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主任補佐と新入社員と、距離感ゼロの恋未満
ToDoリストが、やさしすぎる
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営業部では週に一度、案件ごとのタスク整理のために共有クラウド上でToDoリストを更新することになっていた。
業務内容の粒度、期限、担当名、備考欄――
フォーマットは定型だったが、使い方には人それぞれの癖が出る。
「見づらい」と文句を言う者もいれば、「自分だけ分かればいい」と割り切る者もいる。
そんな中で、瀬戸の作るToDoリストは異彩を放っていた。
見やすい。無駄がない。
それでいて、どこか過剰なほどに丁寧だった。
「……ええと、午前中の報告、佐倉さんが担当……で、俺が同席……備考に“事前に顧客の商材履歴を要確認”……って、ここまで書くか普通」
佐倉はモニターを見つめながら、小さく唸った。
しかも、その下にはリンク。
社内サーバーのデータベースに直接飛べるようになっている。
そしてメモの末尾には、ぽつんと一文。
「※前回のやり取りでお客さまが気にされていた点、下線引いておきました」
「……俺、こんな丁寧に書いたことないぞ……」
思わず独りごちる。
画面をスクロールすると、次の案件。
こっちもまた同じように、重要ポイントが太字で示され、資料のパスも整えられている。
「これ、完全に俺専用やんけ……」
言った瞬間、背後から気配がした。
「そうかもしれません」
驚いて振り返ると、そこには瀬戸が立っていた。
手にはファイルを持って、きょとんとした顔で、しかしどこか動揺を隠しているような視線。
「……お前、これ……なんでこんなに細かいんや」
「佐倉さんが、早く終われるように、です」
即答だった。
ためらいもなく。
ただ、それだけを言いに来たような声音だった。
佐倉は一瞬、何かを言いかけたが、言葉にならなかった。
なんでそんなふうに考えてくれるんや。
そこまで気を回して、時間をかけて。
俺は何を返せてる?
そう思ったとたん、喉の奥が詰まった。
「……お前さ」
瀬戸がほんの少しだけ眉を動かした。
「なんで、そこまでしてくれんの。俺なんかに」
問いかけながら、佐倉自身、内心で分かっていた。
聞かなくてもいいことだった。
でも、聞かずにはいられなかった。
瀬戸はしばらく黙っていた。
答えようとして、答えを選んでいるようだった。
「……佐倉さんが、働いてるのを見るのが、好きなんです」
ぽつり、と。
その言葉はまっすぐだった。
しかし、次の瞬間、瀬戸は視線を少し逸らした。
「……いや、なんでもないです」
「なんでもないって、お前……」
「すみません」
微かな間。
それ以上、瀬戸は何も言わなかった。
けれど佐倉の胸には、さっきのひと言だけがはっきりと残っていた。
“働いてるのを見るのが、好き”。
それは、業務的な意味ではない。
気づいてしまった。
分かってしまった。
でも、いまここでその意味を問うのは、たぶん違う。
だから佐倉は、ディスプレイのToDoリストに目を戻した。
「……やっぱ、これ使いやすいわ。助かった」
声が、少しだけ掠れていた。
瀬戸はそれを聞いて、小さく頭を下げる。
「よかったです」
それきり、会話は終わった。
瀬戸が席に戻ったあとも、佐倉はモニターの前で、しばらくじっとしていた。
なぜか、マウスを持つ手が落ち着かなかった。
ToDoリストの画面がぼんやりと滲んで見えたのは、
光の加減のせいだと、自分に言い聞かせた。
業務内容の粒度、期限、担当名、備考欄――
フォーマットは定型だったが、使い方には人それぞれの癖が出る。
「見づらい」と文句を言う者もいれば、「自分だけ分かればいい」と割り切る者もいる。
そんな中で、瀬戸の作るToDoリストは異彩を放っていた。
見やすい。無駄がない。
それでいて、どこか過剰なほどに丁寧だった。
「……ええと、午前中の報告、佐倉さんが担当……で、俺が同席……備考に“事前に顧客の商材履歴を要確認”……って、ここまで書くか普通」
佐倉はモニターを見つめながら、小さく唸った。
しかも、その下にはリンク。
社内サーバーのデータベースに直接飛べるようになっている。
そしてメモの末尾には、ぽつんと一文。
「※前回のやり取りでお客さまが気にされていた点、下線引いておきました」
「……俺、こんな丁寧に書いたことないぞ……」
思わず独りごちる。
画面をスクロールすると、次の案件。
こっちもまた同じように、重要ポイントが太字で示され、資料のパスも整えられている。
「これ、完全に俺専用やんけ……」
言った瞬間、背後から気配がした。
「そうかもしれません」
驚いて振り返ると、そこには瀬戸が立っていた。
手にはファイルを持って、きょとんとした顔で、しかしどこか動揺を隠しているような視線。
「……お前、これ……なんでこんなに細かいんや」
「佐倉さんが、早く終われるように、です」
即答だった。
ためらいもなく。
ただ、それだけを言いに来たような声音だった。
佐倉は一瞬、何かを言いかけたが、言葉にならなかった。
なんでそんなふうに考えてくれるんや。
そこまで気を回して、時間をかけて。
俺は何を返せてる?
そう思ったとたん、喉の奥が詰まった。
「……お前さ」
瀬戸がほんの少しだけ眉を動かした。
「なんで、そこまでしてくれんの。俺なんかに」
問いかけながら、佐倉自身、内心で分かっていた。
聞かなくてもいいことだった。
でも、聞かずにはいられなかった。
瀬戸はしばらく黙っていた。
答えようとして、答えを選んでいるようだった。
「……佐倉さんが、働いてるのを見るのが、好きなんです」
ぽつり、と。
その言葉はまっすぐだった。
しかし、次の瞬間、瀬戸は視線を少し逸らした。
「……いや、なんでもないです」
「なんでもないって、お前……」
「すみません」
微かな間。
それ以上、瀬戸は何も言わなかった。
けれど佐倉の胸には、さっきのひと言だけがはっきりと残っていた。
“働いてるのを見るのが、好き”。
それは、業務的な意味ではない。
気づいてしまった。
分かってしまった。
でも、いまここでその意味を問うのは、たぶん違う。
だから佐倉は、ディスプレイのToDoリストに目を戻した。
「……やっぱ、これ使いやすいわ。助かった」
声が、少しだけ掠れていた。
瀬戸はそれを聞いて、小さく頭を下げる。
「よかったです」
それきり、会話は終わった。
瀬戸が席に戻ったあとも、佐倉はモニターの前で、しばらくじっとしていた。
なぜか、マウスを持つ手が落ち着かなかった。
ToDoリストの画面がぼんやりと滲んで見えたのは、
光の加減のせいだと、自分に言い聞かせた。
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