オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始

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主任補佐と新入社員と、距離感ゼロの恋未満

くしゃみでわかる、気配の温度

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朝から、喉の奥が少しざらついていた。

体調が悪いというほどでもなく、熱もない。  
ただ、乾燥のせいか、たまに小さな咳が出る。  
エアコンの効いたオフィスは空気がこもりがちで、そのせいかもしれなかった。

佐倉は書類を確認しながら、肩の力を抜くように深く息をついた。  
そのとき、不意に小さなくしゃみが出た。

「……っ、くし」

我ながら妙に情けない音だった。  
手元にあったティッシュを引き抜こうとして、  
その直前、目の前に差し出されたものが視界を遮った。

紙コップ。  
中には、湯気の立つ緑茶が注がれていた。

「どうぞ。温かいの、飲んでください」

声の主は、もちろん瀬戸だった。

その動作があまりにも自然で、そして早すぎて、佐倉は一瞬、言葉を失った。

「……え、なんで」

「風邪、ひきかけてませんか」

「いや、ちょっと乾燥してるだけや。別に、大丈夫」

「念のためです。声が少し低めだったので」

そこまで聞いて、佐倉は思わず眉を寄せた。

「お前、俺の声、覚えてんの?」

「はい」

即答だった。

迷いもなく、恥じらいもなく。  
ただ当たり前のように言い切られて、佐倉の手が少し止まった。

カップを受け取ったが、喉の渇きよりも、今は心の動揺が勝っている。

「……お前さ」

「はい」

「俺のこと、見すぎやないか?」

少しだけ笑うような口調だった。  
冗談半分、でも内心はまるで冗談じゃない。

その問いに、瀬戸はほんの少しだけ目を伏せた。  
しかし、答える声は静かだった。

「……よく、見てます」

その言葉が落ちた瞬間、  
佐倉の心臓が、ほんの少し、跳ねた。

鼓動の早さに気づく。  
何かを意識した証拠のように、耳の裏が熱くなる。

なにこの感じ。  
“好き”とか、そういう言葉の手前で、なぜか立ち止まらされる。

見られている。  
気づかれている。  
しかも、それを“隠してない”。

佐倉は視線を泳がせ、手にしたカップを見つめた。  
けれど、この場から逃げたくなったのは、  
決して冷めかけたお茶のせいではなかった。

「あー……ちょっと、コピー取りに行くわ」

「何枚ですか?やっておきます」

「いや、ええ。自分でやる。……なんか、歩きたなっただけや」

我ながら、ひどい言い訳だった。  
だが瀬戸は何も言わず、小さくうなずいただけだった。

佐倉はカップを置いて席を立ち、  
背中に視線を感じるのを意識しながら、なるべく自然な歩幅でフロアを出た。

コピー機の前。  
温かい音を立てて紙が出てくる間、佐倉は額に手をあてた。

なんやこれ。  
照れてんのか、俺。

たかがお茶一杯で。  
たかが、声の変化を気にされたくらいで。

でも。

“よく、見てます”。

その言葉が、ずっと頭の中に残っていた。  
仕事のパートナーとしての気遣い?  
後輩としての配慮?  
それとも――

いや、考えるのをやめよう。  
今はまだ、それを整理できる状態じゃない。

紙の端を整えてホチキスを留める手が、  
ほんの少しだけ、熱を帯びていた。
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