オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

文字の大きさ
12 / 343

仕事終わりの私生活を目撃

しおりを挟む
商談を終え、会社に戻ってからも、陽翔は榊の交渉の流れを頭の中で反芻していた。  

取引先の担当者は最初こそ契約の修正に対して慎重な態度をとっていたが、榊が話し始めると次第に空気が変わり、最終的には納得した表情で契約更新を決めた。  

あの場にいた誰よりも自然に交渉の主導権を握り、取引先の不安を取り除きながら、こちらの有利な条件へと誘導していく。  

口調はあくまで穏やかで、押しつけがましさはまったくない。それでいて、いつの間にか相手が榊のペースに乗せられている。  

「さすが榊さんですね!」  

取引先の担当者がそう言ったとき、陽翔は内心納得していた。  

やはり、この人はデキる。  

いつも適当なことばかり言っているが、営業の現場では圧倒的な実力を持っている。  

それを改めて実感した一日だった。  

オフィスを出て、陽翔は夜風に当たりながら小さく息をついた。  

今日はさすがに疲れた。  

時計を見ると、すでに二十一時を回っている。遅くなったが、これでようやく帰れる。  

そう思いながら駅へ向かおうとしたとき、視界の隅に見覚えのある姿が入った。  

コンビニの前、店の明かりの下で、榊が立っていた。  

スーツ姿のまま、片手にコンビニのビニール袋を持ち、もう片方の手でコーヒーの缶を軽く傾けている。  

ぼんやりとした表情で、特に何をするでもなく店の前に佇んでいた。  

陽翔は思わず足を止めた。  

「課長?」  

声をかけると、榊はゆっくりと顔を上げる。  

「ああ、お疲れ」  

軽く手を挙げながら、特に驚いた様子もなく応じる。  

「こんなところで何してるんですか?」  

「んー、まあ…帰る前にちょっと一息、みたいな」  

言いながら、榊は手の中の缶コーヒーを軽く振る。  

適当な答えだったが、仕事終わりの一杯というのは分からなくもない。  

とはいえ、こんな時間まで残っていたのなら、まともな夕飯も食べていないのではないか。  

「課長、晩飯は?」  

「ああ、ちゃんと買ったで」  

榊は持っていたビニール袋を軽く持ち上げてみせる。  

陽翔は何気なく袋の中を覗き込んだ。  

次の瞬間、思わず眉をひそめる。  

缶ビールとカップラーメンだけが入っていた。  

「…課長、それ晩飯ですか?」  

「せやで」  

「他に何か買いました?」  

「いや、今日はこれでええかなって」  

陽翔は絶句した。  

さっきまであんなに冷静に商談をまとめていた男が、仕事終わりにはコンビニでカップラーメンとビールを買っている。  

せめて弁当でも買えばいいものを、栄養のバランスも何も考えていない組み合わせだ。  

「課長、ちゃんとした飯食ってます?」  

「食ってる食ってる」  

「本当に?」  

「うん、昼にカツ丼食ったし、今日はもうこれでええわ」  

まるで気にする様子もない。  

「カツ丼の後にカップラーメンですか…」  

「ええやん、炭水化物は力になるし」  

「バランスが悪すぎます」  

榊は適当に笑って流したが、陽翔は完全に呆れていた。  

仕事では完璧な男なのに、私生活はここまでズボラなのか。  

いや、身だしなみのだらしなさを見れば予想はついていたが、食生活までこの調子とは思わなかった。  

何より、仕事が終わって疲れた体にビールとカップラーメンというのはどう考えてもよくない。  

「…課長、ちゃんとした食事をとったほうがいいですよ」  

「気が向いたらな」  

「気が向く向かないじゃなくて」  

陽翔はこめかみを押さえた。  

ここまでくると、もはや放っておけない。  

普段なら、上司の生活に口を出すようなことはしない。  

だが、榊に関してはそうもいかない気がしていた。  

今後もこんな食生活を続けていたら、いつか体を壊すんじゃないか。  

そんなことを考えた瞬間、自分がなぜこんなに気にしているのか分からなくなる。  

仕事ができる上司だからか。  

それとも…  

「…明日はちゃんとしたものを食べてくださいよ」  

「考えとくわ」  

信用ならない言葉だった。  

榊は缶コーヒーを飲み干すと、袋を片手に持ち直し、「ほな、また明日」と軽く手を振って歩き出した。  

陽翔は、その後ろ姿を無意識に目で追った。  

「本当に大丈夫なんですかね…」  

小さく呟いた言葉に、自分でも驚くほどの真剣さが滲んでいた。  
しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

ワンナイトした男がハイスペ弁護士だったので付き合ってみることにした

おもちDX
BL
弁護士なのに未成年とシちゃった……!?と焦りつつ好きになったので突き進む攻めと、嘘をついて付き合ってみたら本気になっちゃってこじれる受けのお話。 初めてワンナイトした相手に即落ちした純情男 × 誰とも深い関係にならない遊び人の大学生

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

課長、甘やかさないでください!

鬼塚ベジータ
BL
地方支社に異動してきたのは、元日本代表のプロバレー選手・染谷拓海。だが彼は人を寄せつけず、無愛想で攻撃的な態度をとって孤立していた。 そんな染谷を受け入れたのは、穏やかで面倒見のいい課長・真木千歳だった。 15歳差の不器用なふたりが、職場という日常のなかで少しずつ育んでいく、臆病で真っ直ぐな大人の恋の物語。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

透明色のコントラスト

叶けい
BL
東京から遠く離れた小さな島の、夏祭りの夜。 和食屋を一人で切り盛りしている若き店主・由良響也は、島の小学校で教師をしている年上の幼馴染・手嶋一樹と二人で縁日に遊びに来ていた。 東京から来た大学生達が運営する焼きそばの屋台でバイトしていた青年・矢代賢知は、屋台を訪れた響也に一目惚れしてしまう。 後日、偶然響也の店を訪れた賢知は、その穏やかな微笑みと優しい雰囲気にますます惹かれていくが…。 「いいよ。そんなにしたいなら、する?」 「別に初めてじゃないから、君の好きなようにしなよ」 軽く笑ってそう言った響也の声には、ほんの少し、震えが混じっていた。 幼馴染に恋をした過去。 誰にも見せられなかった本当の気持ち。 拗らせすぎた優しさと、誰かに触れてほしかった夜。 夏の終わり、誰にも言えない苦しい恋が始まる。

処理中です...