46 / 343
え、課長のほうが嫉妬してるんですか?
しおりを挟む
昼休みの社内食堂は、適度なざわめきに包まれていた。
社員たちが思い思いに昼食をとりながら談笑し、カウンターでは温かい味噌汁の湯気が立ち上っている。
陽翔はカウンターで適当に定食を選び、トレーを手に取ると、空いている席へ向かった。
(課長、どこで食べてるんだろ)
今朝のことを思い返しながら、ついそんなことを考えてしまう。
昨夜のことがあったせいか、朝からどうにも意識しすぎている気がする。
一緒に出社したのに、オフィスではいつも通りの態度。
今までと何も変わらないように振る舞う榊に、モヤモヤとした気持ちが募っていた。
(まあ、課長はそういう人だしな……)
そう思い直し、気を取り直して味噌汁をすすった。
「橘さんって、最近ちょっと雰囲気変わりましたよね?」
不意に話しかけられ、陽翔は顔を上げた。
視線の先には、同じ部署の女性社員がトレーを持って立っている。
「そうですか?」
「うん、なんか……余裕があるというか、落ち着いたというか」
(まあ、そりゃ昨日の夜、"そういうこと"があったわけだし)
思い当たる節がありすぎるが、もちろんそんなことは言えない。
「特に何も変わってませんよ」
適当に流しながら箸を進めていると、食堂の扉が開いた。
そこへ、少し遅れて榊が入ってきた。
トレーを手に取り、食堂内をぐるりと見渡す。
(……あれ、俺のほう見てないか?)
一瞬、視線が合ったような気がしたが、榊は何事もなかったかのように視線を逸らし、食堂の奥のほうの席に座った。
(気のせい……?)
そう思いつつ、再び食事に集中する。
しかし、どこか視線を感じる気がして、ふと榊のほうを見た。
――ばっちり目が合った。
(あれ……課長、顔が怖いんですけど?)
普段の気怠げな表情ではなく、どこか不機嫌そうな――いや、明らかに不機嫌な顔をしている。
陽翔が軽く首を傾げると、榊はすぐに目を逸らした。
しかし、スプーンを弄ぶ仕草がやけに落ち着きがない。
(……え、これって)
まさかとは思うが、もしや。
陽翔はトレーを持ち、席を立つと、まっすぐ榊のもとへ向かった。
「課長?」
「……なんや」
榊はチラリとこちらを見るが、すぐに視線を落とす。
しかし、その態度が明らかにそわそわしているのが分かる。
陽翔は向かいの席に腰を下ろし、じっと榊の顔を覗き込んだ。
「もしかして、俺が女性社員と話してたの気になりました?」
「……別に」
「いや、めっちゃ不機嫌でしたよね?」
「気のせいや」
「いやいや、わかりやすすぎます」
榊は黙ってスプーンを置き、コーヒーを口に運ぶ。
だが、その耳元がほんのり赤くなっているのを、陽翔は見逃さなかった。
(……あ、これ絶対そうじゃん)
確信を得た陽翔は、ニヤリと笑いながら、低く囁いた。
「え、課長のほうが嫉妬してるんですか?」
榊の指がピクリと動く。
「してへん」
即答。
だが、その否定の速さこそが、何よりも図星を突かれた証拠だった。
陽翔はわざと顔を近づけ、「じゃあ、なんでそんなに不機嫌だったんです?」とさらに追い詰める。
榊は口を開きかけるが、言葉が出てこない。
そして、ついに、
「……嫉妬なんてしてへん!」
と語気を強めた。
(いやいや、聞いてないのに否定が早い)
「課長、顔、赤いですよ」
「赤ない言うとるやろ!」
ぷいっと顔を背ける榊を見て、陽翔は確信した。
(課長、俺が思ってる以上に分かりやすい人だな)
そして、妙に胸の奥があたたかくなるのを感じる。
榊が陽翔のことで不機嫌になるなんて、今までなかったことだ。
(……ああ、課長、俺に落ちてるな)
その確信が、なんだか無性に嬉しかった。
社員たちが思い思いに昼食をとりながら談笑し、カウンターでは温かい味噌汁の湯気が立ち上っている。
陽翔はカウンターで適当に定食を選び、トレーを手に取ると、空いている席へ向かった。
(課長、どこで食べてるんだろ)
今朝のことを思い返しながら、ついそんなことを考えてしまう。
昨夜のことがあったせいか、朝からどうにも意識しすぎている気がする。
一緒に出社したのに、オフィスではいつも通りの態度。
今までと何も変わらないように振る舞う榊に、モヤモヤとした気持ちが募っていた。
(まあ、課長はそういう人だしな……)
そう思い直し、気を取り直して味噌汁をすすった。
「橘さんって、最近ちょっと雰囲気変わりましたよね?」
不意に話しかけられ、陽翔は顔を上げた。
視線の先には、同じ部署の女性社員がトレーを持って立っている。
「そうですか?」
「うん、なんか……余裕があるというか、落ち着いたというか」
(まあ、そりゃ昨日の夜、"そういうこと"があったわけだし)
思い当たる節がありすぎるが、もちろんそんなことは言えない。
「特に何も変わってませんよ」
適当に流しながら箸を進めていると、食堂の扉が開いた。
そこへ、少し遅れて榊が入ってきた。
トレーを手に取り、食堂内をぐるりと見渡す。
(……あれ、俺のほう見てないか?)
一瞬、視線が合ったような気がしたが、榊は何事もなかったかのように視線を逸らし、食堂の奥のほうの席に座った。
(気のせい……?)
そう思いつつ、再び食事に集中する。
しかし、どこか視線を感じる気がして、ふと榊のほうを見た。
――ばっちり目が合った。
(あれ……課長、顔が怖いんですけど?)
普段の気怠げな表情ではなく、どこか不機嫌そうな――いや、明らかに不機嫌な顔をしている。
陽翔が軽く首を傾げると、榊はすぐに目を逸らした。
しかし、スプーンを弄ぶ仕草がやけに落ち着きがない。
(……え、これって)
まさかとは思うが、もしや。
陽翔はトレーを持ち、席を立つと、まっすぐ榊のもとへ向かった。
「課長?」
「……なんや」
榊はチラリとこちらを見るが、すぐに視線を落とす。
しかし、その態度が明らかにそわそわしているのが分かる。
陽翔は向かいの席に腰を下ろし、じっと榊の顔を覗き込んだ。
「もしかして、俺が女性社員と話してたの気になりました?」
「……別に」
「いや、めっちゃ不機嫌でしたよね?」
「気のせいや」
「いやいや、わかりやすすぎます」
榊は黙ってスプーンを置き、コーヒーを口に運ぶ。
だが、その耳元がほんのり赤くなっているのを、陽翔は見逃さなかった。
(……あ、これ絶対そうじゃん)
確信を得た陽翔は、ニヤリと笑いながら、低く囁いた。
「え、課長のほうが嫉妬してるんですか?」
榊の指がピクリと動く。
「してへん」
即答。
だが、その否定の速さこそが、何よりも図星を突かれた証拠だった。
陽翔はわざと顔を近づけ、「じゃあ、なんでそんなに不機嫌だったんです?」とさらに追い詰める。
榊は口を開きかけるが、言葉が出てこない。
そして、ついに、
「……嫉妬なんてしてへん!」
と語気を強めた。
(いやいや、聞いてないのに否定が早い)
「課長、顔、赤いですよ」
「赤ない言うとるやろ!」
ぷいっと顔を背ける榊を見て、陽翔は確信した。
(課長、俺が思ってる以上に分かりやすい人だな)
そして、妙に胸の奥があたたかくなるのを感じる。
榊が陽翔のことで不機嫌になるなんて、今までなかったことだ。
(……ああ、課長、俺に落ちてるな)
その確信が、なんだか無性に嬉しかった。
128
あなたにおすすめの小説
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ワンナイトした男がハイスペ弁護士だったので付き合ってみることにした
おもちDX
BL
弁護士なのに未成年とシちゃった……!?と焦りつつ好きになったので突き進む攻めと、嘘をついて付き合ってみたら本気になっちゃってこじれる受けのお話。
初めてワンナイトした相手に即落ちした純情男 × 誰とも深い関係にならない遊び人の大学生
課長、甘やかさないでください!
鬼塚ベジータ
BL
地方支社に異動してきたのは、元日本代表のプロバレー選手・染谷拓海。だが彼は人を寄せつけず、無愛想で攻撃的な態度をとって孤立していた。
そんな染谷を受け入れたのは、穏やかで面倒見のいい課長・真木千歳だった。
15歳差の不器用なふたりが、職場という日常のなかで少しずつ育んでいく、臆病で真っ直ぐな大人の恋の物語。
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
透明色のコントラスト
叶けい
BL
東京から遠く離れた小さな島の、夏祭りの夜。
和食屋を一人で切り盛りしている若き店主・由良響也は、島の小学校で教師をしている年上の幼馴染・手嶋一樹と二人で縁日に遊びに来ていた。
東京から来た大学生達が運営する焼きそばの屋台でバイトしていた青年・矢代賢知は、屋台を訪れた響也に一目惚れしてしまう。
後日、偶然響也の店を訪れた賢知は、その穏やかな微笑みと優しい雰囲気にますます惹かれていくが…。
「いいよ。そんなにしたいなら、する?」
「別に初めてじゃないから、君の好きなようにしなよ」
軽く笑ってそう言った響也の声には、ほんの少し、震えが混じっていた。
幼馴染に恋をした過去。
誰にも見せられなかった本当の気持ち。
拗らせすぎた優しさと、誰かに触れてほしかった夜。
夏の終わり、誰にも言えない苦しい恋が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる