オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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【出張】じゃない、社員旅行です~ヨレヨレ課長と理性ギリギリ主任の2日間

あなたたち、見えてますから!

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チェックアウトを済ませたロビーには、スーツケースと紙袋が整然と並び、冬の冷たい空気が出入り口からゆるやかに流れ込んでいた。  
旅館のスタッフの見送りのなか、営業部と広報部のメンバーたちは、バスへと乗り込む直前、最後の記念撮影に臨んでいた。

「はーい、皆さん、次はペアでいきますよー。営業部の方、おふたりずつ並んでくださいー」

広報部の山野が、一眼レフを手に呼びかける。  
彼女の声にはいつも通りの明るさがあるものの、指にかかるシャッターの圧は、明らかに“記録”以上の熱意を帯びていた。

榊と陽翔が並ぶ。  
旅行中、何度も自然にそうしてきた距離。いまさら改めるまでもない配置。  
けれど、レンズ越しに見るその佇まいは、どうしようもなく絵になっていた。

「はい、こっち見てくださーい。……いいですね、その自然体」

シャッターが切られる。  
その瞬間、榊が陽翔の髪に指を伸ばして、ほんのわずか乱れた前髪を直す。

陽翔は反射的に眉を寄せたが、否定せずにそのままじっとしていた。  
その静かな一幕を、山野は完璧なタイミングで撮り切った。

「……これは、載せられないかもしれない……でも、撮ってよかった」

小声でそうつぶやきながら、山野は次にカメラを向けた。

少し離れたところで並んで立つ、佐倉と瀬戸。  
佐倉が照れくさそうに顔をそむけ、瀬戸がわずかに笑っている。  
それだけで、十分だった。

「じゃあ、おふたりも一枚いいですか?」

「えっ、あ……まあ、別にいいけど」

佐倉はぎこちなく立ち直り、瀬戸の横に並んだ。  
瀬戸は視線をまっすぐレンズへ向ける。  
少しもぶれないその眼差しを、山野はファインダー越しに見て、ゆっくりと息を吸った。

“このふたりも、進行中”

そんな言葉が、胸の中に浮かぶ。

---

帰りのバスの中。  
行きよりも静かで、揺れに身をまかせた社員たちは、思い思いの姿勢でくつろいでいた。

陽翔は窓側の席に座り、となりでは榊がすでに浅く眠っていた。  
コートは脱いで、荷棚に乗せたまま。  
そのぶん、首筋が少し寒そうだった。

陽翔は、自分のジャケットを静かに膝から持ち上げ、榊の肩へそっとかけた。  
掛け布団でも包み込むように、肩口を少しだけ覆う。

榊の身体が、ふ、と息を吐くようにわずかに緩む。  
眠ったままだ。けれどその微かな反応だけで、陽翔は確信した。

ありがとう、と言われるより、こうして受け取ってもらえる方が、よほど嬉しい。

窓の外には街が近づいていた。  
高層ビル。交差点。ふつうの車と、ふつうの人々。

非日常が、終わっていく。  
けれど、ふたりの関係だけは、もう非日常のままではいられないと、陽翔は思った。

---

最後部の席では、佐倉と瀬戸が並んで座っていた。

佐倉はスマホを見つめながら、ぽつりと言った。

「……広報部の写真、楽しみやな」

瀬戸は隣で、目線をまっすぐ前に向けたまま、小さく笑った。

「僕もです。……たぶん、全部、覚えておきたいので」

その声に、佐倉は少しだけ驚いたように顔を向ける。  
けれど、すぐにそらして、短くうなずいた。

「……せやな」

返す言葉はそれだけだった。  
けれどその声には、あの廊下での言葉の続きが、たしかに滲んでいた。

---

バスが会社の前に着く頃、車内にアナウンスが響いた。  
「お疲れさまでした。忘れ物にご注意くださーい」

社員たちが次々と席を立つなか、陽翔は、隣でまだ眠っている榊を軽く揺すった。

「課長、着きました」

榊は目を細めながら、ジャケットの重さに気づいたらしい。

「……お前、これ」

「寒そうだったので。……コート、着てなかったでしょう」

榊はぼんやりと笑った。

「……そういうとこ、変わらんな、お前」

「変えるつもりもありません」

返した言葉に、榊が目を細める。  
ふたりは無言のまま立ち上がり、荷物を手に取り、バスを降りた。

その様子を、広報担当・山野はロビーの端からこっそり見つめていた。

「……あなたたち、見えてますから」

誰にも聞こえないような独り言。  
それでも、彼女のカメラの中には、旅の始まりから終わりまで、すべてがしっかりと収められていた。
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