並べたところで、全部が“言い訳”にしかならないことは分かっていた。  

だから、悠真は沈黙した。  

赤信号の点滅が始まる。  
風がふたりの間を通り抜けていく音だけが耳に残った。  

「……ごめん」  

ようやく絞り出した言葉は、それしかなかった。  
他には何も言えなかった。  

颯斗は、それに何も返さなかった。  
ただ数歩先に歩き出し、振り返ることなく横断歩道を渡っていく。  

慌てて追いかけることはしなかった。  
不思議と、離れるとは思わなかったからだ。  
でも、追いついたときには、胸の奥にずっとしまっていたものを出さなければいけないような気がしていた。

渡りきった先のベンチに、颯斗が腰を下ろした。  
悠真も隣に座る。  
距離は拳ひとつ分ほど。  
近すぎず、でも離れすぎてはいない、その微妙な距離。

しばらく、ふたりとも言葉を発さなかった。  
蝉の声が遠くで鳴き始めていた。  
季節はゆっくりと夏に向かっているはずなのに、胸の中には少し肌寒い風が吹いているようだった。

「……言いたくなかったわけじゃない」  

悠真は、視線を足元に落としたまま言った。  
「ただ、怖かったんだ」  

その声は、誰かに聞かせるというよりも、自分に向けて言っているようだった。  

「言ったらどう思われるかとか、あの場の空気がどうなるかとか、そういうのを一瞬で考えて…結局、黙ってた」  
「言う勇気がなかった。面倒なことになりたくなかった。それが本音だと思う」  

ゆっくりと、言葉を選びながら話す。  
自分の臆病さを曝け出すような感覚がして、喉の奥がひりついた。  

「でも、たぶん一番は…お前に、がっかりされたくなかったんだ」  

その一言を口にした瞬間、悠真は小さく肩を震わせた。  
手のひらをぎゅっと握りしめる。  

「お前はさ、いつもちゃんと俺を見ててくれるだろ? なのに、俺は…お前のこと、ちゃんと信じきれてなかったのかもしれない」  
「大丈夫だって分かってたはずなのに、頭じゃそう思ってるのに、どうしても身体が動かなくて…」  

言葉が途切れる。  
口の中が乾いていくのを感じながら、悠真は静かに息を吐いた。

颯斗は、何も言わなかった。  
ただ隣で、黙って話を聞いていた。  
それがありがたくて、でも同時に、何よりも苦しかった。

「……ごめん」  

もう一度、悠真は言った。  
今度は、相手に向けて。  
頬をかすめた風が、汗ばむ季節の匂いを運んでくる。  
それは、どこか懐かしくて、今とは違う時の匂いのようにも感じた。

ふたりの間に流れる沈黙は、これまでとは違っていた。  
ただ言葉がなかっただけの、やさしい沈黙ではない。  
感情を飲み込んで、ぶつけることもできず、それでも逃げずに向き合おうとする重さがあった。

「……俺さ」  
やっとのことで、颯斗が言った。  

「たぶん、最初から気づいてた。お前が“言わない”って決めたことも、それが俺を気遣ってのことだってことも」  
「でも、勝手に理解してるフリするのって、結構しんどいんだな」  

その声には、わずかな笑いが混じっていた。  
苦い、けれど優しさのある笑いだった。  

「分かってるつもりだったけど、ちゃんと聞きたかったんだ。お前の口から」  
「言いたくなかったわけじゃない、って。……そう言ってもらえて、ちょっと安心した」  

悠真はそっと顔を上げた。  
夕暮れの光が、颯斗の横顔を淡く照らしていた。  
その目は怒ってもいないし、泣いてもいない。ただ、真っ直ぐでまっすぐだった。

「ありがとう」  

そう呟いたあと、悠真は自分でも驚くほど素直に笑えた。  
まだすべてが解決したわけじゃない。  
けれど、ようやく“向き合う”という扉の前に立てた気がした。

沈黙は、もう怖くない。  
その向こうに、ちゃんと言葉があると分かったから。  
ふたりの関係が、ただの“わかりあえるはず”から、“わかりあいたい”へと変わった瞬間だった。
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