龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜

中岡 始

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悠真、跡取りとしての覚悟を決める

車のエンジン音が静かに夜の闇を切り裂く。

後部座席に座る悠真は、窓の外に流れる大阪の夜景をぼんやりと眺めていた。

六波羅会との交渉は、完全に悠真の勝利に終わった。

だが、安堵も達成感もない。ただ静かに、あの場でのやり取りを反芻する。

瀬名透真の表情、六波羅会の幹部たちの反応――

すべて計算通りだった。

自分は、辰巳会の跡取りとしての役割を果たした。

そう、跡取りとして。

悠真は、フッと息を吐いた。

「……辰巳会は、僕が守る」

誰に言うでもなく、ただ独り言のように呟いた。

隣に座る陣が、わずかに動いた気配を感じる。

「……悠真様」

陣の声は、いつになく低く、静かだった。

悠真はそっと視線を横に向ける。

窓の反射に映る陣の顔。

普段と変わらないように見えて、その奥には何かが揺れている。

「陣さん」

悠真は呼びかけた。

しかし、言葉が続かない。

何かを言いたい。何かを確かめたい。

でも、今はまだ、その「何か」がわからない。

「……なんでもない」

悠真は、そう言って再び夜景に視線を戻した。

陣は、ただ黙ってそれを見つめていた。

***

陣の胸の奥が、鈍く締め付けられるようだった。

悠真様は、もうあの無邪気な「天然のお坊ちゃん」ではない。

誰よりも冷静で、誰よりも強かに、辰巳会を背負う覚悟を決めた人間だ。

「辰巳会は、僕が守る」

その言葉の重さを、陣は痛いほどに理解していた。

跡取りとしての悠真様。

悠真様が進む道には、危険も、裏切りも、血の匂いも絶えない。

そのすべてを受け入れて、この人は前に進もうとしている。

(……そんな悠真様に、俺は……)

陣は、思考を途中で振り払った。

考えてはいけない。

この感情に、気づいてはいけない。

主に仕える者として、超えてはならない一線がある。

だが、悠真様が窓の反射に映る自分を見つめたとき、陣の心はわずかに揺れた。

「……陣さん」

静かな呼びかけ。

陣は、すぐに返事をしようとしたが、悠真様のほうが先に口を開いた。

「……なんでもない」

それが、何を意味するのか、陣にはわからなかった。

ただ一つ確かなのは、悠真様の中にも何かが変わり始めている、ということ。

車は、静かに辰巳会の本家へと向かっていった。
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