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元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です
就職先を選ぶ、ってことは“生き方”を選ぶことだった
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ビルのエントランスを出たとき、夕暮れが街にゆっくりと染みはじめていた。高層ビルのガラスにオレンジ色の光が反射し、歩道にはスーツ姿の学生とビジネスマンが混ざって歩いている。悠真は、そのなかで一度深く息を吸い、そして静かに吐き出した。
面接を終えたばかりの帰り道だった。
今日の企業は、行政と連携して福祉や教育の現場に介入する、いわゆる「中間支援」の分野に強みを持つNPOだった。大手ではない。給与も特別高いわけではない。でも、話を聞きながら、自分の心が少しずつ動いていくのを感じていた。
「人のために」と口にするのは簡単だけど、そこに“関わり続ける覚悟”があるかどうかを、面接官は何度も問いかけてきた。それが、なんだか心に残っていた。
駅前のカフェに入り、カウンターで注文を済ませてから、ひとつだけ空いていた窓際の席に腰を下ろす。スーツの襟を軽く整えながら、テーブルに広げたのは、使い込まれた手帳だった。就活が始まってから毎日つけているスケジュールとメモ、聞いた企業の印象、質問された内容、そしてそのとき自分がどう感じたかを記したページが並んでいた。
そのなかに、数週間前のメモがあった。
「安定」「福利厚生」「年功序列」
その横に、小さく鉛筆で「前の人生の記憶が強すぎる?」と書かれている。
悠真は、それを見て小さく息を吐いた。
最初はそうだった。
就職するということは、いかに波風を立てず、誰にも迷惑をかけず、求められたことをこなしていくか——そんな考え方が、心の奥にずっと染みついていた。働くというのは、“死なずに生きる”ための手段だった。前の人生では、たぶん本当に、そうだった。
でも。
最近、面接で「あなたは、どうしてこの業界に興味を持ちましたか」と聞かれたとき、悠真はとっさに「誰かと関わって働きたいからです」と答えていた。
それは予定していた答えじゃなかった。
模擬面接で練習していた「社会課題の解決に関心があって」や「これまでの経験を活かしたいから」ではなかった。ただ、言葉が口をついて出た。
「誰かと、ちゃんと関わって生きていきたい」
それが、思いがけず出てきた本音だった。
その言葉が、自分でも驚くほどしっくりきた。
それ以来、自分の志望先は自然と変わっていった。ネームバリューでも条件の良さでもなく、「どんなふうに人と関われるか」を軸に、企業を選ぶようになっていた。
カップのフタをゆっくりと開けて、温かいカフェラテに口をつける。苦味の奥に、ほんの少しだけ甘さが残っていた。
手帳の余白に、今日の面接についてのメモを書き足しながら、ふと思った。
「俺、“ちゃんと生きたい”ってずっと思ってたけど……たぶん、今は“ちゃんと関わって生きていきたい”に変わってきてる」
働くって、たぶん“どう生きたいか”に直結している。
前の人生では、それが分からなかった。
“働くこと”が“生きること”のすべてで、そこに他人が介在する余地なんてなかった。
でも今は違う。
朝、家を出るときに「いってきます」と言える人がいる。
夜、疲れて帰ったときに「おかえり」と言える場所がある。
自分が誰かと関わることで、世界のどこかが少しだけあたたかくなる——そんなふうに感じられる生き方が、今の自分には必要なんだと、ようやく気づいた。
窓の外には、制服姿の高校生たちが自転車で通り過ぎていく。季節は、もう春を迎えている。
「俺、誰かと未来を考えるの、たぶん初めてなんだ」
ひとりごとのように呟いた声は、カフェの音に紛れて消えていった。
でも、その言葉は自分のなかにはしっかりと残っていた。
“誰かのために”ではない。
“誰かと一緒に”という生き方。
そのために、仕事を選ぶ。
そのために、日々を過ごす。
そして、そういう未来を、ちゃんと選びたいと思う。
手帳を閉じて、コートの袖を引き寄せる。
立ち上がった悠真の足取りは、どこか軽かった。
少しだけ、前を向いている自分がいた。
面接を終えたばかりの帰り道だった。
今日の企業は、行政と連携して福祉や教育の現場に介入する、いわゆる「中間支援」の分野に強みを持つNPOだった。大手ではない。給与も特別高いわけではない。でも、話を聞きながら、自分の心が少しずつ動いていくのを感じていた。
「人のために」と口にするのは簡単だけど、そこに“関わり続ける覚悟”があるかどうかを、面接官は何度も問いかけてきた。それが、なんだか心に残っていた。
駅前のカフェに入り、カウンターで注文を済ませてから、ひとつだけ空いていた窓際の席に腰を下ろす。スーツの襟を軽く整えながら、テーブルに広げたのは、使い込まれた手帳だった。就活が始まってから毎日つけているスケジュールとメモ、聞いた企業の印象、質問された内容、そしてそのとき自分がどう感じたかを記したページが並んでいた。
そのなかに、数週間前のメモがあった。
「安定」「福利厚生」「年功序列」
その横に、小さく鉛筆で「前の人生の記憶が強すぎる?」と書かれている。
悠真は、それを見て小さく息を吐いた。
最初はそうだった。
就職するということは、いかに波風を立てず、誰にも迷惑をかけず、求められたことをこなしていくか——そんな考え方が、心の奥にずっと染みついていた。働くというのは、“死なずに生きる”ための手段だった。前の人生では、たぶん本当に、そうだった。
でも。
最近、面接で「あなたは、どうしてこの業界に興味を持ちましたか」と聞かれたとき、悠真はとっさに「誰かと関わって働きたいからです」と答えていた。
それは予定していた答えじゃなかった。
模擬面接で練習していた「社会課題の解決に関心があって」や「これまでの経験を活かしたいから」ではなかった。ただ、言葉が口をついて出た。
「誰かと、ちゃんと関わって生きていきたい」
それが、思いがけず出てきた本音だった。
その言葉が、自分でも驚くほどしっくりきた。
それ以来、自分の志望先は自然と変わっていった。ネームバリューでも条件の良さでもなく、「どんなふうに人と関われるか」を軸に、企業を選ぶようになっていた。
カップのフタをゆっくりと開けて、温かいカフェラテに口をつける。苦味の奥に、ほんの少しだけ甘さが残っていた。
手帳の余白に、今日の面接についてのメモを書き足しながら、ふと思った。
「俺、“ちゃんと生きたい”ってずっと思ってたけど……たぶん、今は“ちゃんと関わって生きていきたい”に変わってきてる」
働くって、たぶん“どう生きたいか”に直結している。
前の人生では、それが分からなかった。
“働くこと”が“生きること”のすべてで、そこに他人が介在する余地なんてなかった。
でも今は違う。
朝、家を出るときに「いってきます」と言える人がいる。
夜、疲れて帰ったときに「おかえり」と言える場所がある。
自分が誰かと関わることで、世界のどこかが少しだけあたたかくなる——そんなふうに感じられる生き方が、今の自分には必要なんだと、ようやく気づいた。
窓の外には、制服姿の高校生たちが自転車で通り過ぎていく。季節は、もう春を迎えている。
「俺、誰かと未来を考えるの、たぶん初めてなんだ」
ひとりごとのように呟いた声は、カフェの音に紛れて消えていった。
でも、その言葉は自分のなかにはしっかりと残っていた。
“誰かのために”ではない。
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そのために、日々を過ごす。
そして、そういう未来を、ちゃんと選びたいと思う。
手帳を閉じて、コートの袖を引き寄せる。
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少しだけ、前を向いている自分がいた。
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